7-2 ダンジョンは危険人物がいっぱい
地下道に入って五度目の戦闘を終えた。散発的な戦闘の相手はすべてゴブリンであり、買い主達は手こずる事なく終了している。
アニッシュの動きも固さが多少抜けてきた。ウォーミングアップは完了といった感じか。
それにしても、太陽の見えない閉鎖空間で数時間を過ごすというのは思いの外ほか辛いものだ。時間経過も腹具合からしか判断できない――携帯電話を出せれば別であるが、取り上げられる危険性があるだろう。
『若。少し移動した先に広場があります。そこで休憩にします』
『まだまだ、戦えるぞ。体が温まってきたところだ』
『勇者になるには無謀が必要ですが、今はその時ではありません。昼食の時間です』
グウマに連れられて移動して、俺達はようやく腰を地面に付ける。
女が荷物を貸せと命令してきたので、背負っていたリュックサックを運んだ。重いと思っていた中身の半分は水と食べ物のようだ。
交換用の武装も見え隠れしていたので、後でナイフ一本、拝借しておこう。
『……盗むなよ』
(盗めば命はない)
目線を読まれたのか、女に釘を刺された。
食糧配分はアニッシュが優先された。黒パンとバターを美味そうに食べている。水もコップ一杯を大事そうに飲んでいる。
グウマはパン半分と一つまみの塩、水少し。女も同様。
俺は……おお、塩と水だけだ。仮面の柄は鳥だというのに、海洋生物扱いである。
『労働には対価を支払うべきであろう。ほら、キョウチョウとやら。余のパンを半分食べるが良い』
見るに見かねたのか、アニッシュがパンを半分よこしてきた。
当然、遠慮する。女に睨まれたからではない。男との間接キスは御免だ。
『若様。奴隷に甘く接しないでください。コイツは、エルフの矢を受けていたような男です』
『とはいえ、リセリ様を助けたのもキョウチョウだろう。今のところ従順である。スズナは心配性なのだ』
『若。そのパンは国民の血税が形を成した物。奴隷に半分与えて、若が倒れるような事になればそれは国民全員に対する裏切りとなります』
『食事一つで耳が痛いな。……ならば、地下迷宮を出た後でキョウチョウにはたらふく食べさせよ』
何かこう、少年を見ていると英才教育を受けているお坊ちゃん的な印象を受ける。左右からの声に対し、耳を押させている仕草が同情的だ。
『それでグウマよ。今日はどこまで攻略するのだ?』
『今日は第二層を一度見ておきましょう。夕方には地上に戻れるはずです』
『ゴブリン相手であれば、流石に余も負けはせんぞ。第三層から出てくるオークも問題ない』
『急ぎたいお気持ちも分かりますが……。若、地下迷宮で注意すべき者達について答えられますか?』
『当然、モンスターであろう。五層以下は骸骨兵やインプ、サイクロプスさえも出現するという。いつか挑まねばならぬと思うと手が震える』
まあ、少年に同情している暇があるのなら、俺自身の心配をする。
現状、俺は女の命令に逆らえない。逃走しようにも、既にアニッシュを守れと命じられている。今は大人しく命令に従う雌伏の時だ。
そもそも、現状に不満がない。食事が出る分、エルフの集落に居た頃より生活水準は向上している。
『通常モンスターも十分な脅威です。が、地下迷宮に挑む者が真に気を付けるべきは地下迷宮の守護者。ネームド・モンスターのミノタウロスです。奴は自身を迷宮魔王に仕える三騎士の一人、メイズナーと名乗っております』
『モンスターが人語を喋り、名を語るのか??』
『魔王のスキルによるものです。魔王は『領土宣言』なるスキルを有しています。縄張りとして主張した土地であれば、どんな生物とも意思疎通可能です。特定の配下も『領土宣言』スキルは適用され、人語を喋るネームド・モンスターから人類は間接的に魔王の存在を知る事ができるのです』
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“『領土宣言』、縄張りを主張する王が有するスキル。
支配した土地の内部であれば、どんな生物とも言葉が通じるようになる。
また、ある程度の知能を有する忠臣も、領土支配のために他生物と言葉が通じるようになる”
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『メイズナーは推定レベル60の強力なモンスターです。絶対に戦いを避けるべき相手でしょう』
『そのような敵、浅い階層では現れて欲しくない』
『普段は第十層付近を徘徊していますが、浅瀬まで上がってきた前例があります』
『迷惑なミノタウロスだ』
買い主達は俺を信用していない。確実に侮っている。
『メイズナーが迷惑なのは最もですが。三騎士と成れば、残り二体も地下迷宮に潜伏しているはず。実際、第五層では血液をすべて吸い出された冒険者の死体が発見されたり、現場近くで女が霞のように消えたりと不審な事件が起きています。どこであろうと、常に最悪の事態を想定してください』
