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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第三章 開拓村の災厄

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第四十七話 勝つために

承前


 ノーラと父親のノルベルトは村長に案内されてその家に入り、一番大きな部屋である食堂で村長と向かい合った椅子に座った。

 周りには十人ほどの村人がありったけの椅子や腰掛を出して取り囲んだ。その中にはケンも加わっている。最初は寒かった部屋は人々が帯びた熱であっという間に暖められていき、すぐに息苦しいくらいになった。


 村長が一度「おほん」と咳払いをしてから話し合いの結果を二人に告げた。


「我々は、一丸となって戦うことにしました。代官の要求はあまりにも理不尽です。我々は我々の生活を守るために、そしてハンナのような子供たちを守るために戦います。ノーラさん、あなたのおっしゃるように、戦うということは厳しく辛いことだと思います。それを覚悟して戦います。戦いたいと手を挙げた者も二十人以上おります。若者だけではありません。何人かは年嵩もいます。最終的にはその中から戦いに臨むものを選びます。三か月後、次に代官が来るまで、全員で力を合わせて戦う準備をします」


 村長は一度言葉を切って村人たちを見回し、ケンと視線を交わし、そしてノーラたちに頭を下げた。


「ノーラさん、私たちにあなたのお知恵を売ってください。勝つ方法を教えてください」


 ノーラは父親を見た。頷きが返ってくるのを確めると、二度、三度、息を深く吸って呼吸を整えてから話し始めた。


「わかりました。戦いに勝つ方法、つまり、勝つ可能性をできるだけ上げるために行うべき準備についてお話します。ですが、まずその前に、『勝つ』とはどういうことかをはっきりさせておきたいと思います」

「『勝つ』とはどういうことか? おっしゃりたいことが良くわからないのですが」


 村長が首を捻り、ノーラは淡々と応じる。


「そうですね。戦いに勝つ。そう言えば、相手を撃退したとか、自分たちが受けた損害よりも大きな打撃を相手に与えたとか、そのように考えがちですよね。でも今の場合は、それだけでは意味がないと思います。はっきりさせたいのは、戦いの結果として領主に要求すること、つまり、皆さんが求める成果は何だろうか、ということです」

「そういう意味では、領主様に契約を守っていただいて畑に対する税率を元のままにする、ということですが」

「本当にそれだけで良いのですか? もしそうならば、私が領主であれば、畑の地租はそのままにして、森林税、伐った木の一本毎に五十ダランとかを徴収する税を新設します」

「それは(ずる)いやり方だぞ」


 村人の一人が強い口調で口を挟むが、ノーラは動じない。笑みを浮かべながらそちらを向いて答える。


「そうですね。汚いやり口です。ですが、地租の契約を守ることだけが皆さんの要求なら、それには沿っています。領内で何に税を掛けるかは、領主の裁量です」

「それは困る」

「ええ、ですから、新たな税を創設しない、というのも皆さんの要求の中に必要な事ですよね。他にはありませんか?」

「ああ、おっしゃりたいことが分かってきました。代官の横暴を止めさせる、ということも必要です」


 ノーラの話が腑に落ち始めたのか、問いに村長が頷きながら答えた。


「そうですね。お話からすると、今の代官は暴力を揮うのを好む性格のようです。そうすると、領主が暴力を禁じても、止めようとはしないかもしれません」

「あいつならあり得るな」「やりかねねえ」「全くだ」


 村人たちも頷き始める。


「であれば、代官を取り除かねばなりません。代官の交代を要求し、後任にも横暴を認めないことが必要ですね」

「その通りです」

「つまり、税全体を一度元通りにし、少なくとも開拓が十分に進むまでは新税や増税は妥当な理由があり村が受け入れられる範囲のものとする。代官を粗暴でない者に交代させる。ということですね」

「そうですね。そうなります」


 ノーラは村長の答えに大きく首を縦に振り、一息入れると話を続けた。


「では次に、それを実現させる方法を考えましょう」

「そのために戦うのでは?」

「ええ、戦いに勝つことは、その助けにはなるでしょう。ですが、一回の戦闘の勝利では不十分でしょう」

「そうでしょうか」

「名誉を重んじる貴族である領主が、辺鄙な村に一回負けたからと言って引き下がると思いますか? もし最初に負けたら、体面を守るために、次は全力で勝ちにくるでしょう。それでも負けたら、国への反乱が起きたと王都に泣き付いて、国軍の力を借りるかもしれません。戦いだけで要求を実現するためには、それらにも勝ち続けなければなりません」

