第二十話 襲撃
承前
今日は珍しく朝から風が無い。むっとした湿気っぽい空気が商隊の面々には不穏に感じられる。気温は高くないのに、じんわりと汗が出てくるような気にさせられる。
商隊が村を出て二時間ほど進むと道は川に沿うようになり、道が平坦になると共に川の流れが緩んで川原が開けた場所に出た。やや早いが、隊はここで小休止することにした。
隊列の荷馬車が集まって止まり、商人や護衛たちが降りてくる。護衛の何人かが周囲に偵察に出たが、今のところ、怪しい気配は特に無いようだ。
川から水を手で掬って飲む。村で入れた革袋の水は全て捨て、洗ってから川の水を補給した。
ノーラは辺りを見回していたが、ノルベルトに何事かを告げた。ノルベルトは頷くと、商人仲間を集めて相談を始めた。商人たちは疑わしげな顔をしていたが、少し話し合うと散っていき、それぞれの荷馬車の護衛の傭兵に話し合いの結果を伝えた。
それぞれが休憩から立ち上がり恐らくこの後にあるであろう襲撃に備えて慌ただしく準備をするうちに三十分ほどが経ち、商隊は進行を再開した。道は川から離れて徐々に登りになり、両側は崖で挟まれるようになってくる。盗賊が待ち伏せていそうな地形を通過する度に緊張しては安堵の息を吐くのを繰り返す。
また一時間ほど経っただろうか、小さな谷間を通っている時に、それは始まった。
何者かの大きな叫び声が聞こえると同時に左側の崖の上から数本の倒木が大きな音を立てて転がり落ちてきて、先頭の荷馬車の少し前の道を塞いだ。
御者が角笛を短く二回吹いて襲撃を知らせる間にも、街道の前方の木陰から不揃いな武器を持った盗賊が現われた。木を落としてきた連中も、崖を滑り降りてきて合流する。全員、目は血走り、口をだらしなく開いて不気味な笑い声を上げている。
商隊からは、事前の打ち合わせ通り前方の五台の馬車に乗っていた十人の護衛が飛び降りた。先頭の馬車から降りた大柄な男の「行くぞ!」の声に応えて一斉に走り、盗賊に立ち向かう。近付いてきていた盗賊たちは倒木の後ろで構え、木を挟んだ打ち合いとなった。
御者はもう一度角笛を短く二回吹くと、さらに長く二回、短く一回吹いた。襲ってきたのは十一人だという合図だ。叫び声や剣を打ち合う金属音が響き、最後尾のノーラの馬車にも聞こえてきた。
ノーラはノルベルトに急いで言った。
「こっちが少数。加勢を送りましょう。でも、たった十一人でこの隊を襲うのはおかしいわ。第二陣があるはずよ」
「わかった」
ノルベルトは答え、角笛を短く一回吹いた。それに応えて後方の五台からも護衛が飛び降り、戦いに加わるべく前方へと走った。
盗賊団の首領は後方の崖の上に立って街道を見下ろし、襲撃の進行状況を眺めていた。
商隊で起こった最後の角笛の合図で、後方の馬車からそれぞれ護衛一人が降りて前方に走り去った。それを見ると、首領はにやりと厭らしい笑いを顔に浮かべた。
商隊というものは、目的地が近くなるとどうしても先を急ぎたくなる。道の前方に障害物を落としこちらが姿を現して立ち塞がってやれば、その排除に懸命になりどうしても意識が前方に集中してしまうものだ。
この美味そうな獲物の連中もそうだ。最初は用心深く、護衛のうち一部だけで対応させ、万一への備えを残そうとしたのだろう。だが、敵が十一人と知り、力尽くですぐ排除できると思うともう後方の事は頭の中から無くなってしまい、全力を注ぎ込んでしまいやがった。素人とはこういうものだ。
首領は傍で蹲んでいる手下たちに向くと嬉しそうに嘲った。
「見たか? こっちの思った通りに踊ってくれるな。こっちの人数を見て数で勝てると思ったんだろうよ。寄せ集めの商隊の護衛の傭兵なんぞ、こんなもんだ。一人一人の腕節は強くても、頭はお粗末なもんだ。こっちは護衛が十五人と調べ済みだ。全員前に行っちまいやがった。頭も空っぽ、後ろも空っぽ、がら空きだ」
