第49話 計画会議
ガーランド領領主の屋敷で一晩過ごし、翌朝からさっそく今後の打ち合わせを行うことになった。
出席しているのは俺とルチ姉、シャル、ノエルを中心として、そこに俺の側近であるマキナを加えつつ同じく王都から派遣された騎士たちだ。
ガーランド領側の出席者は、ガーランド領の兵士が何人かと、まだこの場にはいないがガーランド領領主のシミオン・ガーランド。そして先んじて出席している、ガーランド家長女のロレッタ・ガーランドさん。
銀色の髪に中性的な顔立ち。流麗な華のような印象を抱くその姿に、魔法学園ではルチ姉共々、ファンも多い。レオ兄やルチ姉と同級生であるということは、歳は今年で十八。不思議なもので、歳の差以上に俺たちよりもずっと大人びて見える。
「久しぶりねロレッタ。あたしが留学してる間、寂しかったんじゃない?」
「そうでもないさ。北の国で暴れているルーチェの噂は私のもとにも届いていたからね。ふふっ……相も変わらずめちゃくちゃだな、君は」
学園内で見かけた時もルチ姉とは仲が良い友人と思っていたが……どうやら俺が思っている以上に、この二人の仲は良いらしい。
「お二人は、ずいぶんと親しくしていらっしゃるんですね?」
何気ないシャルの言葉に、ルチ姉は思い出を振り返るように深く頷いてみせる。
「そうねー。最初の頃はお互いにライバル視して、電撃的にやりあって、それ以来の仲ね。今となっては懐かしいけれど」
「『お互いにライバル視』ね。私からすれば、君が一方的にライバル視してきたと記憶しているが」
「ちーがーいーまーすー。入学試験であたしと同じトップの点数を叩き出したのがどんなやつか気になって見に来ただけですー。そもそもあんただって、あたしのことは意識してたくせに」
「噂の第一王女様ともなれば意識はするさ。けれど確かに……そうだね。ライバル視はしていたのかもしれない」
「『かもしれない』じゃなくてしてたわよ。バッチバチにね。……ま、そうやってお互い競い合ってるうちに、なんだかんだ仲良くなったわけだけど」
なるほど。その頃はまだ俺も学園には入っていなかったから、その辺の話は知らなかったな。
「ロレッタさん。うちの姉がたいへんご迷惑をおかけしました」
「いやいや。あれはあれで中々に刺激的な体験だったよ」
「そう言っていただけるとありがたいです」
「どういう意味かじっくりしっかり問いただす必要がありそうね?」
きっとルチ姉が大暴れしていたということは想像に難くない。
迷惑もたくさんおかけしたことだろう。ならば謝罪を入れておくことが、弟というものに課せられた義務ではなかろうか。
「言っとくけど、ロレッタだって結構暴れてたんだからね。特に剣を使わせれば敵なしよ。実力的には、このあたしと互角を張るレベルなんだから」
「確かに、ロレッタさんの剣の実力は学園でも有名でしたよね。私も拝見したことがありましたが、とても素晴らしい腕前でした」
「そういえばあんた、最近そっちの方はどうなのよ? まさか、あたしが留学してる間に鈍ってんじゃないでしょうね」
「…………。実は――――」
どこか暗い影を落とすロレッタさんがその先の言葉を話すよりも先に、
「いやぁ~。申し訳ありません。どうしても外せない実務が立て込んでおりましてなぁ」
予定時刻からたっぷり三十分遅れ、領主のシミオン・ガーランドがようやく現れた。
どうしても外せない実務とは言っているが、そんなものが本当にあったかどうかも怪しいものだ。
(…………しかし解せないな)
シミオンがレオ兄の派閥に属していることは知っていた。
レオ兄は第一王子。『嫌われ者の第三王子』なんて木端みたいなものだろう。
されど、それも少し前までの話。
今やレオ兄は片腕を失い、『王衣指輪』を奪われるまでの失態。謹慎中とはいえ、処分が下るのを待つ身だ。
完全に落ちた……とまでは言わないが、派閥としては大打撃だろう。
そしてルチ姉。第一王女、もっといえば『女性』という立場は王の椅子からは遠い。
レイユエール王国において女性の王がいたことはなく、未だ貴族の間でも女性が王座につくことに対する否定的な反応を示す者も多い(親父は別にそんなこともないんだろうけど)。
ルチ姉は大衆に人気があり、国内最高クラスの魔力量を有している。それだけの才があったとしても王座からは遠い。それ故に派閥としての勢いは上から三番目ぐらいだろうか(ちなみに最底辺が俺だ)。
とはいえ。
それでもルチ姉が第一王女という肩書きを持っていることは変わらない。
だというのになんだ、このシミオンの強気な態度は。
ドルドとフィルガのように第一王子の後ろ盾があるなら、この俺たちに対する強気な振る舞いも理解はできる。けれど今、その後ろ盾は脆くなっていることは確かだというのに。