「それは無理だ。それに、俺たちは国に反乱したいわけじゃない」


 あまりの話の大きさに村人たちはざわつき、一人が慌てて反対した。ノーラは相変わらずの調子で続ける。


「それはそうでしょう。ですが、戦いだけで要求を実現しようとすれば、そうなるでしょう」

「つまり、別の解決方法を同時に捜せ、ということか?」

「はい。調停してくれる味方、悪くても中立の第三者を探すべきです」

「す、すまん。良くわからん。悪いが、具体的に言ってくれないか?」


 話の思わぬ成り行きに、別の一人が割って入って尋ねた。他の者たちもそれぞれに疑問を呟いていたが、ノーラは落ち着いて答えた。


「ごめんなさい。次から気を付けます。国王陛下への直訴はお考えになりましたか?」

「そんなことができるのか?」


 尋ねた村人が首を捻ると、別の村人たちが口を挟んだ。


「俺は聞いた事がある。領主様に対する不満がある時に、王都の訴訟方に訴え出ることができるらしいが」

「ああ、俺もそういうやり方があることは知っている。だが実際には貴族の肩を持つことが殆どで、仮に領民の言い分が通っても領主様の恨みを買って、後々仕返しをされるだけだそうだぞ。どうなんだ、ノーラさん」


 他の周囲の村人たちも疑わしげになり、不安な視線がノーラに集まる。


「ええ、そうですね。それに、訴訟方の実務責任者はピオニル子爵の現在の寄親であるシェルケン侯爵派閥です。そこで握り潰される可能性も高いです」

「だったら、ますます意味がないじゃないか」


 棘のある口調で投げられた言葉にも、ノーラは動じずに応じた。


「貴族対庶民であれば、そうでしょう。ですが、貴族対貴族となれば、貴族の肩を持つことはできません」

「は? どういうことだ?」

「他の貴族に、その訴状を国王陛下に届けていただくのです。そうすれば、握り潰されることもなくなります。国王陛下の裁きに逆らって仕返しをすれば、陛下とその貴族の怒りを買い、領主自身が危うくなります」

「それはそうだが、そんな物好きな貴族はいないだろう」

「そうですか? それが自分の利益になると考えれば、喜んでそうするのではないでしょうか」

「貴族の利益?」「俺たちと領主様の争いで?」「どういうことなんだ……」


 ノーラの謎めいた返事に、先程までの不安げな雰囲気が消えて村人が首を捻りだしたのを見て、ノーラは微笑みながら手掛かりを出した。


「例えば、シェルケン侯爵と異なる派閥の貴族であればどうでしょうか?」

「……」

「ピオニル子爵は街道の関税を不相応なまでに上げています。そのことにより、被害を受ける領の領主であればどうでしょうか?」


 そこまで聞いて、一人がポンと手を打って顔を上げた。


「……クリーゲブルグ辺境伯様か?」

「そうですね。どなたか、辺境伯様への繋がりのある方はおられませんか? 直接でなくても、どんなにか細い糸でも構いません」


 ノーラが村人たちを見回すと、一人が立ち上がって大声を出した。ケンだ。


「ある。俺は、父の葬儀で辺境伯様に声を掛けてもらったことがある」


 皆が一斉にケンを見る。


「お父上の?」


 ノーラが訝しげに、ケンと村長を交互に見た。ケンは勢い込んで答えた。


「俺は村長の養子なんだ。実の父は辺境伯領の代官をしていた。今は兄の代になっている。少なくとも、話を聞いていただくことはできると思う」

「そうですか。わかりました。では、辺境伯様への働きかけについては、後で詳しく話をすることにしましょう。これで、目標がはっきりしましたね。辺境伯様を動かして国王陛下に訴えて、皆さんに有利な裁定を得る。それまでの間、領主からの不当な要求や暴力に対しては戦いをもって応じる。つまり、自衛のための守る戦いです。この前提で、戦いの準備のお話をしましょう。いいですね?」


 ノーラが一度言葉を切って呼吸を整えるのを見計らって、村長が穏やかに話し掛けた。


「ノーラさん、もしよければ、普段の言葉でお話しいただいて結構ですよ。恐らく御商売用の丁寧な話し方をしてくださっているのでしょうが、もう我々は貴女のお話を買いました。今更、代価を払わないとは言いませんので。我々にとっては、生死を分けることになります。言葉遣いに気を割かれるよりも、話の中身の方が大事です」