あざとく嗤うと、手下に指示を送った。
「次だ! 手筈通りにやれ!」
それを聞いて四人の手下が立ち上がり、商隊の荷馬車の隊列に向かって火矢を射かけた。隊列の後方よりの馬車を燃やして獲物をさらに混乱させる魂胆だが、全部を燃やしては元も子もない。狙うのは二台だけだ。用意した数本の火矢をあっというまに射尽くすと、首領はそれが荷馬車の幌に刺さるのも見ずに、さらに命じた。
「よし、行くぞ!」
叫び声を上げ手下たちと共に崖を滑り下りた首領は剣を抜いて振り上げた。商隊からまた角笛の音が聞こえる。後方の危機を前にいる護衛に知らせようというのだろうが、慌てたところでもう遅い。
「護衛どもはもう一人もいねえ! 後ろから順に商人どもを片付けちまえば、後は前の護衛どもを挟み撃ちだ! いいな!」
「おう!」「いやっほーい!」「いっくぜーい!」「うおーい!」
首領が剣を振り下ろすのを合図に、四人の手下たちはそれぞれに奇声歓声を上げて走り、後方の各馬車に分かれて取り付こうとする。首領は襲撃の成功を確信して少し後ろから見守った。
護衛十五人は全て隊列先頭の襲撃への対処で手一杯、残っているのは闘い慣れない商人たち、相手にならない連中だけだ。幌に火が付いた馬車に気を取られ、後方を見る余裕はないだろう。
しかし、そこから繰り広げられた光景は、首領が想像していたものとは全く異なっていた。
各馬車の荷台から、いないはずの護衛がいきなり現われて剣を抜くと手下たちに襲い掛かった。最後尾の馬車からは、矢も飛んでいる。
上手く護衛の不在を作り出したはずが、逆に不意を突かれては一溜もない。それぞれに荷台によじ登ろう、御者台から御者を引き摺り下ろそうとしていた手下たちは様々に悲鳴を上げながら転げ落ち、道に倒れる。腕を失った者、突かれた胸を押さえながら転げ回る者、首を斬られて血飛沫を上げ既に事切れている者もいる。
「そんな馬鹿な!」
首領がそう叫ぶ間もなく、手下たちは四人とも討ち取られてしまった。荷馬車が燃えている気配も上がる煙も無い。火矢は既に幌を切り裂いて取り除かれ、道に捨てられているようだ。
首領が呆気に取られているうちに、手下たちに手早く止めを差した護衛たちが駆け寄ってくる。
一対五だ。
多勢のはずが無勢に陥った首領は一瞬逡巡したが、もう闘っても勝ち目はない。取り囲まれてしまえば終わりだ。ここは身軽になって逃げ切るしかないと、手にしていた剣を一番手近の護衛に投げ付け、踵を返して走り去ろうとする。
護衛たちが追おうとしたところに、「道を空けて!」と甲高い少女の声がかかった。ノーラがまだ燃えていた火矢を拾って走ってきて、弓に番えて引き絞っている。護衛たちが射線を避けたと見るや、矢を放つ。
後ろを見ずに真っ直ぐ走る首領に避ける術はなく、矢は背中に突き刺さった。
革鎧に勢いを殺された矢は深手を与えることはできなかったが、火は容赦なく鎧の下の服に燃え移った。耐えられない熱さが背中に広がり革鎧の隙間から煙が噴き出す。首領は「ぎゃあぁっ!」と叫んだが走っては火の勢いが増すばかりだ。何とか火を消そうと転げ回っていると、そこに難なく追い付いた護衛の指揮を執るマーシーが剣を振り下ろして、火の熱と火傷の痛みから解放してやった。
「よしっ」
「まだよっ! 油断しちゃだめ! 今度は前っ!」
ほっと安心しかける護衛たちに、ノーラの戒めの声が掛かる。
「応っ! お前ら二人はここに残って周りを警戒しろ! 残りは一緒に来いっ!」
マーシーは指示をして、前方の加勢に駆け付けた。
隊列の前方の盗賊たちは、当初自分たちの方が少数となるのは承知していた。奇襲で相手を混乱させ、慌てて飛び出してくる何人かを倒して敵の数を減らしたら、その後は背後から襲う仲間とで挟み撃ちにできるまで時間を稼ぐ算段で、倒木の後ろに下がって横陣を組んで闘っていた。
