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彷徨のアリツィヤ  作者: 谷口由紀
第六章
27/50

魔力の代償

(完全にキレさせちゃったな、あいつを)

 誠はどこか客観的にそのやりとりを眺めていた。


 少年と少女は、まだ如何様にも言いくるめられそうな年頃に見える。「敗北を教えてやる」などという大仰な言葉を発せずに、舌先三寸でやり過ごすほうがよほど楽ではないか……。


(しかし、アリツィヤにはあの二人を退ける自信があるのだろうか)

 戦い、勝つ自信。そして、戦いの道を選ぶ、必然性。

 そのふたつが備わっていなければ、いまのアリツィヤの態度は説明できない。


 そんな疑念をよそに、アリツィヤもまた、戦いに臨む体勢を整える。

 右手に構えた短剣を真横に伸ばし、そこに魔力を付与し、加護を受ける。

 短剣は白く輝く光の刃をまとって大剣と化し、その内部には、虹色の魔力が渦巻く。誠はその剣を見たことがあった。

 以前、ベルクートと戦っているときに見た、あの魔剣だった。


 剣を構えるその姿は、たとえようもなく堂々としていた。いざ戦うとなれば、彼女はその全てをこの一戦に注ぐことができる。その姿に誠は思う。……ならば、自分は――。


(誠さん。防御のための魔術の術式を映します)

 逡巡する己の姿を思っていた誠に、ふいにアリツィヤからの思念が届いた。

(……あ、ああ。やってみる)

 そう返事をして、誠は「呪文」を受け入れる心の準備をする。

 そして……全く不可解、であるはずの言葉の奔流が、アリツィヤから誠へと流れ込む。

(…………!)

 恐るべき速さで繰り紡がれる、誠には未知、であるはずの言葉。だが、それらはアリツィヤの知覚による変容を経て理解可能なものとなっており、誠はその言葉を懸命に受け止めようとした。

(は、速いっ……!)

 極めて高速で流れ込んでくる言葉を必死で捉え、誠は逐一、己の口で紡ぎ直す。

それは、ただの思考のゆらめきでしかないものに、現実との接点を与えて「力ある言葉」とするための手続き。


 そして。



『       』



 アリツィヤに示された言葉の全てを、現実の音として解き放ったその時。

 その言葉が、この世界に固有の「約束」を成したような手応えを、誠は感じた。

(……これは……一体……)

 誠の言葉に応えるのは……世界の「(ことわり)」そのものであるかのように知覚できた。

 その知覚を保証するものはどこにもない。だが、たしかな「作用」が還ってくることだけは真実だった。

 誠とアリツィヤを、薄い、だが靱い水の膜が包み込み始める。

 この「現象」が何を意味するのか。それはすでに誠も理解していた。

 アリツィヤが示した、呪文。その名は――。


「そう、これが『水精の加護ウンディーネ・ブレッシング』です、誠さん。あの少年の炎を大きく減じることができるでしょう」

 アリツィヤが言った。心なしか、声に安堵の響きが感じられる。


「……成功したのか……!?」

 だが、その加護は、誠に「代償」を求めることを忘れなかった。

 術式の成功が明らかになったとたん、誠は全身から「何か」が流れ落ち、消えてゆくのを感じた。


(……くっ!)

 力でも、気力でもない、もっと根深い「何か」が、疾く消え去っていく。

 言ってみれば、精神を精神として在り続けさせる力。それが消えていくのだ。

 思わず膝が落ちそうになる。だが、誠は必死にこらえた。


(誠さん……負けないで下さい。それが「魔力を喪う」ということです。それに耐えきってみせるのが、「魔術師の戦い」です。……負けないで)

 アリツィヤの思念に励まされて、誠は気が遠くなってしまいそうなほどの「喪失」に、かろうじて耐えきった。


(アリツィヤ! 「魔術」ってのは……こんなにキツいものなのか! この調子が続いたら……どうなることか!)


(魔力を用いるときの苦痛や違和感は、ある程度は「慣れる」ことでやり過ごすこともできます……が、今は時間がありません。ですが、魔力の「量」は、個人差はあっても、おそらくあの少年と変わらない筈です。どうか、自分を信じて!)


(くそっ! 魔術ってのは、もっと楽なものだと思っていたよ!)

 物語や漫画の世界で知る魔法の世界とは全く異なっていた。

 アリツィヤと心を交わすのには、誠は慣れつつあった。だが「苦痛に慣れる」ことなど、果たして可能なのか。……それは、今から試さざるをえなかった。他に選択肢はない。


 そんな誠たちをよそに、敵手たる少年と少女もまた、それぞれの魔術を発動させていた。

「……キアラ、征くぞ」

 ルーカと名乗った少年が、ひくく呟いた。

「…………」

 キアラと呼ばれた少女は、しずかに頷く。


 少年は同時に幾つもの火柱を喚び出していた。

 少女は、まばゆく輝く球体に包まれて、その周囲に無数の光の楯を生成する。

 かれらの役割は、その魔術にも見てとれた。

 攻撃と防御。互いに呼応し、補い合う。そこには一分の隙もない。


(アリツィヤ、俺たちで勝てると思うか?)

 プレッシャーに耐えきれず、誠はそんな詮のない問いを漏らす。


(勝敗は時の運。戦いが博打でなかったことなど、この世界の歴史にはありません。――ただ)


(……ただ?)

 言葉を止めたアリツィヤに、なおも問う。

 その問いに、彼女は微笑んで、答えた。

(誠さんの助力があればこそ、私たちの勝ちの目は、より大きくなったのです。――存分に戦いましょう)

 その返答は、心震えるほどに鮮やかだった。


(……そう、だよな。もうぐだぐだ言わないよ。どんどん示してくれ。食らいついていくから!)


 ――そして、彼我ともに動き始めた。

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