第五話 世界は狭い
王国歴219年10月(ユーキ13歳)
ユーキの従者見習であるクルティスはクーツの息子だ。
齢はユーキの一つ下。小さな頃からユーキと一緒に遊んだり学んだりしている。あと数年したら、ユーキの傅役である父親のクーツや元はユーキの乳母で今は侍女をしている母親のヘレナと同様にユーキに仕えることになるのだろうが、今はまだ家臣というより遊び仲間のようなものだ。学術や武術の修行も一緒にしている。
子供にとって一歳の差は大きい。大きいはずだった。確かに勉学はユーキの方が良くできる。理解が早く覚えも良いと導師もクーツも褒めてくれる。
しかし、武術は違った。剣術の稽古でクルティスに楽々と勝てていたのはユーキの八歳の誕生日までだった。
九歳になるころから差が縮み始め、十歳を超えると稽古では互角になり、十一歳になると三本に一本入れられるかどうか、十三歳になった今では、何度手合わせしても全く歯が立たない有様だ。
ユーキは自分が弱いとは思っていない。クーツも「十分にお強いです」と言ってくれる。しかし、年下のクルティスに手加減されている現状では、それも信じられない。恐らく、クルティスが武術にとても優れているのだろうと思う。
クーツに尋ねると「彼奴など、まだまだです」と言う。そう言いながら顔は緩んでいるから実は違うのだろうけど、そう言われると落ち込んでしまう。
「じゃあ、『まだまだ』のクルティスに負けている僕は、『全然』だね」
「そういうわけではありません。殿下は十分に進歩しておられます。貴族家の同年代の子弟に比べれば、かなりお強いと思われます。それと『僕』ではなく『私』とおっしゃってください」
「でも、『まだまだ』のクルティスにまるで勝てない」
「クルティスは将来、殿下をお護りせねばならぬ身です。今の程度では話になりません。その意味での『まだまだ』とお考えください」
こう言われてしまうと、ユーキとしては「わかった」としか言えない。しかし父上に言われた『心身共に強くあり、臣下を導かねばな』という言葉を守れていないようで悲しい。というか、負けるのは単純に悔しいのだ。特に身長でついに抜かれてしまったのは痛恨の極みだ……
クルティスは良い奴なのだ。それはわかっている。性格は明るくて何かうまくいかないことがあってもくよくよしないし、一緒に遊んでいても楽しい。ぶっきら棒なように見えて、相談事をするとちゃんと人の話を聞いていてくれる。良い意見を出してくれることは少ないが、話をしていると頭の中が整理できて考えが纏まるので、話相手になってくれるだけで十分だ。
「(それに、僕にとって、同年代の男友達は彼だけだ)」
そう考えると、少し哀しくもなる。
『殿下』とか言われてはいるが、王族の連枝の端っこのこの身では、将来大勢の家臣を持てるはずもないし、近寄ってくる貴族も多くない。家長で王姪である母上が従えている者ですらそれほど多くはないのだ。
ユーキに直接仕えているものと言えば、クーツとヘレナ、それから身の回りの世話をしてくれている侍女のアンジェラだけだ。
クーツとヘレナの子供たちはユーキの家臣候補となるが、生憎と男はクルティスだけだ。それ以外はヘルミナとヘロイーゼの妹二人で、母上の侍女見習をして学んでいる。彼女らと話をする機会もないではないが、しかし女性の方が大人びるのが早いというか、興味が違うというか、まともに相手にされていない。勿論話を合わせてはくれるのだが、そりゃあ、女の子にしたら、男の子の話相手などしたくはないだろう。
社交の訓練としてヘルミナに舞踏の練習相手をしてもらったこともあるが、足を三度踏んでしまったら、もう嫌がられて相手にしてくれなくなった。ヘロイーゼはそれを見ていて、一度も相手をしてくれない。二人とも、兄のクルティスには纏わり付いて、代わる代わる嬉しそうに踊っている。その間、ユーキの事はほったらかしだ。
見るに見かねてヘレナやアンジェラが相手をしてくれるが、身長が合わなくてうまく踊れない。舞踏の師範もクーツも見て見ぬ振りをしているので、背伸びをしながら懸命に練習するしかない。
別に、将来貴族の令嬢方とお近付きになって、舞踏会で楽しく踊りたいとか思っているわけじゃない。
それでも、ああ、世界が狭い。




