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彷徨のアリツィヤ  作者: 谷口由紀
断章
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断章 とある小国の話

 ──とある小国の王について話そう。


 いくつかの大国のはざまで、つねに戦の兆しに怯えつつも、薄氷を踏むような立ち回りによってかろうじて安寧を保っていた、小さな国の王についてだ。


 かれは交渉事に長けた王であり、父祖から受け継いだ祖国を守ろうとする気骨もあったと聞く。まず、名君であったと思ってもよいだろう。


 だが、一人の名君によって救われる国はなく、永遠に滅びない国もない。

 そして、国が滅びるのは必ずしも暗君の代ではない。

 かれもまた、歴史上にあまた存在する、不運な名君のひとりだった。


 かれとかれの国力では舵を取りきれぬほどに他の大国が争いを欲したとき、小国の命運は尽きた。簡単なものだ。

 国ざかいの柵は破られ、石垣は砕かれた。村には火矢が、城には石弾が射込まれた。


 滅びに瀕して、かれが最後に頼みにしたのは、どういうわけか魔術であったという。なぜかれは尋常の力を求めなかったのか。そのことを理由づける確たる伝聞はないが、もとよりそんなものはとっくに使い果たしていたに違いない。かれの貴人としての家門が、そのまま魔術師の血と力を残しており、かれはそれを最後の頼りとした。


 その魔術は、炎を放つのでも地震を起こすのでもなく、ただ、どこかへの「門」を開くものだ、とかれは告げたと聞く。


 その門の向こうにこそ、楽土がある、と。


 それはかれの悲願であったそうだ。その願いを叶えるために、かれは魔術の心得があるものを居城に招いた。また、どこからかより虜囚を集め、それらを生贄にしたりもしたと聞く。


 儀式は注意深く、秘密裏に為されたことだろう。だが、やがては漏れる。そのような行いが知られたのであれば、それは人心も離れよう。ほどなくしてかれは『狂王』と呼ばれた。おそらくは、未来においてもそう呼ばれることだろう。


 そして、もはや城が落ちるのも間近というころ。

 『狂王』はついに「門」を開こうとした。かれの目指す楽土に、かれの民を導くために。


 だが、その試みは潰えた。怯えた民は、王の側近に内通者を求めて、その秘蹟を失敗させたそうだ。『われらは王の玩具ではない』と言って。しかし、不完全に現れた「門」は、その国の民の多くをを飲み込むに留まらず、城外まで押し寄せていた敵国の兵士さえも飲み込み、そして消えたという。飲み込まれた者たちは、果たしてどこに消えたのか。それは分からない。生き残った者たちも離散した。王も、その側近たちもみな消えた。


 そして、小さな国がひとつ消えた。


 ……ああ、民に通じて王を裏切った側近のことか。その者も魔術師であったと聞くよ。王の秘蹟に触れたる者であればこそ、その恐ろしさも知っていたのだろう。だが、果たしてその者の裏切りに意味などあったのだろうか。どちらにせよ滅びるのであれば。


 ただ、ひとつだけ意味があるとしたら、さきの民草の言葉であろう。


『われらは王の玩具ではない』


 ひとがひとを生贄にする権利など、この世のどこにもあるものか、と。


 いってみれば、裏切り者は、その言葉に殉じたのだろうな。おそらくは。


 最後に教えておこうか。その側近の名は──。

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