19.名前を呼ぶ危険性について
団長視点です。短めです。
その聖女召喚の儀式の時、俺は最前列で、抜き身の剣を構えて立っていた。
半年前に行われた前回の召喚では、キマイラが喚び出されてしまい、警護にあたっていた第八騎士団が多数の負傷者を出していた事もあって、現場は緊張感が漂っている。
召喚の儀式が終わり、床に描かれた魔法陣が眩しく光る。
ぱあっと、今まで立ち会った中で一番まばゆい光が部屋を照らす。
光が収まり、俺の目の前にへたり込んでいたのは、黒髪に黒目の華奢な少女だった。
艶やかな黒髪に白い肌、涼しげなその瞳は真っ黒だ。夜の闇のようだが、その輝きに冷たさはなく、心地よい深淵を想像させる。
その目は驚きに見開かれていて、瞳には俺もしっかり映っていた。
少女は上半身は体に沿うような服を着ていた。
肩は薄く、全体的に華奢だが、その体つきは、たおやかでしっかりと丸みもあり、これは少女ではなく、成熟した女性だと俺は気付く。
ぴったりとした上衣とは違い、下半身はだぼだぼの作業着のようなズボンを履いていたが、それが逆に細い腰や、すらりとした足を想像させて、思わずその腰をかき抱きたい衝動に駆られた。
儚げで、たおやかな、この百合のような女を手折ってしまいたかった。
「よく来てくれた、聖女よ!」
第二王子のその声ではっと我に返る。
そうだ、何を考えているんだ俺は、この人は聖女だ。
聖女に邪な想いを抱くなんて、我ながら呆れてしまう。この国の都合で喚び出し、それに応じてくれた高貴な女性だと自分に言い聞かせる。
俺は頭を振って、剣を納めた。
もう一度、何やら後方を気にしている黒髪の聖女を見る。
美しいな、と思った。
王子が前に進み出て、聖女の元へと向かう。
そして、
王子は黒髪の聖女を素通りした。
、、、、、、、は?
俺が唖然とする中、王子は真っ直ぐに、黒髪の聖女の後方へと向かう。
そこには、もう一人の聖女が居た。
そして、俺は第二王子の命で、もう一人の聖女の当面の間の護衛となった。
黒髪の聖女は、文官達に連れられて城に行き保護されたようだ。
特に王子からの命はなかったが、俺は第一騎士団より、黒髪の聖女の護衛に1名置く事にする。召喚の儀式に立ち会ったのは、俺の団なのだから、当然、責任を負うべきだと思った。
数日後、護衛の騎士から報告書が上がってきて目を通す。
黒髪の聖女の名前は、アンズ。28才で未婚。
もう一人の聖女、リサ殿に確認されたような、浄化魔法の素質はなく、それどころか、魔力は一切なく、 魔法も使えないようだ。
受け答えはしっかりしていて、通常の知能はあるが、こちらの世界の事はリサ殿と同様に全く知らない様子だという。
最近は、情緒が不安定で部屋に閉じ込もっているらしい。
リサ殿もかなり不安は強いようだから、無理もない。
侍女が数人付いている、との事なので何らかのケアは受けていると思うが、あの儚げで繊細な様子を思うと少し心配にはなった。
俺が心配した所で、どうにもならないが。
「アンズ、というのか、、、」
ぽつり、と思わず彼女の名前を口にした。
そして俺はその破壊力に驚く。
体がかあっと熱くなり、何とも言えない多幸感に包まれた。
心臓の拍動も速くなる。
これは、、、、いかんな。
俺は両手で顔を覆って、深呼吸したが、深呼吸しながらも、何度もその名前を心の中で噛みしめてしまう。
まずい、まずいぞ。
これではまるで、恋だ。
いやいや、俺は何をしているんだ、相手は聖女だぞ。国は彼女を聖女の従者として公表したが、それでも異世界から来た高貴な女性だ。
恋?
してる場合か。
「団長?どうしました?」
隣で、他の書類を見ていた副官が怪訝な顔で俺を見てくる。
「何でもない」
俺は両手を元に戻す。
そして、固く誓う。二度と彼女の名前は呼ばない方がいいと。
数ヶ月後、実際にアンズさんと会って、儚く繊細なイメージは粉々に打ち砕かれるけど、何だかほっとけなくなる団長です。
人妻なので、やっぱり名前を呼ぶのは危険です。