「わかったわ。みなさんもそのように」

「わかりました」「おう」「わかった」


 村人たちも頷いた。もう全員がすっかりノーラの話に引き込まれており、誰も彼もが身を乗り出している。他人事ではない、自分事、それも命懸けの村全体の大事(おおごと)なのだ。わからないことは遠慮なく尋ねようと身を乗り出している。

 ノーラも熱を込めて話を再開した。


「戦いに向けて準備しなければならないものは、人、装備、場所、それから情報ね」

「金は? まず金じゃあないのか?」

「もちろん必要。でも、お金は今まで挙げたものを準備するために必要なだけで、戦いに直接使うわけじゃないわ」

「なるほど」

「今の時点で相手とこちらを比べると、人と装備は圧倒的に不利。相手の兵は戦いの玄人。装備も専用のものを持っているわ。だから残りの場所と情報で優位に立ち、人と装備もできるだけ差を詰める。これが準備期間の二か月間にするべきことよ」

「二か月? 三か月じゃないのか?」「そうだ、代官は三か月後にまた来る、と言ってたんだが」


 村人の何人かが聞き咎めたが、ノーラは顔に不敵な笑いを浮かべて応じる。


「契約を守らず暴力を揮うような代官が、口約束を守ると考える理由はある?」

「そりゃあ……無いな」「無いだろう」「ああ、無い」

「一方で、あまり早く来るとも思えないわ」

「なぜだ?」

「こういっては失礼だけど、この村の規模では、ここから得られる税が領全体の収入に占める割合はとても小さいでしょう。そうすると、代官は他の実入りの大きい所を搾り取りに行くのを先にするでしょうね。それが一段落するまでは、本気では来ないと予想できるわ。口先であっても『三』か月と自分で言った以上は、『二』か月までは『まだ意見が揃わない』と言われても反論しにくいし」

「なるほどな。わかった」

「二か月で一応の準備を終え、残りの時間は細部を磨くことね。じゃあ、ひとつづつ詳しく話すわね」


「ノーラさん、ちょっと待ってください。言っていただく事を全ては憶えられないと思います。ケン、書いて記録してくれ。できるだけ詳しく」


 矢継ぎ早に喋るノーラを村長が遮り、ケンに指示をした。ケンは「わかった」と応えて筆記具を取りに立った。村長はそれを見ながら重要なことをノーラに伝えた。


「ノーラさん、戦いの指揮はケンが執ります」

「見た所、まだ若いけど、大丈夫? みんなを纏められる?」

「できることならマーシーが指揮を取れれば良いのでしょうが、あの体です。三か月で戦えるようになるまで回復するかは難しそうです。ケンは若いが、先頭に立って戦うことができるとマーシーも認めていますし、若い者は皆それを知っています。それに、ノーラさんも戦いに関わるには若いですよ。ケンと同じぐらいでしょうか」

「確かにそうかも。わかったわ」


 村長が説明するうちにもケンが急いで戻って来た。大きな食卓の上に紙を置き筆記の準備を整えて「人、装備、場所、情報、二か月で準備……」と口に出して確かめながら早速記録を始めた。


「ケン、いいか?」

「義父さん、もうちょっと待ってくれ。……ああ、大丈夫だ」

「では、ノーラさん、続きをお願いします」


 村長はケンに確認してノーラを促した。ノーラも念のためケンに視線を送り、頷きが返ってきてから話の続きを始めた。


「まず、情報。一つには、相手の事を知ること。いつ、何人で、どのような装備で来るか。様子見で来るか、いきなり本気で来るか。決着を急ぐ事情があるか。これらを調べる。もちろん、相手には覚られずに。ケンさん、次に行っていい?」

「ああ」

「もう一つは、他の何より大事なこと。それは、こちらの事を相手に知られないこと。こちらが戦うつもりだと知られたら、相手は二か月どころか、今すぐにでもやってきてしまう。そうなると戦うどころじゃない。だから、大人も子供も含めて全員が秘密を絶対に守ること。秘密を理解できない小さな子供たちには、秘密を知らせないこと。それから、いつもと村の様子が違うなどと、外部の人間に気付かせないこと。村と外部の普段の行き来は、どのくらいあるかしら?」

「こちらからは、麓のフーシュ村に売り買いに行く程度ですが、冬場は殆どありません。週に一人か二人程度です」

「それは同じように続けて。売り買いする物も変えないように」

「戦いに必要なものは買わなくていいのか?」

「そんなことをしたら、すぐに露見しちゃう。この村で作れるもので何とかするの。外部から来る人は?」

「代官を別にすれば、殆どありませんが、ああ、一か月に一度、フーシュ村から教会の司祭が来ます。普段は私が司祭の代役として礼拝の真似事をするのですが、その時だけはきちんと行います。それ以外はありません。行商人も、来るのは秋ですね。お二人が来られたのが久々の来訪者です。途中の道を見てもおわかりの事と思います」


