第72話 叫ぶ雷
「ロレッタァ――――!」
紫電を纏う拳を叩きつける。しかしあたしの雷は、闇の剣によって阻まれた。
「この雷……前よりも更に強力になってるね。ああ、それが君だよ。ルーチェ。君はいつだって、己の道を突き進み、誰にも届かぬ高みへと登る。まったくもって喜ばしいよ」
「嬉しいわけあるか! あんたとこんな……こんな殺し合いをして! 嬉しいわけないでしょう⁉」
雷が剣に弾かれる。ロレッタとはこれまで何度も打ち合った。
今もこうして拳と刃を交えていると、懐かしさばかりがこみあげてくる。
「その腕の怪我は嘘だったの⁉ あたしを騙して、罠にはめるための!」
「いや、本当だよ。私は一度、父上の手によって剣の道を絶たれている。だが母上の祝福によって、この通り再び剣をとることが出来た。……おかげで、あの最低な父親も始末できたんだ。喜んでくれるだろう? 君も」
「奪われた剣の道を取り戻したことは嬉しいわ。でも、あんたは人としての道を踏み外してる!」
「その顔だよ」
「…………っ……⁉」
ロレッタの顔に張り付いているのは――――歓喜。あたしの見たことのないような、歪んだ喜び。
「踏み躙られ、傷ついた君のその顔を見ているだけで、私はとても嬉しくなるんだ」
「何を言って……! くぅっ⁉」
至近距離からの斬撃。雷を集めて防御したけど、勢いを殺しきれず後ろに弾き出されてしまう。
「私はくだらない父親に剣士としての未来を奪われた。なのに周りの連中ときたら、どいつもこいつも幸せそうに、のうのうと笑って生きている。未来を夢見て、日々を嬉しそうに生きている。だけど私は笑えなかった。日々の中に喜びなど見いだせなかった。私は考えたよ。どうすれば私はまた笑えるのか。日々に喜びを見出せるのか。自分の道を模索し続けた」
瘴気の剣による乱舞。掴みどころのない幻想的な軌道。
間違った力に手を染めていても、ロレッタの剣は変わっていない。根本的な部分はあの頃のまま。
それが逆に辛い。せめてもっと変わっていたら。剣そのものが変貌していたら、まだ……。
「とりあえず人助けをしてみたよ。周りに親切にして、優しくて、誰かが笑っていると、私も笑えるかと思って。でもダメだった。他人の幸せそうな笑顔を見ても、何にも嬉しくない。私の未来は相変わらず奪われたままで、何も変わらないのだから当然だけど」
「そう? あたしは結構好きだけどね、みんなの幸せそうな顔って!」
「君はそういうやつだ。君と親友だったからこそ、私は最初そういう考えに至ったのだろう。……でもそれは間違いだった。私は君とは違う。君は私とは違う」
「…………っ……!」
「君は誰かの幸せを自分のことにように喜ぶことが出来る。でもね、私は誰かの未来を奪うことでしか喜べないんだ」
「がっ……⁉」
雷が一瞬途切れた。その隙を逃さず、ロレッタはあたしを容赦なく蹴り飛ばす。
ご丁寧にその一撃は傷口を的確に抉り、激痛で意識が途切れかけたが、死んでも繋ぐ。
「解ってからは簡単だったよ。まずは名を上げ始めた冒険者を捕まえて膝を砕いた。なぜ膝かって? その冒険者は脚が自慢だったそうだからね。ついでに顔の皮を剥いで笑い方の参考にしようと思ったけど、あんまり役に立たなかったからすぐに殺したね。……そうそう。田舎から騎士になるために王都へとやってきた子もいたよ。立派な夢だよね。とりあえず私と同じように剣を握れぬようにして、素晴らしい夢を抱くその胸を裂いてみたんだ。他にも色々いて……」
「何を言ってんの……あんた…………」
分からない。
「私は未来を奪われた。だから同じように、他人の未来を奪ってやった。そうするとね、嬉しいんだ。とても。ただそれだけの話だろう? なぜ理解出来ないんだ?」
あたしは、親友と呼んでいた目の前の女が何を言っているのか、分からない……!
「それは……瘴気のせい? 夜の魔女の力が、あんたを変えたの?」
「あははっ。面白いことを訊くね。そんなわけがないだろう?」
屈託なく笑うロレッタは、昔のまま。悍ましいことをしているにも関わらず、学戦生活を共にしている時と変わらぬ笑顔を見せてきた。
「お母様の祝福は瘴気の力を授けるだけ。人格を変えるわけじゃない。ルシルが言ってたろう? 覚醒には強い感情が必要だと。私の場合は、強い『喜び』の感情だ」
あたしが僅かに期待していた希望すらも、ロレッタは粉々に打ち砕く。
「私が完全にお母様の『娘』となれたのは、君のおかげなんだよ。ルーチェ」
「あたし……?」
「ああ、そうだ。君のことは今でも親しく思っている。己に対する絶対的な自信。強大な魔力。大切な家族。諦めてしまった一番の夢以外、何でも持っている君のことは、今でも大好きだよ。だから……嗚呼、そんな君から未来を奪った時、私はどれだけ嬉しくなれるのだろう。そう考えただけで……君を想うだけで、私が持つ『喜び』の感情は力を覚醒させるに至った」
「ふっざ……けんなぁぁぁあああああああああああッ!」
激情と共に雷が迸る。全身に雷電を身に纏い、あたしはロレッタに向けて跳んだ。
「惜しいね」
あたしの渾身の雷でさえ、ロレッタは涼しい顔をしながら真正面から受け止めた。
「せめて『王衣指輪』を使えるほど回復していたなら、まだ楽しめただろうに。どれだけ強がっていても、それだけの怪我を負っていてはロクに戦えないだろう?」
「ぐっ……ぁ……⁉」
魔力が乱れた隙を突かれた。剣圧に圧し負け、後ろに弾かれる。
(…………っ! まず、い……力が入んない……!)
息が上がる。呼吸が乱れる。視界も徐々に霞んできた。
傷口も開いている。さっきからどんどん流れていく血の量も増えてきた。
「そう焦らなくてもいいさ、ルーチェ。こんな状態で君を踏み躙ったところで、私の喜びは満たせない。君とは万全の状態で戦い、その上で全てを奪ってこそ意味がある」
「…………あんた、何を……!」
「すぐに分かるさ」
「待ち、なさい……!」
視界が霞む。意識が闇に染まる。
去り行く背中に向けて伸ばした手は、どこにも届くことなく――――。