だが、案に相違して相手は秩序だって動き、人数が多いのに無理に前に出てこない。混乱どころか相手も横一列になり、倒木を挟んだ小競り合いにしかならない。商隊から悲鳴が聞こえても、護衛たちがそちらに気を取られるどころか、さらにその加勢がやってきた。
背後からの奇襲は失敗に終わったのだ。盗賊たちは否応なくそう覚った。だが、そうなった時の計画など知らされていない。どうすればいいのか、だが指図してくれるはずの首領はいつまでたっても現れない。
盗賊たちが戸惑っている間に、護衛たちは確実に多勢になったところで何人かが倒木の横から回り込んで来た。盗賊たちは包囲されそうになり、止む無く倒木からさらに下がり互いの背後を守るために円陣を作った。周囲から次々に突き出され振り下ろされる剣を懸命に避け、弾き続けて必死に耐える。
だが、ついに一人が疲れ切って剣が上がらなくなったところを大柄な護衛に大上段から斬り倒されてしまい、そこから円陣が崩れた。
一度崩壊するともう建て直すことができない。乱戦になると護衛二十人対盗賊十人の数の優劣と普段の鍛錬の差が猛威を振るう。残りの盗賊は、「糞野郎どもがっ!」と焦って無理に突っ込む者、「やばい、もう駄目だ!」と逃げ出そうとする者とばらばらになり、結局、全員が討ち取られた。
「生きている盗賊はいないか!」
剣戟の音は消え去り、マーシーの叫び声が響く。
「いない!」「こっちもだ!」
前後から応える声がする。
「前方で討ち取ったのは何人だ!」
「ここに三人!」「こっちは四人!」「ここに四人! 前は全部で十一人!」
「十一人に間違いないな!」
「応!」
「後ろは!」
「五人! 四人と一人で後ろは五人! 間違いない!」
「よし、全部で十六人、討ち漏らしはない!」
敵が片付いたなら、今度は味方だ。マーシーはもう一度叫んだ。
「やられた者はいないか!」
「ビルとスタンが腕にくらった!」
「怪我人はこっちへ連れてこい! 商人の皆さんは無事ですか!」
「こちらは全員無事です! 手当を手伝います!」
全員の状況を確認すると、負傷した二人も縫うほどでもない薄手を負っただけだった。念のため傷口を水で洗い、傷薬を塗って包帯を巻けば簡単な手当てが終わる。
荷馬車にも大きな損害はなかった。川原での小休止の際に、幌にたっぷりと川の水を掛けて濡らしておいたのが功を奏して、火矢が刺さった荷車も幌が少し焦げただけで済んだ。
一息吐いたところで、傷を受けた者以外の護衛全員で事後処理に取り掛かった。盗賊の死骸を集めて、身許を示す物を持っていないか確かめる。もしもあった場合は傭兵ギルドに提出すれば衛兵局への届出等、後の処理をしてくれる。剣や短刀といった刃物など、安物ながらも換金できそうな装備は没収する。ギルドで承認を受けて戦利品扱いとなり、町で換金した後に護衛全員で山分けすることになる。金目の物を持っていた場合も同じ扱いだが、誰も持っていなかった。恐らく、塒に置いているのだろう。流れの盗賊ではない、この場所に居付いている証だ。
確かめ終わったら埋葬に取り掛かる。死体は街道から少し離れた山の中に引き摺っていき、深めの穴を掘って埋める。護衛の傭兵たちは馬車に備え付けの円匙で土を掘りながら、口々にノルベルトを讃えた。
「この商隊の指揮者はすげえな」
「相手の手口を読み切ってたわね」
「川原で幌に水をたっぷり掛けてくれと頼まれた時は、面倒くせえと思ったけど、当たったな」
「こんだけ読まれちまうと、むしろこいつらが哀れね」
「同情はしねえけどな」
「あの娘も、怯えもせず、肝っ玉が据わってるよな」とノーラを褒める者もいる。
