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彷徨のアリツィヤ  作者: 谷口由紀
断章
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断章 ~とある男の言葉~

 ──忘れるまえに、これだけは記しておこうと思う。


 いや、わたしに限って言えば、この記憶は失うことはないのだろうと思う。

 ならば、なぜ記すのか。

 それは、どうにかしてあなたにも分かち合ってもらいたいのだ。

 私の感じた恐怖を、だ。


 この拙い文を縁あって読んでくださった貴方に感謝する。

 あなたのおかげで、いまの私の恐怖は半減するのだ。


 + + +


 本題に移ろう。


 私はとある騎士団の軍士として、中東の砂漠に展開する戦列の一端を占めていた。


 騎士、とはいっても、これは中世の話ではないことだけはきちんと記しておこう。手に持つ武器は刀槍や槌ではなく、自動小銃だ。そして、所領もなければ従者もいない。身に纏っているのも甲冑ではなく、薄汚れた外套だ。


 わが身は騎士とは名ばかりの存在ではあり、わが騎士団もまた、ある組織における実力行動のための行動部隊にすぎない。


 その組織とは、「賢人会議」と名乗るものだ。


 それがどのような理念に基づいて行動するものなのかは、詳しくは聞いていない。

 だが、ときとして賢人会議は、在野の魔術師に対する討伐・捕獲を発令することがある。

 今回の目的もまた、そのようなものだと聞いた。


 ──だが、それにしては、と私は思った。


 あまりにも、動員された人数が多すぎるのだ。

 常ならば、魔術師ひとりを追いつめるにあたっては、一個分隊……たかだか十人程度もいれば、十分に余裕がある。かれらがいかなる魔術を持とうが、所詮は、もと人間、に過ぎない。その注意力や警戒能力には限度がある。


 しかし、今回はひどく様子が異なる。集められた軍士はおよそ五十名。


 また、普段ならば道案内を務めるはずの、賢人会議の魔術師も同行していない。

 かれらの案内があって、はじめて我々は目標と邂逅することができるのだ。

 このように陣容を晒して待ちかまえていたところで、敵が飛び込んでくるはずなどない。


 と、そのときまでは考えていたのだ。

 ──果たして、その敵はまったく臆することなく、我々の前に現れた。


 まさか、と私は疑った。いかに魔術師といえど、いかに「完成者」といえど、肉体なくしては生存できない。長く生きた者ほど、己の肉体をどう用いるかを心得ている。不利ならば即座に退き、有利ならば、可能な限りの安全を確保しつつ応戦する。


 だが、我らの目の前に現れた者は、なんの備えもなく、その肉体を数十の銃口の前に晒していた。

 かれの姿は、まさしく騎士そのものだった。それも、中世の。

 悍馬に跨乗し、左手には手綱、右手には長剣を握っていた。


 我々はまず驚いた。だが、その数秒後には失笑し、あるものは怒りすら覚えた。

 奴は阿呆か、と。

 いかなる者であろうが、弾丸で脳髄を打ち砕かれれば死ぬのだ。

 目的は討伐。つまり、殺してしまえ、ということだった。


 我々は銃を構えた。かの者は、怖れるでもなく、手にした剣を胸に掲げ、何かを祈っているようだった。


 銃床に頬を押し当て、照準し、引鉄を引いた。

 一丁あたり毎分六百発にも達する弾丸の奔流が、五十丁分。

 それは人体を破壊するには過大な破壊力だ。

 我々の視界は、即座に濛々たる硝煙に包まれた。このあたりで手に入る粗悪な弾薬の欠点だが、照準などはすぐに意味をなさなくなる。ただ、弾倉が空になるまで撃ち続けた。


 全員が射撃を終え、硝煙がひととき吹いた強風によって払われたとき。

 我々は、かの者が、全き黒色の繭のようなものに包まれているのを見た。

 そして、その繭がゆっくりとほどけていった時、そこに無傷の騎士の姿を見たのだ。


『あの黒色の繭は何だ?』──皆が言った。


 いかなる魔術、いかなる理学に基づくものかは分からない。だが、かれは死の鉄風のただなかに身を置きながら、全く傷つくことはなかった。


 恐慌状態になりそうな精神を必死に押さえ込み、我々は隊列から個別に射撃を再開した。

 だが、それらの弾丸は、かの者の肉体に到達する前に、あの繭の繊維のようなものに飲み込まれてしまっているのだ。


 射撃が止むのを待つことなく、かれは右手の剣を頭上に掲げた。その間でさえも、かれの眼前の「繭」は、まるで自律する一個の生物のように、己の主を銃弾から守り続けた。

 かれの剣に、真黒い「繭」の繊維がまとわりつき、収束していく。それは我々の手では阻むことができなかった。


 そして、かれがその剣を振り下ろしたとき。

 剣に宿った「繭」が、解き放たれた。

 その黒き繊維の一筋一筋が爆発するかのように拡散し、──我々を、切り刻んだ。


 一瞬。全ては、一瞬のできごとだった。


 黒色の刃が我々の隊列を薙ぐと、肉であれ鋼であれ易々と切り裂かれた。それはこの世にあり得べからざる鋭さだった。黒い軌跡が走ると、寸断された人体や銃器が、砂塵のなかに落ちていった。もはや悲鳴を発するだけの猶予が与えられることなく、我々は壊滅した。


 …………。


 ほとんどの軍士は死亡したと聞いた。

 そのなかで、私は奇跡的に命をとりとめ、こうして記録を残すことができた。

 だが、私はもはや何も見ることができず、身じろぎをすることもできない。

 身体の感覚はことごとく失われ、あの「繭」に切り刻まれた肉体は、ただの精神の檻と化してしまった。

 発話もきわめて不自由になった。だが、かろうじて、あのときの記憶を口述筆記によって書き記してもらうことができた。


(どうだろう、きみにうまく伝わっただろうか。)


 今もなお、私はあのときの一瞬の記憶を反芻してしまうのだ。全き闇のなかで。

 だから、かの者がいずれ誅戮されるその報せだけを楽しみに、私は闇のなかで待つことにする。

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