38。叶果
ふわふわしてる。
あったかい。
まわりの温かい空気と自分が溶け合うような、そんな感覚がする。
あーもう。目も開けずにこのまま、まどろんでいたい。
ーーーきっとあれは悪い夢だ。
それならば、目も開けずにふわふわしたこの空間に身を委ねていよう。
『……か。ー…、ょ、……』
なんだろう?誰のことを呼んでるのかな?
ーあれ?わたしって、名前なんだった?
まぁ、いっかーーー。
『きょ、…か!……きょうか!叶果!』
だんだんクリアに聞こえるようになり、"きょうか"そう呼ばれていたのだとやっと理解した。
きょうか?
だれのことだろう。それよりも、なんだかとても嫌なことがあったような…
いやな記憶なら、思い出さなくて、も…
『きょう、か。……叶果。』
あぁ。私のなまえがそんなようなだった、かな?
……私の名前!!
そこでハッとして重たい重たい瞼を開く。
名前を呼んでいた人物が目の前に現れた。
「叶果??……叶果!!」
「お、おかあ、さん?どうして、ここに?」
お母さんと呼ばれた女性が目を閉じるようににこりと笑った。
「私はあなたを待ってたの。ずっとここで。
辛かったでしょう?苦しかったでしょう?
私のいないところで、あなたが傷つきもがき苦しんでいるっていうのに。
ここから見ていることしかできなかった。そんな母を許して。」
今度は悲しそうな笑みで、そう言って頭を撫でた。
でもなんだかふわふわとした感覚で、不思議な感じだった。
「お母さん。待っててくれてありがとう。
ーーということは、使命を果たしたってことかな?」
「使命よりあなたが生きていてくれる方が何よりも喜ばしいのに。…でも私、大きくなったあなたと顔を合わせて話ができる。これほど幸せなことってない。そう思ってる、………なんて思ってしまうの。早く話がしたかったの。
ひどい母親だなって、自分でも思う。あなたに早く会いたかったなんて、早く死んでこちらにこいって言っているのと同じなのに、ね。」
「…………つらかった。しんどいって何度も思った。逃げたかった。でもできなかった。」
叶果は、あの悪夢は夢ではなく現実で起きたこと。
ふたりを置いてきてしまったこと。
一気に思い出させた。
静かに涙が頬を伝う。
「………ひとりにしてごめんね。」
「私、ひとりじゃなかった。仲間ができた。家族のようなそんな2人だった。引き合わせたあの人には、恨んでも恨みきれないほどの想いがある。
…………でも、あの2人は大好きだった。
私をどんな時でもひとりにしないでいてくれた。あの二人が大好き。
「そ、そっか。あの2人は、あなたの家族のようなそんな存在だったの。ありがとうって言いたいね。」
「大丈夫。伝わってると思うから。
それに、ここで待つって言うなら、また私を1人にするの?って言うだけだけどね!……おかあさん。」
頭を撫でていたその手は、叶果の手をぎゅっと握る。
もう離れないのでは、と思うほど強く握られる。
「うん、じゃあ……いこうか。
今度はこの手を離さないからね、叶果。ずっとずっと。今度は私があなたをひとりにしない。絶対に。」
「もう、私子供じゃないよ?それに、おかあさんよりもずっと強いんだから。守ってあげるよ、おかあさん?」
「ふふふふ。愛してるわ。」
もしもひとつだけ、願うとしたら。
もう一度二人に会いたい。
ふたりに贈りたい。”私、生まれてきてよかった。そう思えたのは、ふたりのお陰。”と。
(ありがとう。そして、ごめんね。あとのことは、任せたよ。)