埋葬が終わると、全員で頭を下げる。自分たちも身を持ち崩せば成れの果てはこうなるのだ。自戒を込めて『生まれ変わったらまともに生きろよ』と短い祈りを捧げると、護衛たちはそれぞれの荷馬車に戻った。
マーシーもノーラの荷馬車に戻ってきた。ノルベルトが声を掛ける。
「お疲れさまです。護っていただき、ありがとうございました」
「どう致しまして。貴方の計略のお蔭です。いや、ものの見事に嵌りましたね」
「それほどでもありませんよ。まあ、相手はありがちな手口で来ましたから。皆さんの鮮やかな手際のお蔭です。本当に有難うございました」
「いえいえ、そのために雇っていただいていますので。娘さんも頼もしいですね」
マーシーがノーラを褒めると、ノルベルトは苦笑いしながら返した。
「娘らしくして欲しいと思うことも多いですけどね。何にせよ、犠牲者を出さずに済んで良かったです。この先どこかで川が緩くなったら、小休止しましょう。川で返り血を洗い流してください」
「有難うございます。よろしくお願いします」
礼を言いながら荷台に戻り、そこにいるノーラにも声を掛けた。
「お嬢ちゃんも大したもんだよ。怖くなかったか?」
「ううん、お兄さんたちが護ってくれていたから平気だった」
「そうかい?」
「(……盗賊が怖くちゃ行商人なんてできないし)」
「え? 何だって?」
「ううん、何でもない。それに盗賊のことはファルコが教えてくれていたの」
「ファルコ?」
「そう、ファルコ。ファルコは英雄物語の主人公で、すごく頭が良くて、強くて、格好いいの。若い時には護衛でお金を稼いでいたの。その時のお話で、二手に分かれて襲ってくる盗賊を見抜いて、格好よく闘ってお姫様の車列を守ったの」
「へえー。物語でねえ」
マーシーは納得できなげに首を振っていたが、ノーラは荷台から離れ、御者台の父親の横に行って座った。
「何から何までお前の読み通りだったよ。で、なぜ連中の人数がわかったんだい?」
ノルベルトが小声で尋ねると、ノーラは不思議そうな顔で見上げた。当たり前のことをなぜ尋ねられているのかわからないという顔だ。
「あの盗賊たちは、普段はあの村に頼って生きている。兵隊でも盗賊でも、農村が養える無駄飯喰いは、村人百人あたりで三人か四人がせいぜいよ。あの村は三百人程度で普通の暮らしをしていたから、寄生できるのは十人か、どんなに多くても十五、六人程度がいいところ。前方に十一人現れたから後ろは四、五人、後ろはこちらが不意を打つ側だから、同数でも間違いなく勝てると思った。だから前方に五人送ったの」
「それで前方は戦力優勢、無理をせず戦えば大丈夫、か」
「相手はこちらの護衛は十五人程度と算段しているはずだから、前に五人送れば、後ろはがら空きだと思い込むわ」
「なぜ向こうが護衛は十五人と考えると?」
「考えたのではなく、聞かされたの」
「聞かされた?」
「それなりの規模の盗賊団が近くに棲み着いているのに、村がまあまあの暮らしをしていて、商隊を強く引き止めないということは……」
「やっぱり内通か。盗賊と共生している村だな。盗賊の警告を最初にしてくれたのが子供、という時点で既に怪しかったが」
「村の近辺に盗賊が出没しているのに、格好の獲物になる子供が村の外まで遊びに行くのを許すなんて、あり得ないわ。盗賊と通じている証拠。何度か成功が続くと普通の人間は慢心するの。保秘も、善意の振りも、情報収集も杜撰になってくるものよ」
「市でこちらの品物にあまり興味を示さなかったのも、どうせすぐに手に入るだろうから、聞くまでもないということだったんだろうな」
「たぶん。前の夜に差し入れに来たのは、護衛の人数を確認するため。だから護衛のうち五人は村に入る前から荷台に身を潜めて姿を見せないようにしてもらったの」
「なるほどな……」
「戦は、兵力を適切に配置した方が勝つと、ファルコが言っていたわ。『戦略』って言うんだって」
