25.魔法文字の翻訳とイオさんの正体
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「魔法文字まで読めたんですねえ、、、」
所変わって図書室の最奥、室長室です。
あの後、イオさんに引き摺られるようにして図書室へ戻り、イオさんがへラルドさんに、私を古代魔法及び歴史研究室へ譲ってくれ、と懇願し出して、図書室はちょっとした混乱に陥った。
私が欲しい、ってそういう意味だったか。
へラルドさんが、落ち着いて話しましょう、とイオさんを宥め、私とへラルドさんとイオさんは、室長室でお茶をいただいている。
「アンズさんには魔力がないのに、不思議ですねえ」
「本当ですねえ」
「へラルド室長!とにかく、先ほども言いましたが、アンズさんの配置換えをお願いしたい」
「急ですねえ、、、、アンズさんは、どうしたいです?」
「私ですか?」
「ええ」
私は、突然話を振られて驚く。
でも、意見を聞いて貰えそうで嬉しい。
「アンズさんっ、私は古代の生活を解明したいんです。魔法文字を読める人なんて、あなた以外いません、お願いです」
「イオさん、まずは、アンズさんの希望を聞いてあげてください」
縋ってくるイオさんをへラルドさんが窘める。
「私は、せっかく慣れた図書室から異動させられるのは嫌です」
「そんなっ」
図書室に響くイオさんの悲痛な叫び。
「でも、私しか読めないならお手伝いしたいな、とは思います。、、、、、そして、そう思いますけど、魔法文字を読むのはかなり疲れそうなので、長時間は嫌です」
魔法文字は、まるで新聞を切り取って作った犯行声明文みたいなのだ、あれをずーっと読むのは嫌だ。
「なら、週2、いや!週1でもいい!私では3年かけて、まだ1冊も翻訳出来てないんです!読んで、分析、考察して、古代の生活を知りたいのに、そもそも読むのにとても時間がかかってしまうんです!私には、あなたが必要なんだ」
イオさんが必死だ。
“あなたが必要”
聖女のオマケだった私には、そういう言葉はちょっと胸に来てしまうぞ。
「イオさんは、どうして、そんなに古代の生活を知りたいんですか?何かすごい魔法でも見つかるんですか?」
手伝ってもいいかな、という気持ちはどんどん大きくなりつつあるが、国家転覆の陰謀とかに巻き込まれたら嫌なので、確認しておく。
イオさんの見た目は、ばっちり怪しいと思うし。
「どうしてって、素敵でしょう?古代の人々は皆、おしなべて、大きな魔力を持っていて魔法はもっと身近だった筈なんです。彼らはおおらかに暮らしていた。その暮らしぶりを知るなんて、浪漫じゃないですか」
さっきまでの必死さが消えて、うっとりするイオさん。
「へえぇ」
うん、へえぇ、しかないね。
でも、何だか楽しそうではある。国家転覆はなさそうだ。どうやら私の能力も役立つようだし、ここは手伝ってもいいかな。
「図書室にご迷惑がかからないなら、お手伝いに行ってもいいですか?」
私がそうへラルドさんに聞き、イオさんの顔が輝く。
「来てくれるんですね!?」
「へラルドさんの、オッケーが出たらです。あと、あの研究室、虫が出そうで怖いので片付けておいてください」
私の言葉に、イオさんは「分かりました!」と力強い返事をくれた。
***
私は、図書室司書のお仕事がない日は、古代魔法及び歴史研究室、で魔法文字の翻訳をする事となった。もちろん、お給金も弾んでくれる、との事。
そして、迎えた、古代魔法及び歴史研究室(ところで、いちいち長いな)への出勤初日。
たたたたっと、半地下の古代魔法及び歴史研究室(長いよ)へ降りて、扉を開ける。
「お早うござい、、、、ま、、す」
扉を開けて、私は驚いた。
部屋が大分、きれいになっている。
まだ少しごちゃごちゃしているけれど、かなりすっきりした。
床に散乱していた、紙類や本がどけられ、あちこちにあった飲みかけのコップも片付けられている。
「うわあ、本当に片付けてくれたんですね」
部屋を見回して喜ぶ私と、そんな私に、微笑みながら近付いてくる、、、
「頑張って片付けました、今日からよろしくお願いします」
サラサラ金髪の美しい男性。
うわ、
誰ですか?
「、、、イオさん?」
「はい、そうです」
微笑む美しいイオさんは、今日はぱりっとアイロン(こっちにアイロンあるかは微妙だけれど)のかかった清潔なシャツも着ている。
ぼさぼさで、くすんでいた金髪は、艶やかにサラサラと輝き、肩のあたりでゆるーく纏められて、しどけなく背中へと流れる。
そして、まるで王子のような、美しい顔面。
「おっと、これは、、、あるある、ですね」
よくあるパターンですよね。
眼鏡を取ったら美人だった、とか、前髪を切ったらハンサムだった、とかね。
「あるある?」
「いえ、今日はイオさんも、さっぱりしてますね」
「はい、母に、女性と一緒に働くなら身綺麗にしなさい、と言われました」
「しかも、思ってたよりお若いんですね」
「22才になります」
「そうでしたかあ」
「年下の上司は、気を使いますか?」
「あ、いえ、大丈夫です。そこは、大丈夫です」
そこで、私は、はっとして、イオさんの顔をまじまじと見る。
完璧な美しさ、、、、、この顔、どこかで、見たような。
金髪碧眼の、、、、、、
「!」
私の頭の中で、王家の家系図が広げられる。
イオ、、、イオって、、、
「、、、、、、まさか、イオンカルド第三王子殿下ですか?」
「ご明察です」
オーマイガッッ
私は、びたん、と片手を額に当てた。
知ってるー、知ってたー、ちょっと変わってるらしい第三王子だ。ゴシップ欄にも載ってたもん。社交界には一切顔を出さない謎王子。王位継承権にも一切興味ない変な王子。
王子、、、、選りによって本物の王子、、、、。
なぜだ、なぜ王子がこんな半地下に?
いやいや、待てよ、王子だからか。
だって、古代魔法及び歴史研究室、なんてよく分からない研究室を、所属1人で存続させてもらえてるって、王子だからだよね。
「人付き合いは苦手で、こちらにずっと籠りっぱなしなんです。王子とは名ばかりなので、気にしないで頂きたいです。実際、気付いてない人もけっこういますし」
「ええぇ」
「王子だからやっぱり断るとか、なしですよ。ダメですからね」
「ええぇ」
「ここでは、古代魔法及び歴史研究室のイオなので」
「ええぇ、でもその顔、完全に王子ですよ」
「気になるなら、髪の毛で隠します」
「それはそれで、中身を想像しちゃうので、止めてください」
「中身、、、、ふふ、分かりました、止めます」
うわあ、笑うとバックに花が舞いますね!
くうっ、眩しいな。
「アンズさん?」
眩しさに両手で顔を覆っていると、怪訝な声で名前を呼ばれた。
「大丈夫です。その内、慣れるでしょう」
ロイ君の眩しさには、3日くらいで慣れたから、きっとこちらも、それくらいで慣れる筈だ。
この日、私は黙々と犯行声明文を翻訳した。