 ノーラは頷いた。確かに道には雪が積もりっぱなしで、代官たちの馬のもの以外は足跡が無く、滅多に人が通らないであろうことは見て取れた。


「では、司祭が来る際には自然に振る舞うように。普段の礼拝で練習しても良いわね。それから、不意の来訪者に備えて、道の途中に見張りを立てること。それとわからぬように、木を切るとかの作業をしながら。来訪者があった時、あるいは準備が整う前に代官や手の者が万一様子を見に来た時に、隠すもの、隠さないものも決めておく。もう一度言うけど、戦う準備をしていることを、代官には絶対に知られないように。これが一番大事。わかるわよね」

「おう」「わかった」「そうだな」


 全員が一斉に答える。顔を見合わせて頷き合う者たちもいる。それを確かめてから村長が尋ねた。


「相手の事を知るのは、どのようにすればいいのでしょうか?」

「そちらは、二か月後に始めれば良いわね。領都に人を忍ばせて、領主の館の様子を窺って。もし相手が出兵するつもりでも、衛兵の出兵の準備はそれなりに物々しく目立つもの。無理に聞き回らなくても観察していればわかるわ。領都はそれなりに人口が多いので、二人ぐらいであれば変に思われずに済むでしょう。麓の村にも人を出したいかも知れないけど、そちらは目立つ恐れが強いので止めた方が良いと思う。普段の世間話の中で領都の様子を聞くのに留めておくべきね」

「フーシュ村の村長は、信頼できる男です。村長同士で話をすることもできますが」

「普段通りの話なら良いけど、こちらの事情を話すのは止めるべき。戦う準備をしていることを覚られたら、代官に注進される恐れが強いわ」

「彼はそんな男ではありません。村人の事を大事にする良い男です」

「その村の人にとっては、良い男かもしれない。でも、皆さんにとっては、別でしょう。その村も、代官に無理難題を言われている可能性が高いのでは?」

「それはそうかも知れませんが」

「この村を売ることによって自分の村を少しでも守れるなら、躊躇しないかもしれない」

「そんなことは……」


 村長が考え込むのを見て、ノーラは静かに諭した。


「村長さん、貴方はどうかしら? ここにいる皆さんを守るためなら、何でもする、人を殺すと覚悟したのでは?」

「それはそうですが」

「フーシュ村の村長も、同じような覚悟をしていたら?」

「それは、わかりません」

「だとしたら、危ない橋を渡るべきではないと思う」

「……わかりました」

「何か聞かれたら増税の話だけをして、『どうしたらいいかわからない。皆困っている』で通すべきね」

「そうします」


 村長が納得すると、ノーラはにっこり笑って言葉の調子を戻した。


「次は場所。これは指揮官、ケンさんは良く聞いてね」

「『ケン』と呼び捨てでいい。どこで戦うか、か」

「それだけじゃないの。その場所を、こちらに有利なように(あらかじ)め整えることも必要よ」

「どういうことだ?」

「戦う場所は、峠の上り坂が最適」

「上り坂? フォンドー峠の下り坂のことか?」

「あら、ごめんなさい。こちらから見たら、確かに下り坂ね。ええ、そう。もし人や装備が互角なら有利に戦える場所が峠より下の方にも何か所かあったけど、実際には不利だから、峠、フォンドー峠? あそこで戦うべき」

「ああ、それは俺にもわかる。高さ、登り難さを活かすんだな」

「そう。それから道幅の狭さも。戦術の方針として、峠への坂を登り切らせない、これに尽きると思う。登り切られて近距離での戦いになると、練度、戦いへの慣れの差が出て勝てなくなる。何としても登らせない。そのための準備をするの。後で細かい話をしましょう」

「わかった。俺も色々考えてみる。よろしく頼む」

「ええ」


 ケンと頷き合い、ノーラは再び村長に向いた。


「じゃあ、次は装備」

「剣や鎧を買う金は村にはありませんが……」

「構わないわ。できることをするしかないので。まず、剣は既にあるものだけでいいわ。無くても構わない。さっきも言ったように峠を登らせない戦いをするのだから、武器はそのためのものを作るの。具体的には、弓矢と槍。槍と言っても、相手を突き殺すだけが目的じゃない。むしろ、突き落としたり、足を(すく)うために使えるように。村に鍛冶師は?」


