7-14 第三層
入口から遠くなるにつれて、行き来が困難になるのは道理である。
第一層、第二層を続けて突破するのに要した時間は正確には分からない。ただ、第三層に下ってからの昼食を遅く感じたので六時間は必要としたのだろう。
予想はできていたが、今回よりダンジョン内部で日を跨ぐ事になるのか。
本格的なダンジョン攻略は、今日から開始される。
「――『ヒのウ、カみェゥナ、ンジノいコウ』――」
焚き火の用意を済ませた後、発音も単語の区切りも分からない呪文を唱える。
呪文なんてそんなものだと言われればその通りなのだろうが、抑揚さえも知らんと投げ捨ててしまっている。異世界言語なのに、異世界人にも聞き取れない呪文になっているだろう。
そんな呪文で魔法が発動するのか甚だしく疑問だろうが、何故か発動する。
「――『カフんし』」
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“ステータス詳細
●力:14 ●守:7 ●速:16
●魔:4/5
●運:5”
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魔法が発動した証拠に、『魔』が1減っている。
指先で線香花火みたいな火花が散る。服の綿屑に着火させて、消さないように息を吹き掛けて火の勢いを強めた。ダンジョン内で集めた枯れた植物の根へと延焼させて、焚き火が出来上がる。
「ふう。火をおこすだけでも一苦労だな」
それにしても地味な魔法である。
いや、これは魔法なのか。
百均ライターよりも低効率な魔法を、はたして魔法と言って良いのか。ライターでなくても、火打石で代用可能なところが酷くショボイ。
記憶が曖昧なまま述べる事ではないのだろう。だが、魔法とはもっと実戦的で、馬鹿みたいな火力を有していなければならない、ような気がする。
指から火の粉を散らすだけの魔法などに『魔』を1も浪費しなければならないのは遺憾だ。
「魔法というよりもマジックだ」
焚き火に追加の根を放り、火の勢いを保つ。焚き火の上に鉄の棒を二本這わして、網を敷く。
鉄製の器に水を注いで、火に掛ける。
そのままでは食べ辛い干し肉を器に投じ、薬味を少々。
煮えたところで安直なスープのできあがりだ。
さっそく、お玉でコップに注いでアニッシュに手渡す。雑用は任せろ、バチバチ(水分の多い根が加熱で弾ける音)。
『第三層に巣食うモンスターはオークです。豚面で有名なモンスターで珍しくはありませんが、人間族よりも『力』で勝ります。若様、重々ご注意を』
『折檻されたばかりで単独行動を取るつもりはない。が、余はそろそろ無謀に挑戦するべきだと思う。いつまでもグウマ達に守られていては、勇者になれぬではないか』
それにしても、第三層は臭うな。
構造は第二層と変わらず、石畳と光る苔の地下通路が続いている。目新しさは一切ないのに……第二層よりも不快だ。
一層分、地下に深まって息苦しくなった訳ではない。空間が広大に続いており、別の入口へと通じているからだろう。換気は行われて、空気の鮮度だけで言えば第一層よりも清々しい。
まあ、だからこそ通路向こうからの獣臭さが鼻を突くのだが。
『若の仰られる事も最も。ですが、所詮は第三層で得られる程度の危機で創造主は勇者職を授けるでしょうか』
『オークを注意せよと言ったのはグウマではないか』
『年間のオークによる人間族の被害者数は数え切れません。だからこそのご注意であります。そして、だからこそ、勇者となるには些細過ぎる危機なのです』
この臭い、嗅いだ記憶はない。
だが間違いなく不快だ。こんな豚臭い体臭がする生物は、惨殺したくて仕方がなくなる。業火の中に生きたまま放り込んで断末魔を上げさせ、生まれ落ちた事を後悔させてやりたい。
けれども、ここまで臭いが酷過ぎると回り回って憐れみさえ感じてしまう。
こんなにも俺の感情を無茶苦茶にしてしまうとは、この階層にはどんなモンスターが生息しているというのだ。
「死ねッ! 腐れオーク!!」
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“スキルの封印が解除されました
スキル更新詳細
●実績達成ボーナススキル『オーク・クライ』”
“『オーク・クライ』、オークに対する絶対優勢の証。
相手がオークの場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が二倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、オークはスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、ステータス全体が二割減の補正を受ける”
“実績達成条件。
オークに対して憐憫、憤怒を覚える事。オークに安堵、恐怖、の両方の感情を抱かせる事。
反する感情を抱き、抱かせる存在となる経験により、オークに対する絶対的な優位性持った存在へと昇華する”
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通路の後方から五体のオークが現れたのが運の尽きであった。
グウマやスズナが対処するよりも早く俺が先走り、重い荷物を背負っているにもかかわらず一番にオークへと攻撃してしまう。
肥満体形の横腹にナイフを柄まで突き入れて、捻る。心臓には届かないが、重傷を与えられた。だが、ナイフが脂質に埋まって抜き出せない。
やむをえず、深手を与えたオークの手から二又の槍を奪い取った。
そのまま後方のオークに槍を突き入れ……流石に防がれてしまった。奇襲でオーク共は浮き足立っていたものの、真正面からの奇襲で二体にダメージを負わせるのは無理がある。
「生意気めッ。オークごときが防ぐな。『暗影』発動ッ。クソ、スキルを使わせるな」
であるので、『暗影』スキルで空間を五メートルほど跳躍。オークの後方に移動してから無防備な丸い背を狙う。
Sランクスキルに雑魚モンスターが反応し切れるはずがなく、槍に心臓を突かれたオークが一体倒れ込む。
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“●オークを一体討伐しました。経験値を五入手しました”
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「人間を襲う化物め。『暗澹』発動ッ。さっさと消えろ!」
仲間に突如槍が生えて死亡するシーンを目撃したオーク共は、恐怖でブヒヒィと叫ぶ。
その憎たらしい鳴声が我慢ならず、速攻で戦闘を終わらせようと『暗澹』スキルまで使用した。
地球で例えるなら、スナイパーに一人心臓を撃ち抜かれた後、スモークグレーネードを投じられて混乱が極まった小部隊の末路だ。立て直す暇さえ与えず、オーク共を次々に狩っていく。
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“『オーク』、豚面のモンスター。魔界で良く見かける一般兵。
モンスターの中のメジャー格。親しまれている訳ではない。
豚面、肥満体型で有名。
そんなに強い訳ではないのだが、弱くもない。少なくとも、レベルが二桁未満の人間族が挑むべきモンスターではない。
二足歩行で武器や防具を使用する。
生命力が高く、脂肪が防壁となって攻撃が通り辛い。
また、個体によっては知能もある。と、村人にとっては脅威的なモンスターであるため、頻繁に村がオークに滅ぼされている”
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「全力だ。オークを狩るのにも俺は全力を出す。『暗器』発動ッ」
暗澹空間を形成した後、『暗澹』スキルで隠していた携帯電話を首に掛けて、格納スペースをフリーにした。
オークの体に刺さった槍を抜く時間を惜しんだのだ。
殺したオークが落とした槍を踏み付けて『暗器』スキルを発動。靴底で触れていた槍を一度隠してから、手元に出てくるように解放する。
オーク共の体は酷く弱々しい――『暗澹』と、封印解除された『オーク・クライ』の『守』減少補正が効いているのだろう。熱したナイフをバターに押し込んでいるような感覚で残りのオークを一掃した。
『……注意しようにも、キョウチョウがオークを見付けた傍から狩ってしまうではないか。キョウチョウの素性は相変わらず分からないが、オークを含めて、モンスター全般に対する敵意は確かなようだ』




