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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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新しい道

「私、転職することに決めました」


いつもと変わらない残業の作業を止め、周りに人気がないことを確認してからそばにいる咲季先輩に伝える。


「・・えっ??」


突然のことにキョトンとした顔を私に向けた。

私がそれ以上何も言わずに咲季先輩を見つめていると、どういうことか察知したらしく言葉を続けた。


「嘘でしょ…」


呆然と私を見つめる咲季先輩に心が痛む。そんな顔をさせてしまったのは私なのだけど。

話が話なので休憩スペースに移動することにした。

横並びに座り、咲季先輩の顔を見ると悲しそうな表情をしている。


「ごめんなさい、こんな選択しかできなくて」


申し訳なくて頭を下げる。私がこんな選択をすることを望んでいないことはちゃんと分かっている。


「逃げるようなことしちゃだめだって分かっているけど、このままじゃダメだと思って。健吾のそばにいても自然にできなくて。今まで気持ちを隠して2人の関係を築いてきたけど、もうこれ以上できなくて。健吾の幸せを願っていないって言って失望させた私は、やっぱりもうそばにいられないです」


「楓・・・」


「5年以上そばにいてこのままでいいって思ってきたけど、その時と同じように接することがもうできなくて。仕事の話はできても、それ以外で目を合わせることすらできなくて。私らしくいることがすごく難しいです。いろんなこと考えている時友達に転職誘われていた話を思い出して、何度も考えたけど逃げる答えしか出せませんでした。大人なのにこんな道しか選べなくて恥ずかしいけど、気持ちを整理するためにも今できることをしてみようって。甘い考えを選んでしまいました」


うまく伝わらないかもしれない。咲季先輩にはたくさん相談してきたのに、こんな大切なこと相談しなくてがっかりさせてしまったと思う。

私の言葉を真顔で聞いてくれていた咲季先輩は寂しそうな顔をして聞いてきた。


「もう・・決めたんだね」


「はい」


頷いて答えた。この前英輔に相談した数日後に面接の日程を連絡をくれて、先週行って来た。まるでコソコソ悪いことをしているような気持ちに少しなったけど、気持ちに蓋をして入社試験と面接を受けた。そして一昨日採用の連絡と英輔から電話をもらい、来月1日付け入社という契約となった。

今月もまだ月初めだけど引継ぎを考えると、みんなにも迷惑をかけるので早く対応をする為に今日部長に話そうと辞表を用意してきた。


「後悔しない?」


相変わらず寂しそうな顔をして聞いてくる咲季先輩に、


「・・・分かりません」


正直に答える。きっと後悔すると思う。どうして離れたんだろうって何度もため息をつくと思う。

でも、これ以上健吾に嫌な自分を見せたくなかった。もう昔の2人には戻れないから、目をつぶりたかった。


「寂しくなるなぁ・・」


私の気持ちを理解してくれたようで、多くを語らずそう呟いた。

その言葉が心に染みて、会社を辞めて咲季先輩とも離れることに強い寂しさを感じた。


「勝手なことしてすいません」


「楓のことだから、考えて出した答えでしょ。新しい仕事も大変だと思うし、相談はいつでも乗るし、今の仕事の引継ぎもできる限りやるからさ」


その言葉とともに咲季先輩の笑顔も見ることができた。そしてその言葉に心が温かくなった。


「咲季先輩、ありがとうございます」


気持ちを込めて頭を下げた。


「で?その誘われているって何の仕事?」


「内容は違うけどまた営業職です。咲季先輩に前に話したことあるけど、同級生の男友達が声かけてくれて甘えてしまいました」


「うっそ~!男友達って・・あの昔好きだったって言う・・」


「声が大きいです!」


咲季先輩が驚くのは当然だけど、周りに人がいないとはいえ咎めてしまった。


「ごめんごめん、驚いちゃって。でも本当に?・・そっか・・・」


「はい」


何となく言葉が出なくて、咲季先輩の顔を見つめた。

咲季先輩も私の顔を見ながら小さく何度も頷いて気持ちを理解してくれたようだ。

その後気持ちを切り替えたように笑顔になった。


「あ~あ、これで楓が会社を辞めるって男共が聞いたらガッカリするぞ~」


「そんなことないですよ」


冗談を言う咲季先輩に笑って返す。

でもその後私の目を見つめて、


「山中くんには?転職すること伝えたの?」


優しい声で聞いてきた。私が転職する意味を理解すれば、自然な質問だ。

私にすれば、健吾との距離に決別をつけて気持ちを整理することになるのだから。


「健吾には・・伝えてません。まだ咲季先輩だけです。言わなければいけないのに、ずるいけど健吾には言えない。本当は嘘をばらしてしまった時にパッと消えてしまいたかった。今までは友達でいいから少しでもそばにいたいって思っていたのに・・もう嫌われてしまった方が楽だって思ってしまうんです」


気持ちが込み上げてしまって堪えようと奥歯で強くかみ締めてうつむく。

何度も何度もこんな気持ちになったことはあるのに、自分の決めた決断に心が重く覆われる。


     -これでいいんだー


そう言葉を心に落とす。後悔は何度もしてきた。その度に言い聞かせてきた。


     -これでいいんだー


目を閉じて自分に言い聞かせる。大きく息を吸って心に落とす。


「楓もやっぱり不器用だなぁ」


苦笑しながら咲季先輩は私の頭をクシャクシャっと軽く撫でた。その手の優しさに心まで撫でてもらえたような気がする。いつも私がどんな弱い言葉を言っても、逃げる選択をしても、咲季先輩は怒ることなく受け止めてくれる。そんな優しさに私はいつも甘えてしまう。


「咲季先輩、いつもごめんなさい・・ありがとうございます」


頭を下げて心の想いを言葉に込める。


「はいはい。楓がいろんな事考えて、いつも決断しているのはちゃんと分かっているからさ。だから私も応援できるんだよ。楓が転職してもさ、私達は何も変わらないでしょ?」


首を傾げながら笑顔でそう言ってくれた。その言葉が嬉しくて、顔を大きく縦に何度も振りながら「はい」と返した。そんな咲季先輩の存在に今日も心を救われた。

これからやるべき事への気持ちを整えることができた。


「じゃあこれから部長のとこへ行って来ます」


「ん?」


突然で意味が分からない顔をしている咲季先輩にはっきり伝える。


「辞表出して話してきます」


その言葉に驚きの顔を見せた。


「・・もう用意してきたんだ・・そっか・・。うん、行ってらっしゃい」


「はい、ありがとうございました」


私が立ち上がると寂しそうな顔で笑顔を見せて手を振ってくれた。私も笑顔を向け手を振った後営業部へと戻った。

自分のデスクの横に掛けてあるバッグから用意してきた辞表を手に取り、部長の姿を探すと自分のデスクで何かの資料を見ている。今なら誰もいないとタイミングを見計らい一度大きく息を吸って、すぐに席を立ち部長のデスクへ向かった。









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