84.イオさんの告白と一抹の不安
イオさんの恋心が露見してから数日後。
本日は研究室助手である私はその日、騎士団近くの塔の半地下にある古代魔法研究室へと出勤した。
いつものように、半地下への階段を、たたたっと降りようとした所で私は研究室の扉が少し開いてるのに気付く。
おや?
誰かいるのかな?
イオさんは扉を開けっ放しになんかしない。
不審者だったら困るので、私はそーっと階段を降りて、その隙間から中を窺おうとすると、声が聞こえてきた。
「勘違いさせるような、気安い態度を取ってしまったのは私です」
ローズの声だ。
「違います。私の一方的な恋慕なんです。ひと目見た時から恋に落ちたんです。ローズさんに非はありません」
こっちはイオさんの声だ。
おっと、これは………
ローズが研究室を訪れたのか、イオさんが出勤時のローズに声をかけたのかは分からないけど、先日、露見したイオさんの恋について、イオさんが告白したようだ。
「あなたを愛しています」くらいのド直球で告白したんじゃないかしら、イオさんはなぜか、出会った当初から情熱的なセリフに照れはないもの。
そこからローズに「殿下の気持ちは一時的なものでしょう」とか宥められたのだろう。
これは……立ち去った方がいいわよね、そうよね。
盗み聞きなんて、よくないわよね。
とは思うけど、ダメだ、どうしても気になって息を潜めてしまう不埒な私。
頑張って、イオさん。
拳まで握りしめてしまう私。
「私の事は、お嫌いでしょうか?」
「あなたの事を、嫌いになれる人はいないでしょう」
「ずるい言い方ですね…………でも私もずるいですね。ローズさんが、王族の私に何も言えない事は分かっています」
ここでしばらくの間。
「ただ、私の気持ちを、気の迷いだとか、勘違いだとして、目を背けるのだけは止めて欲しいんです。恋に落ちた事はありませんでしたが、これが恋なのだという事くらいは分かります」
イオさんの声は、きりっとしていて、きっと堂々とローズに向き合っているんだろうな、と思う。
きりっとモードのイオさんは、中々カッコいいはずだから、ローズが少しでもときめいてたらいいな。
「ローズさんの気持ちを無視して、身分を調え、婚姻を結ぶつもりはありませんので安心してください。ただ私の想いを知って、私を見て欲しいんです。もちろん、これもあなたが断れない事は承知です。こういう時、王子というのは本当に不自由ですね」
イオさんが、ため息をついたのが分かる。
「あなたが頷くしかないのは、分かっていますが、これからも今まで通り私に接してください。少しは異性として意識してくれると、私は嬉しいです」
ここでまた、しばらくの間。
ローズが返事を迷っているのが分かる。
ローズ、お願い、冷たくしないで。
イオさんの事、温かい気持ちでは見てるのよね。眼差しが優しいもの。
「殿下の為にも、これからは極力関わるのを避けた方がよいでしょう」みたいに、ばっさり切り捨てないで。
私は、ドキドキしながら聞き耳をたてる。
「もちろん、第三王子殿下には、これからも誠心誠意お仕えいたします」
ローズは静かにそう答えた。
そのローズの答えを聞いた所で、私はまた、そーっと扉から身を離して、階段を上がり研究室から離れる。
ほっと胸を撫で下ろす私。
ローズが今すぐに、イオさんに惚れるなんて事はないだろうし、今のところはこれで、首尾としては上々なんじゃないかな。
イオさんは、きちんと気持ちは伝えたし、ローズも避けたりはしないみたいだった。
今はそれで十分だと思う。
私はゆっくり遠回りをして、なに食わぬ顔で「おはようございます」と出勤する。
「おはようございます、アンズさん」
すっきりした顔のイオさんが迎えてくれて、その朝の内に、イオさんは私に昼休みの件を「気まずい思いをさせました」と詫び、「ローズさんにきちんと気持ちは伝えました」と教えてくれた。
よかった、これで盗み聞きしてた事はなかった事でいいわよね。
私は「気持ちを伝えられてよかったですね」とにこやかに仕事にかかる。
私達2人は、晴れ晴れと魔法文字を読み解いて1日を過ごした。
夕方、帰り支度をして研究室を出る。
そこでばったり出会ったのは、騎士団の建物から出てきたジェンキンくんだった。
今日もグレイの所へお箸の特訓で来ていたようだ。夕方まで居るなんて、熱心よね。
「ジェンキンくん、今帰り?」
「あっ、アンズ様…………」
声をかけると、いつも爽やかなジェンキンくんが、とても気まずそうに私から目を逸らす。
「どうした、の……え?」
私は尋ねながら、ジェンキンくんの目が充血して腫れていて、頬には涙が乾いた跡がある事に気付いた。
え? 泣いてたの?
「これはっ、何でもないです」
慌てて、ごしごしと頬をこすり、目元を拭うジェンキンくん。
何でもないレベルじゃないよ?大号泣の後だよね?
何かしら?
グレイと喧嘩でもしたのかな?
いや、でもグレイがジェンキンくんを泣かせたりするかな?
「グレイと何かあった?」
そう聞くと、ジェンキンくんは目に見えて焦りだした。
「何でも、何でもないんですっ、僕はっ…………ごめんなさい、アンズ様」
真っ赤になって悲痛な声で謝ると、「ごめんなさいって何、待って」という私の制止は無視してジェンキンくんは逃げるように行ってしまう。
ええっ、なになに、今のなに?
びっくりしながら、ジェンキンくんを見送る私。
ごめんなさい、ってなぜ?
何もされてないけどな。
かなり悲痛な声だった……え? 何で?
私の貧相な頭では、ジェンキンくんがグレイに迫って唇くらいは奪ったけど拒まれた、みたいなボーイズラブ的な展開くらいしか思い浮かばない。
いやいや、まさかね。
む、想像すると、わりと絵にはなるわね。
ははは、まさかね。
…………………。
私、ジェンキンくんに、夫を奪われたり、しないわよね?
***
「アン、話があるんだ」
その夜遅くに帰ってきたグレイは疲れきっていて、私に真剣な表情で話を切り出した。
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そろそろ、ラストスパートです。
感覚的にはあと5話前後かなと思われます。
ジェンキンくんにグレイを奪われたりはしません。
よろしくお願いします。




