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【書籍化】異世界に聖女として召喚されましたが、私はただのアラサー女です   作者: ユタニ


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65. 君の名は……


何やら気持ちの良い中庭に面した外廊下を進み、廊下の最奥の小部屋に私達は辿り着く。


「こちらです!」

ジェンキンくんが、力一杯振り返った。


「こちらかあ」

もう、どうにでもなれ、と、なげやりに私は繰り返す。


膨れ上がっていくギャラリー達とのここまでの道中で、私は完全に開き直っていた。

考えてみたら、別にこの部屋を開けれなくても私には失う物などないのだ。


()かぬなら ()かないままで ()かずの部屋(字余り)


思わず一句読んでしまうくらいにまで、私は開き直っている。


これだけ人が居たら恥ずかしい思いはしそうだけど、それが何よ、後でスミスくんとヘラルドさんに慰めてもらうもん。

何なら、私の癒し、ローズの所へ駆け込めばいい。

グレイはいないから、今夜はセバスチャンに良いお酒でもせがもう。

赤っ恥かいて、帰るだけよ。痛くも痒くもないわ。

さあ来い、開かずの部屋。


そんな、開き直った気持ちで、私は開かずの部屋を見る。

廊下最奥のその部屋は、堅牢な石の扉が付いていて、扉の前には、大理石で出来た台が置かれていた。


「それが、この部屋の鍵です」

私の視線を追って、ジェンキンくんが大理石の台を指し示す。

「この台が?」

「はい!そちら一式ですね」

「一式……」

私は近寄って、台を観察する。

大理石の台の上には、その表面から彫り出される形で台と同化している大皿が二枚ある。捧げ物を置くための皿なのか、縁には花や草木のモチーフが彫られた優雅なものだ。

そして、その横に古びた木箱が2つ。

小さな正方形の箱と、細長い長方形の箱。


「これは、開けてもいいの?」

「どうぞ!」


ぱかり、と私はまず正方形の箱を開ける。

中には、碁石を小さくしたような、つるっとした黒い石が入っていた。

「石?」

触ってみると、見た目通りつるつるしている。


「そちらは、19粒あります」

19粒ねえ……数に意味があるかしら?

えーと、素数、よね?

でも、だから何?よねえ。


数学は得意ではない。私は数に意味を見出だすのは、早々に諦めて長方形の箱も開く。

こちらには、ふかふかのクッションみたいなものに埋め込まれる形で、細長い白い棒が入っていた。

象牙だろうか?精緻な彫りが施された棒で、片方にいくにつれて細くなっている。


これは、指揮棒?

にしては太いわね。


「そちらは、ユニコーンの角で出来た、杖だと思われます!」

ジェンキンくんが説明してくれる。


ユニコーンの角でしたか。

ユニコーンいるのね、こっちの世界。

そして、杖?


「杖って、これで魔法を使うってこと?」

「はい!200年前は、杖と呪文で魔法を使うのが主流だったんですよ。その方がイメージしやすいし、簡単なんですが、杖がないと魔法が使えない不便さから、今は杖を使う方はほとんどいません」

「なるほど、じゃあ、この杖は使っても、使わなくてもいいのかしら?」

「いえ、その杖も、魔力でこの一式に結び付いている事は確認済みなので、使う必要はあるみたいなんです」

「へえぇ」

相槌がどんどん投げやりになる私。


杖使うって事は、魔法必須じゃん?

じゃあ、私、絶対、無理じゃない?

魔力なし、魔法なし、魔法の知識もなし、なのよ?

せめて、イオさんだったら、知識はあるのになあ……。


途方に暮れる私。

ここで、見守るギャラリー達が、ひそひそと話し出す。

「紫黒の聖女殿は、魔法が使えないんだよな?開けようがなくないか?」「いや、でも、開けれると豪語されてたらしい」「そうなのか?」「ジェンキン副神官様がお手伝いするのだとか」「お得意の叡知の見せ所、という訳か」


えー、叡知なんて、無いわよう。

ますます途方に暮れる私。


大神官はきっと、ニヤニヤしているのだろう。

見ても、ムカつくだけだから、そちらは見ないようにする。

くっそ、私には絶対無理って知ってて、見せ物にして、評判を落とすためだけに連れてきやがったな。


はあ、とため息をついて、とりあえず何か試みるくらいはしないと、諦めるのも格好がつかないので、私はクッションに埋まる杖を手に取ってみた。


「あら?もう1本あるの?」

取り出した杖の下に、全く同じ物が出てきたので、私はジェンキンくんに聞く。


「はい!杖は2本あるんです。もし、僕の他にもお手伝いが必要であれば、すぐに声をかけますよ!」

ジェンキンくんの言葉に、スミスくんが力強く頷く。手伝ってくれるみたいだ。ちょっとほんわりした気分になる。


「うーん、でも、200年前の聖女様はお一人で開けてたのよね」

「そのようです」

「1人で、杖を2本使う事もあったの?」

「いえ、そういった事はなかったかと、失くした時用のスペアを持っていた方はいるようですけど」


ふうむ、なら、1本はスペアなのかしら。


「今までは、浮遊の魔法などで石を浮かべたり、並べたり、一粒ずつ扉に当ててみたり、そういった事はしてみたのですけど、全くダメなんです。その石にもかなり強力な魔法がかかっていて、破壊したり、形を変える事は出来ません」

「ふむふむ」

説明されて、私はそれっぽく石を触ってみる。

ひやりとした滑らかな石達。


ふむふむ、


ふむふむ、


ふむふむ、


…………。


ダメだわ、何も思い付かない。


「扉にも触ってみていい?」

気分を変える為に、そう聞いてみる。

もしかしたら、ひょっとしたら、異世界人なら顔パスで扉が開くとか、ないかなあ?


「どうぞ!」

ジェンキンくんの同意があり、私は台を通りすぎて、重たそうな石の扉をぐっと押してみる。


ここで、ずずっと動いてくれたら万々歳なんだけれど、もちろん、扉はびくともしない。

そうよねえ。


「あのー、この部屋って、黎明の聖女様は見られたりしたの?」

リサちゃん、何か、ヒントを!

という一縷の望みをかけて聞いてみる。


「リサ様は、瘴気を払うのでお忙しかったので、このような事を気に止めるお時間はなかったのです」

大神官から嫌味な答えが返ってきた。

聞くんじゃなかった。


とぼとぼと、台に戻って、再び鍵一式を見る私。


二枚のお皿に、豆みたいなつるつるの黒い石達19粒、そして、杖2本。


並べてみるか。


重々しく、それらを並べてみる。

杖2本を手前に並べて、正方形の箱ごと石をその横に置く。



「…………………」


ん?



………………あら?


杖2本を皿の手前に並べた事で、私の中に何かの既視感が湧く。



「…………………」




私は間隔を開けて置いていた杖2本を、ぴったりと揃えてみた。





皿の手前に、揃えられた杖2本。

そうです、それは、

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― 新着の感想 ―
[一言] 練習で乾燥した大豆をそれで掴んで隣のお皿に移動させたりしますよねぇ。
[一言] こ、これは器用さが求められるあれ…!?
[一言] 次が早く読みたい〜気になります!
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