65. 君の名は……
何やら気持ちの良い中庭に面した外廊下を進み、廊下の最奥の小部屋に私達は辿り着く。
「こちらです!」
ジェンキンくんが、力一杯振り返った。
「こちらかあ」
もう、どうにでもなれ、と、なげやりに私は繰り返す。
膨れ上がっていくギャラリー達とのここまでの道中で、私は完全に開き直っていた。
考えてみたら、別にこの部屋を開けれなくても私には失う物などないのだ。
開かぬなら 開かないままで 開かずの部屋(字余り)
思わず一句読んでしまうくらいにまで、私は開き直っている。
これだけ人が居たら恥ずかしい思いはしそうだけど、それが何よ、後でスミスくんとヘラルドさんに慰めてもらうもん。
何なら、私の癒し、ローズの所へ駆け込めばいい。
グレイはいないから、今夜はセバスチャンに良いお酒でもせがもう。
赤っ恥かいて、帰るだけよ。痛くも痒くもないわ。
さあ来い、開かずの部屋。
そんな、開き直った気持ちで、私は開かずの部屋を見る。
廊下最奥のその部屋は、堅牢な石の扉が付いていて、扉の前には、大理石で出来た台が置かれていた。
「それが、この部屋の鍵です」
私の視線を追って、ジェンキンくんが大理石の台を指し示す。
「この台が?」
「はい!そちら一式ですね」
「一式……」
私は近寄って、台を観察する。
大理石の台の上には、その表面から彫り出される形で台と同化している大皿が二枚ある。捧げ物を置くための皿なのか、縁には花や草木のモチーフが彫られた優雅なものだ。
そして、その横に古びた木箱が2つ。
小さな正方形の箱と、細長い長方形の箱。
「これは、開けてもいいの?」
「どうぞ!」
ぱかり、と私はまず正方形の箱を開ける。
中には、碁石を小さくしたような、つるっとした黒い石が入っていた。
「石?」
触ってみると、見た目通りつるつるしている。
「そちらは、19粒あります」
19粒ねえ……数に意味があるかしら?
えーと、素数、よね?
でも、だから何?よねえ。
数学は得意ではない。私は数に意味を見出だすのは、早々に諦めて長方形の箱も開く。
こちらには、ふかふかのクッションみたいなものに埋め込まれる形で、細長い白い棒が入っていた。
象牙だろうか?精緻な彫りが施された棒で、片方にいくにつれて細くなっている。
これは、指揮棒?
にしては太いわね。
「そちらは、ユニコーンの角で出来た、杖だと思われます!」
ジェンキンくんが説明してくれる。
ユニコーンの角でしたか。
ユニコーンいるのね、こっちの世界。
そして、杖?
「杖って、これで魔法を使うってこと?」
「はい!200年前は、杖と呪文で魔法を使うのが主流だったんですよ。その方がイメージしやすいし、簡単なんですが、杖がないと魔法が使えない不便さから、今は杖を使う方はほとんどいません」
「なるほど、じゃあ、この杖は使っても、使わなくてもいいのかしら?」
「いえ、その杖も、魔力でこの一式に結び付いている事は確認済みなので、使う必要はあるみたいなんです」
「へえぇ」
相槌がどんどん投げやりになる私。
杖使うって事は、魔法必須じゃん?
じゃあ、私、絶対、無理じゃない?
魔力なし、魔法なし、魔法の知識もなし、なのよ?
せめて、イオさんだったら、知識はあるのになあ……。
途方に暮れる私。
ここで、見守るギャラリー達が、ひそひそと話し出す。
「紫黒の聖女殿は、魔法が使えないんだよな?開けようがなくないか?」「いや、でも、開けれると豪語されてたらしい」「そうなのか?」「ジェンキン副神官様がお手伝いするのだとか」「お得意の叡知の見せ所、という訳か」
えー、叡知なんて、無いわよう。
ますます途方に暮れる私。
大神官はきっと、ニヤニヤしているのだろう。
見ても、ムカつくだけだから、そちらは見ないようにする。
くっそ、私には絶対無理って知ってて、見せ物にして、評判を落とすためだけに連れてきやがったな。
はあ、とため息をついて、とりあえず何か試みるくらいはしないと、諦めるのも格好がつかないので、私はクッションに埋まる杖を手に取ってみた。
「あら?もう1本あるの?」
取り出した杖の下に、全く同じ物が出てきたので、私はジェンキンくんに聞く。
「はい!杖は2本あるんです。もし、僕の他にもお手伝いが必要であれば、すぐに声をかけますよ!」
ジェンキンくんの言葉に、スミスくんが力強く頷く。手伝ってくれるみたいだ。ちょっとほんわりした気分になる。
「うーん、でも、200年前の聖女様はお一人で開けてたのよね」
「そのようです」
「1人で、杖を2本使う事もあったの?」
「いえ、そういった事はなかったかと、失くした時用のスペアを持っていた方はいるようですけど」
ふうむ、なら、1本はスペアなのかしら。
「今までは、浮遊の魔法などで石を浮かべたり、並べたり、一粒ずつ扉に当ててみたり、そういった事はしてみたのですけど、全くダメなんです。その石にもかなり強力な魔法がかかっていて、破壊したり、形を変える事は出来ません」
「ふむふむ」
説明されて、私はそれっぽく石を触ってみる。
ひやりとした滑らかな石達。
ふむふむ、
ふむふむ、
ふむふむ、
…………。
ダメだわ、何も思い付かない。
「扉にも触ってみていい?」
気分を変える為に、そう聞いてみる。
もしかしたら、ひょっとしたら、異世界人なら顔パスで扉が開くとか、ないかなあ?
「どうぞ!」
ジェンキンくんの同意があり、私は台を通りすぎて、重たそうな石の扉をぐっと押してみる。
ここで、ずずっと動いてくれたら万々歳なんだけれど、もちろん、扉はびくともしない。
そうよねえ。
「あのー、この部屋って、黎明の聖女様は見られたりしたの?」
リサちゃん、何か、ヒントを!
という一縷の望みをかけて聞いてみる。
「リサ様は、瘴気を払うのでお忙しかったので、このような事を気に止めるお時間はなかったのです」
大神官から嫌味な答えが返ってきた。
聞くんじゃなかった。
とぼとぼと、台に戻って、再び鍵一式を見る私。
二枚のお皿に、豆みたいなつるつるの黒い石達19粒、そして、杖2本。
並べてみるか。
重々しく、それらを並べてみる。
杖2本を手前に並べて、正方形の箱ごと石をその横に置く。
「…………………」
ん?
………………あら?
杖2本を皿の手前に並べた事で、私の中に何かの既視感が湧く。
「…………………」
私は間隔を開けて置いていた杖2本を、ぴったりと揃えてみた。
皿の手前に、揃えられた杖2本。
そうです、それは、




