海賊が攫った姫の宝 4
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午後のティータイムをすごしたのち、アリエルが三文目を考えるのは明日にしようと言い出したため、ジェラルドは一人書斎に戻った。
ローテーブルの上には、邸の今の見取り図と古い見取り図が置かれている。暗号文はアリエルが持ったままだが、何度も読み返したせいですべて記憶に残っていた。
「思い出の場所、か」
アリエルの口から出た想像だにしていなかった言葉が、胸の奥に鋭く、それでいて甘いナイフのように突き刺さっている。
「兄上……」
シルヴァンとの関係がこじれたのに、ジェラルドは何度もその関係を修復したいと、そのタイミングを見計らっていた。
子供の頃につい反発し、兄にひどいことを言ってしまったが、大人になるにつれて両親の心も、兄の心も慮ることができるようになった。
生まれてすぐに実の母親から引き離された兄は、育ての母と血が繋がっていないと知った時どんな気持ちだっただろう。
母とは血がつながっていないのに大切にされる兄を見て、幼かったジェラルドはまるで自分の居場所をシルヴァンが奪ったように感じてしまった。
そんなはずないのに。子供の想像力というのは、ときに理解不能な方向へ向かうものだ。
父は母を裏切ったのだ。そしてその子を母に育てさせた。
父のことが信じられず、兄はその裏切りの証拠そのもので、幼くまだ純粋だったジェラルドには、それがどうしても耐え難かったのだ。
しかし、跡取りではなくとも伯爵家のことをそれなりに学び、貴族とは何かを知り、そして父と母の苦悩を知った。
それにつれて、兄は完全なる被害者であり、そんな彼にひどい罵声を浴びせかけた自分はなんて愚かだったのだろうかと理解できるようになった。
けれど、一度こじれた関係をどう修復していいのかわからず、また自分のプライドも邪魔をして、なかなか一歩を踏み出せなかった。
兄と話をしよう。そう心に誓った矢先に母が倒れ、その数年後に父が逝き、兄が家督を継いでからはさらにどうしていいのかわらなくなってしまった。
このタイミングで兄との関係改善を望めば、まるでそこに下心があるように取られないだろうか。
ジェラルドは個人的にも会社を立ち上げていたが、我が家には余っている爵位はないため、ジェラルドは厳密に言えば貴族出身だが貴族ではない。貴族の次男坊だ。
金には困っていなかったが、兄との関係改善を望めば、まるで兄の持つ爵位を狙っているように取られないだろうか。
そんな考えが頭の中をちらつき、シルヴァンが跡を継いだのち、ジェラルドは逃げるようにこの屋敷を離れた。
もともと仕事のための別宅を郊外に構えており、そちらで生活していたのだ。
けれど、シルヴァンが伯爵家を継いで一年ほど経った頃、ジェラルドに連絡が入った。
シルヴァンが、病気になったという。
心臓の病気で、医者からは治らないと言われたらしい。
戻って来いと手紙が届いた。
けれど、ジェラルドは兄の顔を見るのが怖くてなかなか戻れなかった。
王都のル・フォール伯爵家に帰ったのは、兄が死ぬ一週間前だった。
いよいよ体調が悪化したと聞き慌てて帰ったとき、兄はやせ細った姿で、青白い顔をして、ベッドに横になっていた。
ジェラルドを見て小さく笑い、そして咳き込んだ。
もう声はほとんどでなくなっていたらしい。
ジェラルドは何も言えず、シルヴァンが死ぬまでの一週間を彼の元ですごした。
その時、兄は何を考えていたのだろう。何を思っていたのだろう。
側にはいたものの、結局会話なんてなくて、兄も一日の大半を眠っていた。
兄が息を引き取ったあの日、ジェラルドの心は、まるで大きな穴が開いてしまったかのように空虚だった。
葬儀を終え、伯爵家の跡を継ぐための手続きをし、ようやくひと段落着いたところで兄の手紙を発見した。
手紙は、書斎の金庫の上に置いてあった。
手紙を読み、暗号を見た瞬間、ジェラルドは悟った。
ああ、兄は、ジェラルドをこれっぽっちも許していなかったのだと。
だからこんな意地悪をするのだ。これは最期の意趣返しなのだとそう感じた。
その一方で、死の床にあった兄が残したこの暗号を解いた先にはどんな結末があるのだろうかと、ジェラルドはとても気になった。