『わ、分かった。常に心がけよう』
昨晩はスキルをすべて自白されてしまったのに、どうも本気にしていないようなのだ。命じた張本人たる女などは、俺を精神患者扱いしている。同時通訳機能が不可全で、スキル効果が上手く伝わっていない事も要因だと思われるが。
ただ、今声を潜めたグウマだけは眼光鋭く俺の挙動を観察している節がある。時々、グウマと視線が合うのだ。……間違っても、フラグなんて立ててないぞ。
『いいえ、若。この地下迷宮において注意するべき存在はモンスターだけではありません。我々と同じように地下迷宮を探索している冒険者や……同じ勇者候補にも警戒を』
侮られて良い気分ではないが、俺がレベル4である事に間違いはない。
ここがどこだか分からないものの、モンスターが現れるのであれば経験値を得る機会はあるだろう。オルドボクラスの敵と戦うには、最低でもレベル20は欲しいところだ。
アニッシュを守るという命令に従って、俺もモンスターを狩れるだろう。モンスターがどれだけ恐ろしかろうと関係ない。出遭えば殲滅する。
『ちょっと待つのだ。ならず者の多い冒険者が危険というのは分かる。しかし、勇者候補に気を付けろというのはどいう意味だ?』
『他の候補者が少なければ、自分が勇者に就ける確率が高くなる。こう思う者も少なからずいるという意味です。地下迷宮に治安などありません。ここで出合う他人に、決して気を許してはなりません』
『嘆かわしい限りだ』
買い主の中で気にかけてやる相手は、アニッシュ、女、グウマの順。
買い主の中で用心するべき相手は、グウマ、女、アニッシュの順。
買い主の中で好感度の低い相手は、女、グウマ、アニッシュの順。今のところ、誰も祟りたい程に憎らしくはない。
『わたくしが街で収集した情報の中から、特に注意すべき者達をお伝えしておきます』
奴隷の身分とはいえ、せっかくパーティを組んでいるのだ。協力してやらないでもないさ。
『チェインマンと呼ばれる冒険者は盗賊上がりと噂されており、地下迷宮内でもチェインマンと接触した冒険者が帰って来ない事がたびたびあると。名前通り、腕に鎖を巻いています。
炭鉱族のデ・マルドの一団も要注意です。炭鉱族は顔の違いが分からないので、炭鉱族を見かけたら関わらないように。
また、ダラックなる冒険者は、他国で指名手配されています。
更に、土蜘蛛と迅雷、と恐れられている二人組も危険です。一か月前に現れたばかりの新人冒険者でありながら、驚異的な戦闘力を持っていると』
『鎖男に炭鉱族に、ダラックと――』
『オルドボ商会の商人にも配慮が必要です。危険という訳ではなく、金さえ払えば迷宮内でも商品を販売してくれるため重宝もするのですが、オルドボ商会は敵対する者に対し辛辣です。少なくとも、冒険者は敵に回るでしょう。
こちらはまだ未確定ですが、シャドウ、と呼ばれる正体不明の冒険者がいます。シャドウはたった一人で地下迷宮に挑んでいながら、かなりの深層に至っているようです。シャドウの通った道に、心臓を一突きにされたモンスターの死体が大量に転がっていたという噂が広がっております』
アニッシュはグウマから長々とレクシャーを受けている。圧倒された少年は、感想を述べる事さえ気後れがちだ。
『ず、随分と多いのだな……』
グウマは更に言葉を続ける。
『次は勇者候補の中の注意人物です。
若も良く知っている隣国オリビアの勇者候補、マルサス様。勇者になる事に最も固執した人物であり、他パーティにモンスターを押し付けた疑惑があります。若を快く思っていないマルサス様が、嫌がらせを仕掛けてくる可能性も十分に考えられるでしょう。
疑惑という点では、帝国の第三王子、オットー様もよからぬ噂があります。オットー王子と一緒に行動していた勇者候補パーティが二つ、地下迷宮で姿を消しております』
大切な話をしているように思われるが、俺を監視している女が通訳してくれないので馬に念仏だ。
地下迷宮の上に築かれた無法の街。
その街へと新たに足を踏み入れた人物は、分厚い外套を用いて必要以上で埃を避け、頭をフードで隠していた。口元も布を巻いて隠している。
ここまで過剰に素性を隠さなければ、奴隷市場が並列している街へとエルフが訪れられるはずがない。
「――キョウチョウを近くに感じる。早く探さないと」
エルフの娘、アイサは耳が隠れている事を何度か確かめつつ、見た事もない数の人間族の雑踏へと紛れ込んでいく。
そして、素性を隠した怪しげなフードの人物の傍を横切ったのは、やはり怪しげな二人組。
怪しい理由は単純明快。
二人組は、顔をマスクで隠している。
『……あの、このマスク必要だと思う? 目立っていないかな??』
『目立って上等です。この広い世界で、あのマスク馬鹿一人を探すためには宣伝が必要です!』
天竜川四魔女は今頃何をしているのでしょう~




