33.目を開けて、そこに居たのは
ピアノを弾き終わり、ゆっくりと目を開けて、そこに立っていた人物に私は驚いた。
カサンディオ団長?
え?なぜ?本物?
ぱちぱちと目を瞬く。
「拐われた本人が、何してるんだ」
カサンディオ団長が、ため息とともにそのように仰る。知ってる低い声、カサンディオ団長の声だ。
「拐われた訳では、」
「ナリード伯爵が、娘の為にあんたを拐ったと言ったぞ」
おっと、伯爵、騎士団長に自白してどうする。
私の、「罪はこれからの生き様で償ってくださいね」的なカッコいいやつが台無しではないか。
むむむ、となっていると、カサンディオ団長はもうひとつ、ため息をつき、そっと手袋のまま、私の右目の目尻の涙を拭った。
「さっきの曲、聞いた事のない美しい旋律で、胸を打つ演奏だった、故郷の曲か?」
聞きながら、右頬の涙のあとを柔らかく擦る。
「はい」
「そうか」
右頬が擦られた後、左目の涙も拭われて、とても大切な物のように左頬が優しく包まれると、親指で頬をなぞられた。
その触れ方はとても甘い。
「カサンディオ団長?」
「心配した」
そう言ったカサンディオ団長の声は掠れていて、かなり心配してくれていた事が分かり、胸がズキンとする。
「なんか、すみません。でもどうしてここに?遠征からのお帰りも、もう少し先だったのでは」
「帰路が順調で日程が早まったんだ。先ほど城に着いたら、あんたが拐われているかもしれない、という報せが来ていて、アンダーソンとこちらに向かった」
答えながらカサンディオ団長の手は、私の顔を包んだままで、親指は優しく頬を撫でている。
あの、これちょっと、ドキドキしてきてしまうのですが、、、、
でも、振り払うのは勿体ないような。
するり、するり、とカサンディオ団長の親指がゆっくりと私の頬をなぞる。
1回、、、、2回、、、、3回、
うっわ、ダメダメ。
ものすごく、ばくばくしてきた。
息も苦しいよ。しかも、何でだろう、気持ちが昂ってまた泣きそうだ。
私は、無理矢理、頭を切り替えた。
「あれ?ところで、ロイ君は?」
そう、ロイ君はどうした?
私の気付きに、2人で部屋を見回すと、部屋の入口に空気になったロイ君がそっと立っていた。
「アンダーソン、何をしている?」
「あ、、、、、お邪魔かな、と」
「何のだ」
するり、とカサンディオ団長の手が離れた。
***
「罪に問わないなんて、本気か?」
ナリード家の馬車で送ってもらいながら一部始終を話し、伯爵を騎士団に突き出すつもりはない、と言った私をカサンディオ団長が睨む。
私とロイ君が並んで座り、向かいにカサンディオ団長が居るので、何だか尋問されているみたいだ。
その、ワイルドイケメン系の顔で睨まれると、まあまあ怖いんですけどね。
「どちらかというと、手厚くもてなしてもらいましたし」
「本当に何もされてないんだな」
「帰してもらえなかった事以外は、良くしていただきました。伯爵は丁寧で紳士的でしたよ」
私の言葉に、カサンディオ団長の眉がぴくん、と跳ねる。
「紳士的な男なら、あんたをすぐに家へ帰した!そもそも、無理矢理屋敷には連れこまん」
ひゃあ、怒った。
私が思わずロイ君の方へと身を寄せると、カサンディオ団長は険しい顔のまま黙る。
「ナリード伯爵は、バイオレット嬢の身を案ずるあまり、少し変になってたんですよ、もちろん、すこーし怖い思いはしましたけど、お食事は美味しかったし、侍女の方達は親切でお風呂も広かったです。服も貸していただいたんですよ、これも借りてる服です」
服のくだりで、カサンディオ団長のイライラ度が、ぐんっと上がる。
「服だと?」
ひえっ、ものすごく低いお声ですね。
「ええ、、、あの、でも、ほら、囚人服とかじゃなくて、生地も良いもので、たぶん、わざわざ用意してくれたいいやつデスヨ」
カサンディオ団長の目付きが怖くて、最後は片言になってしまった。
「他の男が用意した服なんか着るな、仲を誤解される」
「でも、私、着の身着のままだったし、仲を誤解って、伯爵には大きな娘さんも居てですね」
そこで、もはや殺気みたいなものを帯びた目で見られて私は口をつぐんだ。
「ロイ君、たすけて」
「アンズさん、僕も伯爵を罪に問わないのは、納得いきません」
「そんなあ」
「でも、そんなアンズさんだから、今のアンダーソン家はあります。罪に問わない事は反対はしませんけど、そんな風にナリード伯爵を庇われると僕だってムカムカします」
ロイ君が、ロイ君にしては珍しく少し怒った声だ。
「、、、ごめん。伯爵がした事は悪い事だっていうのは分かってる」
「なら、いいんですけどね」
「カサンディオ団長も、ごめんなさい。帰還後、そのまま駆け付けてくれたんですよね?忙しいのにすみません。でも、結果論ですが、丸く収まりましたし、伯爵を罪に問うつもりはありません」
「あんたの証言がなければ、どうせ騎士団も何も出来ない。受け入れるしかないな」
「ありがとうございます」
「なぜ、あんたが礼を言うんだ。、、、、はあ、本当に無防備すぎる。とにかく、無事で良かった」
カサンディオ団長は呆れた声でそう言った。
馬車がアンダーソン家に着き、カサンディオ団長は、ロイ君にはこのまま家に帰るように言い、自分は帰還後の処理があるからと、さっさと城へと戻って行く。
「今度、何かお礼をさせてください」と言うと、「いらん」と言われてしまった。
でも、何かお礼しよ。
お酒とか飲むかな?いいお酒とかかしらね。
「ロイ君も、やっと帰ってきて疲れてるのにごめんね」
「いえ、何をした訳でもないですしね。解決したのは全部アンズさんです。あなたはやっぱり、とても素晴らしい人ですね」
うおっ、、、久しぶりのロイ君の攻撃!
「解決したのは、たまたまだけどね」
ロイ君の攻撃をさらりと流して、1週間ぶりの我が家へと帰る。
家では、私を心配していたフローラちゃんとサイファにもみくちゃにされた。




