閑話休題 毒花女達!
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トリカ視点
わたくしが分析するに、ヒノキは精神的に強者だ。
性格を五角形で評価するとして、「自身の弱さを受け入れる」という項目だけ凹んでいて、他は軒並み優れている。そういう男だ。
だが、どうやらその見立ては甘かったらしい。
ヒノキは自身の弱さを受け入れただけで、香り立つ匂いがガラッと変わった。あれは明らかに短所を克服しただけの変化じゃない。本当にびっくりするくらい、雰囲気が違うのだ。
人としての厚みとでも言うのかしら……一回り、いや、十回りくらい大きくなったような印象を受けたわ。
そんな大きく魅力的になったヒノキから、突如プロポーズされた。それも、とっても強引に。
「悔しいわ…」
自室で一人、あの時のことを振り返りながらため息を漏らした。
――思えば、あの時のわたくしは混乱していた。
格式高いわたくしは、どんなときでも平然としていなければならない。なのに、あの時はそうできなかった。
「朝から浮かれていたのがそもそもの敗因かしら」
あの日は、努力に努力を重ね、やっとのことでヒノキの前世にまで届く歌が完成した、翌日だった。多少気持ちが浮き立つくらい、むしろ自然でしょう。
…まあ、その歌を披露する意味は、ヒノキが成長したことであっけなく消えてしまったのですけどね。
それでも、培ってきたノウハウまで失われたわけじゃない。無駄になったと決めつけるほど、わたくしは未熟じゃない。だから、このことについてはまだいいのだ。
「…やっぱり悔しいわ」
頭に浮かぶのはあの男のことばかり。
屈託のない笑顔、完成された肉体、熱い眼差し、出会い頭に向けられる致死量の愛、魂にまで届く純粋な言葉。
それらは甘い神経毒のようにわたくしを蝕んだ。
ふわふわして、キュンキュンして――快楽でどうにかなってしまいそうだった。
「あの日は確かに遅れを取ったけれど、常に攻めはわたくしよ。黙ってやられてなんてあげない。結婚しようが、手加減なんてしない」
わけのわからないまま、わたくしはあの日、ただただヒノキの毒に溺れてしまった。
ただ、ヒノキのそれは一見毒のように見えて、毒なんかではない。
あれは、あまりに強力な薬のようなものだ。
女性が生きていくために得た秘めたる毒を、否定せずそのまま包みこんで無害化してしまう。まるで「もう大丈夫。そんなものがなくたって、あなたはとても素敵」と全肯定されているような、そんな感覚。
きっと、貴重な男を手に入れるために、女性の本能はいつもちょっとだけ無理をして毒を得ていたのだろう。いつの世も、そうやって女性は目的のための毒を作り出し、男を手に入れてきた。
ただし、それでは真に本能は満たされることはない。なぜなら、得られるのは「選ばれた安心」であって、「存在そのものの肯定」ではないからだ。
だからこそ、ヒノキの愛を本能が強烈に求めてしまう。ヒノキは本当に欲しかったものをくれる。一度それを知ってしまえば、もう以前の愛では足りなくなる。だから、気持ちよくて抗えないのだ。
「もう少しシャンとしなきゃ。牙を研ぎ澄ますのよ。はあ……ヒノキのバカバカ」
ヒノキを手に入れようが、わたくしは満足しない。いつだって進化を続ける。常々そう思っていたし、そうするつもりだった。
それなのに。
頭で仕組みは分かっていても、抗うことができない。抗おうとすら思えない。
本当に厄介だ。
今のわたくしは軟弱だ。ヒノキにとろとろにされたせいか、いつもは決してしないようなこともためらいなくやってしまう。体が勝手に動いてしまう。
子供がたくさん欲しいと甘く懇願したり、赤子のように死ぬほど甘えて……いえ、やっぱりこのことは脳の秘密フォルダに厳重に封印しておきましょう。
「絶対に主導権は取り返すわ。このままじゃ終わらない。見てなさい、ヒノキ」
強く決意したわたくしの顔の締まりは悪い。与えられるヒノキの愛が気持ちよすぎて、表情筋が言うことを聞いてくれないのだ。キュッと口元を引き締めようとしても、勝手ににへらと笑ってしまう。
…こんなのじゃ表を歩けないわ。
「…けれど、わたくしの本能が満足しきった時。その時はこっちからも攻めるわ」
ヒノキの愛の供給量はあまりに多い。この様子だと、あっという間にわたくしは満足してしまうだろう。
そうやってお互いが満足したら、またもっともっと愛を深める。そうしていけば、きっとまだ見たこともない本能すら超えた愛を育むことができるはず。
わたくしの欲は無限大なの。本能が満足しても、その先を常に求め続けるの。