にっこり笑うと、ノーラはまた本に没頭し始めた。
ノルベルトは、あの村にはもう二度と行くまいと心中決めると、この子の変な能力をどうすれば良いか考え込んだ。
「そこそこの規模の盗賊団に遭うのは、初めてね」
不意に、ノーラが呟いた。本の世界から戻ってきたらしい。
「ああ、そうだな。俺が子供の頃は、昔語りとして怖い盗賊団の話をさんざん聞かされたもんだが、ここ十年以上は、めっきり減っていたからな」
「世の中が良く治まっていたから?」
「ああ、今の国王陛下は、俺たち国民が安心して暮らせるよう、治安に力を入れられたからな。陛下の指示で、どこの領も衛兵を多く雇って、頻繁に巡視させているから」
「でも、最近は盗賊の噂が多いわ」
「陛下も五十代の半ばを過ぎられた。王位に就かれて、三十年以上経つ。どうしても貴族の意識が緩んでくるのは仕方ないだろう。誰でも歳を取り、力を失い、やがて死ぬのは神の思し召しだ」
「だからといって、盗賊を放置するのはどうかと思う」
御尤もな御意見だが、ここで庶民が文句を言っていても、陛下の耳には届きようがない。ノルベルトは苦笑した。
「うーん。衛兵を維持するのには随分と金が掛かるのはお前も知っているだろう? 衛兵も、世の中が平穏なら無駄飯食いみたいに思えるものだからな」
「でも治安を維持するのは領主である貴族の務め。貴族をきちんと監視するのは王族の務め。盗賊が増えているということは、王族の力が弱くなっている表れ」
「おいおい、そんなことは人前では言ってくれるなよ? 子供でも只じゃ済まなくなる」
「うん、次から気を付ける」
「で、今のもファルコの台詞か?」
「そう。『治安の緩みは領主の緩み。領主の緩みは国王の緩み』、王様が弱っているなら、他の王族が力を合わせないと」
「そうも行かないのが世の常だな。地位が高い人間は、誰しも、自分こそが最高権力を揮うべき、とか考えがちだからなあ」
「王族なら自分の事じゃなく、国の事を考えて欲しいものね」
「ああ、そこは、自分は優秀だから、国のためには自分が権力を握るべき、と屁理屈をつけちゃうんだよ」
「それは愚か。本当に優秀なら、自分の至らない所が見えるものよ。どうか愚かでない王族がいて欲しい。そうでないと、世が乱れるわ」
「ああ、そうなると俺たち商人は危なくて商品を運べなくなるからな」
「物の流れもお金の流れも悪くなる」
「すると、国が弱くなるな」
「国が弱くなると、他国に付け込まれる。やがて侵略される」
「戦争が起きるな」
「人が沢山死に、悲惨なことになる。そうならないよう、真面目で、人を愛し、強くて、そして謙虚な王族が必要よ」
「陛下の後にも、そんな方が続いて欲しいものだ」
「『良い国民は良い王を作り、良い王は良い国民を育てる』」
「それもファルコか」
「ううん、これは私」
「そうか。頼むから人前では言うなよ」
「うん。次から気を付ける。でも、この国の人たちの多くは良い人。次もきっと良い王様が出る、そんな気がするの」
そういうと、ノーラはもう一度本の世界に入って行った。父親は溜息を吐き、娘の将来をまた案じるのだった。
ノーラとノルベルトのやり取りは小声のつもりだったが、荷台の二人の護衛にも聞こえてしまっていた。その内容に顔を見合わせて驚いていたが、マーシーが口に指を当てると、二人とも黙ってノーラと父親の話に聞き入った。
父娘の話が済んだところで、マーシーは小声でもう一人の護衛に言った。
「いいか、今聞いたことは誰にも喋るな。特にあの嬢ちゃんの話は忘れちまえ。いいな」
マーシーは相手が頷いて承知するのを確かめた。
あんな才能が貴族にでも知られたら、あの嬢ちゃんは自由に暮らせなくなるだろう。俺たちを無傷で勝たせてくれた娘だ、幸せになって欲しいものだ。マーシーは荷馬車に揺られながら、そう思った。