 ノーラが人々を見回すと、シュミットがその太い右手を挙げて名乗り出た。


「ああ、俺がそうだ。シュミットだ。普段作る刃物は斧とか鎌、鋸、それに包丁とかだが、鍬や鋤とかの農具も作る。一応、剣を作る心得もあるが、最近は作ってないな。村の家から鍋だの何だのの鉄を集めて(やじり)や槍の穂先を作るのか?」

「そんな事をしたら、生活が立ち行かないわ。父さん、いいよね?」


 ノーラが父の方を見る。ノルベルトはそれに応じて「ああ」と頷いてからシュミットに向かって言った。


「我々の積荷に鉄屑がかなりの量あります。それをお使いください。何人分かの鏃や穂先には十分間に合うと思います」

「それは助かるが、良いのか?」

「勿論、無料とは言いません。今回は初めから、顔繋ぎの御挨拶として格安でお譲りするつもりで来ましたので。村全体で買い取っていただくということで、お値段については後ほど村長さんと相談させてください」

「わかりました」


 横から村長が答えるのを聞くと、シュミットはノーラへの質問を続けた。


「じゃあ、それで矢と槍を作ればいいのか?」

「ええ。弓が得意な人はいる?」

「獣を追い払うのに使うからな。みんな一応使えるが、得意なのは、狩りが上手い者二、三人だな」

「では、鏃はその人たちが使う分を。槍は、できれば戦う人数分、少なくとも十本。穂先だけでなく、石突の部分も。坂から突き落とすのはそちらの方が使いやすいかもね。足りない人には六尺棒。長めの方が良いと思う」

「わかった。そっちはホルツの担当だな。相談して作る」

「それから、(たがね)

「鏨?」

「大槌の代わりに、大きな鏨を六尺棒の先につけたものを、二、三本。敵は金属鎧を着けてくるかもしれないから、その対策ね」

「ああ、なるほど」

「それから、普通の鏨も必要」

「それは何本か持ってるが、何に使うんだ?」

「この地を拓くときに、石や岩を沢山掘り出したんじゃないかと思うの。それはどこに?」

「纏めて岩地に捨ててあるが、まさかお前……」

「そう。『まさか』どころか、急坂でのお約束よ。せっかく掘ったものを捨てておくなんて勿体無い。増税の返礼品として代官に貢いで差し上げましょう」


 ノーラが悪い顔をして、にやっと笑う。ケンもそれを見て、同じように笑って話し掛けた。


「ノーラさん、俺にもわかってきた。霞が晴れてきた思いだ。お蔭で戦い方、戦術ってやつか? それが見えてきた」

「それは結構ね、ケン。じゃあ、最後に人。武器を作っても、人がそれをうまく使えなければ無意味」


「ちょっといいか? 傭兵を雇っちまったらどうだ? マーシーの伝手が使えんじゃないか?」


『人』と聞いて、シュミットが提案したが、ノーラは笑顔のままで首を横に振った。


「秘密裏にできるのであれば。傭兵ギルドへの依頼にせよ、自由依頼にせよ、相手の傭兵に断られた時に、どうやって秘密を守らせるの?」

「……無理だな。一度話したが最後、どうやっても洩れちまいそうだ。相手次第の一か八かになっちまう」

「それに、傭兵はとてもお高い。領主相手に戦える人数をずっと雇い続けられるぐらいなら、そもそも増税を楽々と受け入れられるはずね」

「そりゃあそうだった。つまらん提案をしてすまんかった」

「だから、自分たちで戦えるようにするしかない。そのために必要な事をするの」


「ということはつまり訓練だよな? それは俺が担当する。マーシーにやり方を聞いて、みんなに教える」


 ケンが口を挟み、ノーラはそちらを見て真剣な顔で答えた。


「ケン、頑張ってね。訓練は厳しく辛いもの。みんなが耐えられなくなってしまわないように注意してね」

「ああ」

「それから弓矢を担当する人は、訓練を兼ねて獣を狩ってください。動かない的よりも、素早く動く獣を狙う方が遥かに実戦的。それに獣から皮が取れるようであれば、革鎧が作れるわ。全員分間に合わないかもしれないけど、布の服よりはましよ。あ、勿論、出来の良い矢を選別する時には、動かない的で試射することが必要だけど」

「そうだな」

「それから、武器の使用訓練は確かに重要。でも、もっと大事なことがあるの」

「武器の訓練以上に?」

「明日、教えるわ。戦う予定の人は、夜が明けたら飲み水を持って、ここの前の道に集合してください」

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