「心拍数、体温、アドレナリンなど、体内の数値が軒並み異常を示しているわね。これじゃあ寝られそうにないわ。一人だからといって、少々浮かれすぎたわね。それもこれも全部……はあ。ヒノキのバカ」
今のわたくしは、なんとか日常と仕事で強引に頭を切り替えて、メリハリをつけるように頑張っている。
そんなわたくしに比べ、セリは当たり前のように日常を受け入れている。せいぜいとろけるような笑顔でいるくらいだ。わたくしのように、異常行動などを起こさない。
「やはりあの女はどこかおかしいわ」
もっとも、今のわたくしはセリのことを敵としては見ていない。むしろ、対等なライバルとして認めている。
最初はどうにか出し抜いてやろうと、あれこれ悪巧みしていた。けれど、ここに来て初めて腹を割って話したことで、考えは変わった。
いかにも幸せそうなセリに声をかけた、あの時のこと――
わたくしたちは今まで、心の底から本音を交わすことなんてなかった。
それこそあの女は、全方向に超強力な猛毒の針を尖らせていたハリネズミのような存在だった。そんな存在とまともに話ができるわけがない。
ただ、ヒノキにプロポーズされたおかげで、その針の尖りが和らいでいた。
そんなセリの様子を見て――わたくしは「これは絶好のチャンスだ!」と直感しました。
「ねえ?ちょっといいかしら?」
それから、たくさんの相談をしました。こんなに話したのは初めてというくらい、本音で語り合った。必要な交渉、心の奥で思っていた本心、それから、ヒノキのこと……ありとあらゆることを夜通し話し合った。
話してみると意外と気の合う女だった。それもそのはず、元々同じ男を好きになった者同士だ。話が合わないはずがない。
そもそも、わたくしたちはどんな手段を使ってもヒノキを手に入れようとした同類だ。そんなセリと話すうちに、わたくしたちの間に小さな“仲間意識”が生まれた。
この時、身内で争う必要が現状はなさそうで、本当に安心したわ。
これなら、ようやく将来のことも話し合えるというもの。今のヒノキは心が満足して落ち着いたけれど、性欲が強いことには変わりない。
その対策として、いくつかの共通ルールを決めたわ。あの子はヒノキをわたくし以上に深く知り尽くしている。このルールさえ抑えておけば、確実にヒノキは他の女は目に入らないということが不思議と確信できた。
…ほんと、敵としては強力だけど、味方になるとこれほど頼もしい存在はいないわね。
セリとの話し合いを終えたわたくしが次にしたことは、みんなへの報告でした。
ファンに「ヒノキと結婚することが決まった」と発表し、同時に母やシベ子などにも報告した。
母に報告すると、案の定マウントを取られたと感じたらしく、かなり悔しがっていた。
その直後、血涙を流しながらヒノキロスを歌う新曲を作ったらしいわ。
シベ子は「トリカはシベだけを愛せばいいの!」と、いつものように喚いていた。
「なら、わたくしを超えてみなさい」と送ると、すぐに「超える!」と返ってきた。
わたくしは恋を除き、わたくしだけが成功すれば良いなんて思わない。周囲を引き上げて、共に成功させるのが真の成功者というもの。大抵わたくしが力を貸せば、多少は力を増す子がほとんどだ。それなのに、あの子と言ったら…
ま、あの子のポテンシャルを信じ、期待して待っておきましょう。
次にしたことは、ウツギやヨヒラへの報告ね。
その時、ウツギは分かりやすく悔しそうに、ヨヒラは「そうですか」と平然としていたわね。
それにしても、あのヨヒラの余裕はなんなのでしょうね?ヨヒラもヒノキのことが好きなはず。それにしては反応がおかしい。まるで自分が正妻だとでもいうような態度だったわ。
それに、これは少し関係のない話だけど、以前はなかった「魂」をあの子に感じるようになった。これは明らかに異常事態。まさか、魂を一から作り出したっていうの?
ほんと、末恐ろしい存在ね。これからヨヒラはどうなっていくことやら…
「ふぅ、ようやく落ち着いてきたわ。さて、ジ・アースへの移動の時間だって、できることは山ほどある。しっかり寝て、明日に備えましょう」
わたくしたちはこれから未知の惑星であるジ・アースへと向かう。
そこで何を見て、何を感じ、何を学ぶかは未知数。でも、何も得るものがないなんてことだけはないでしょう。
それにわたくしは、ジ・アースの人もファンにしてやりたい。全宇宙を照らす太陽のような存在になるには、未知の惑星だろうが関係ない。
ジ・アースでも歌いまくって、歌姫として君臨してやるわ。楽しみにしておきなさい!
ウツギ視点
「……そうね。うん、そろそろ覚悟を決めましょう。なりふり構わず、本気で行くわ」
強く吹き抜けた風が、ウツギのピンクの髪をたなびかせていた。
次回予告:掲示板回