もしかしたら、兄は何かメッセージを残しているかもしれない。
それがどんなものであれ、もう二度と会うことができない兄からのメッセージなら読んでみたいと思った。
けれど、どれだけ考えても暗号は解けなかった。
もともとジェラルドはクイズの類は苦手なのだ。
目の前に出された数学の問題を解くのは得意だが、想像力を働かせなければ解けない問題はてんでダメなタイプで、父からは「頭が固い」と何度言われたかわからない。
もういっそのこと諦めて、金庫を破壊しようかとも思ったけれど、どうしても踏み切れなかった。
そんな折、親戚から「結婚相手を探せ」と連絡が入った。
跡を継いだからには結婚し子をなすことは義務である。
悠長に構えていて、シルヴァンのようにジェラルドが早世すれば、ル・フォール家は跡取り問題でもめることになるだろう。
今まで起こした会社を大きくすることだけに注力し、結婚を考えてことは一度もなかったジェラルドは、結婚相手として思いつく女性がいなかった。
かといって、伯爵家を継いだばかりで忙しい今、パーティーを練り歩いて相手を探すのも気が進まなかった。
ならばいっそ潔くお見合いで相手を決めようと思い至った時、どうせならその相手に暗号文を解かせたらどうだろうと思いついた。
結婚相手は、ジェラルドと共に家を支えてくれる聡明な女性がいい。
ジェラルドが解けない暗号が解けるような女性ならば、パートナーとして最高ではないか。
暗号の答えが知りたかったジェラルドはそんな打算的な考えからお見合いパーティーを開き、そして集まった女性たちをふるいにかけた。
最初は簡単な計算問題。
はっきりいって、あの程度の問題が解けないような頭の空っぽな女性は願い下げだったからだ。
計算問題に合格した人間にメイドをつけて、その時にいくつかの揺さぶりをかけさせた。
メイドに対してどの程度傲慢な態度に出るのかも調べた。
その後パーティー会場に集めて、その時の反応も探った。
青い薔薇の質問は、ほとんどオマケだった。
あのトリックに気づくのならばよし、気づかなくても、集まった人間の中でアリエルだけを残すことは事前に決めていた。
逆に言えば、アリエル以外の女性は、どうしても気が進まなかった。
メイドや使用人に傲慢な態度を取ったり、パーティーに着飾るための宝石を用意しろと言ってみたり。
人を見下すような人間は、どうにも好かない。
会社を立ち上げたジェラルドが雇っているのは、ほとんどが平民だ。そのせいかジェラルドは、自分自身はたいしたことがないくせに、身分を笠に着て人を蔑む人間が大嫌いだったのだ。
その点、アリエルは面白い女性だと思った。
メアリへの態度もそう。堂々と金銭目的でお見合いに参加したとメアリに言ったと聞いたときも愉快だと思った。
金銭目的と言いながら、メアリが宝石を用意すると言ってもいらないと言うし、援助目的かと思えばロカンクール伯爵家を立て直すのに知恵を貸してほしいと言う。
それを聞いたとき、目先のことに囚われず、根本を解決しようと考える人間なのだとわかって、こういう女性が妻になればお互い支え合って生きていけるだろうと感じた。
貴族の結婚は政略結婚が主だが、可能なら好感が持てる女性がいい。
そうして選んだアリエルは、ジェラルドが想像していた以上の働き――いや、想像していた以上に、魅力的な女性だった。
だからだろう、彼女の言葉は胸に響く。
「もし、本当に暗号に書かれているのが子供の頃の思い出の場所なら……、兄上も少しは俺との関係を悔やんでくれていたんだろうか」
期待はしない方がいい。
もし違えば傷つくから。
けれど、アリエルの言葉が期待させてしまう。
まるで彼女は、ここにいないシルヴァンの気持ちを理解しているかのような、そんな気がしてならないのだ。
もしまだシルヴァンが生きていて、ここにアリエルがいたのなら、彼女はあっさり自分と兄との関係を取り持ったのではないかとすら思う。
「そう言えば、アリエルは、確か異国の言葉で『神の獅子』という意味があったな」
なるほど、獅子、か。
強く、気高く、威風堂々としたその姿は、まさに彼女に似合っているような気がして――
「……君が、お見合いパーティーに参加してくれて、よかった」
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