(ただの派閥の報復にしちゃあ強気が過ぎる。……何か裏があるな)
そんな俺の探るような視線など一切気づいてないとばかりに、シミオンは会議室に揃ったメンツを眺めると、
「ん? ロレッタ、なぜお前がここに居る。もはや剣を握れぬお前がここにいても、仕方が無いだろう」
ガタッという椅子が後ろに倒れた音が、しんと静まり返った室内に響いていた。
恐らくは無意識の内にだろう。ルチ姉は呆然とした表情を露わにした状態で立ち上がっていた。
「それ、どういうこと」
問われたロレッタさんはどことなく儚げな、苦みを感じさせる笑みを浮かべる。
「…………実は君が留学した直後、事故に遭ってしまってね。日常生活には支障はないが、剣を振るい、戦うことは出来なくなってしまったんだ」
袖をまくり、露出したロレッタさんの腕には痛ましい傷跡が刻まれている。
「なに。レオル様のように腕を丸ごと切り落とされたわけじゃない。指が残り、魔法が使えるだけマシな方さ」
「ふん。剣を振るえなくなったお前など、ここに居ても仕方があるまい。すぐにここから出て、部屋で編み物でもしているがよいわ」
「承知いたしました、父上。では皆さま、私はここで失礼させていただきます」
父親の乱暴な物言いに眉一つ変えず、ロレッタさんは静かに退席する。
ルチ姉はそれをただじっと見つめているだけだった。色々と言いたいことはあるのだろう。言葉もかけてあげたいのだろう。だけど、大きなものを失った親友に対して、どう言の葉を紡げばいいのかも分からなかったのかもしれない。
「まったく……うちの身の程を知らぬ、愚かな娘がご迷惑をおかけしました。では、さっそく会議の方に映りましょうか」
「…………そうね」
いつものルチ姉ならシミオンに対して噛み付いていたのだろうが、ただ荒々しく椅子に座り直しただけで済ませている。ここで噛み付こうものならロレッタさんに迷惑をかけることになると思って、自制しているのだろう。
そんな良いとはいえない空気のまま会議は始まった。
事前に練っていた計画とこの領地の状況をすり合わせつつ、今後の予定を組んでいく。
「浄化はシャルロット様がなされるようですな」
「…………シャルに何か問題でも?」
「問題というほどのものではありません。強いて言えば……懸念、といったところでしょうかねぇ」
わざとらしいため息に仕草。厭味ったらしい表情にすら苛立つ。
「聞けばシャルロット様は『浄化』そのものは初めてというではありませんか。それに魔力の純度も王族に比べれば低い。懸念を抱くのも当然でしょう」
「懸念はもっともです。そのために今回は、バックアップとしてルーチェ第一王女とノエル第二王子に参加していただいております」
「…………失礼ですが、この計画書を作成されたのは第三王子でしたかな?」
「そうですが」
俺が頷くと、シミオンは露骨な嘲笑を浮かべた。
「少し厳しいことを言わせていただきますが、浄化を行えぬ第三王子様に正確な計画が練れるとは怪しいものですな」
こんにゃろう。痛いところを突きやがって。
つーか、だからわざわざ他国からノエルを連れてきて、その上でルチ姉にも参加してもらってるんだろうが。むしろこれ以上の火力をどこから引っ張り出せるっつーんだよ。
「その計画書に関してはあたしも目を通して承認したものよ。もちろん、不測の事態は起きるかもしれない。だけど、その計画書に書かれてあるものは現状で出せる最善といっていいわ」
「こちらとしては領地の要である『土地神』様がかかっておりますのでねぇ。やはり不安は拭えませんなぁ」
ルチ姉の援護射撃ものらりくらりとかわしていく。
「しかし、第三王子様と第一王女様がそこまで仰るのです。私もこの国の領地を治める者として、王族の意見に従いましょう。いざという時は、お二人が責任をとってくださるのでしょうし」
…………そういうことか。
ようは、この『土地神』浄化に関することで何か問題が起きた時、全て俺たちの責任にするってことだ。
ここで拒否することは簡単だ。言葉を濁してのらりくらりと躱すことも出来るだろう。
しかし、果たしてそれが王というものなのだろうか。
仮に王になったとして。そこにはより多くの責任が伴うだろう。己の決断や責任から目を背ける。果たしてそれが、王と呼べるのだろうか。
何よりこの計画書は少なくとも俺は正しいと思って組んだものだ。ルチ姉やシャルたちと共に調整を重ね、俺自身が正しいと思って決断したものだ。
シミオンの思惑がどうであれ、この計画書自体に責任をとる覚悟ぐらいはある。
「勿論です」
「その言葉が聞けて、私も安心いたしました」
唇の端を歪め、下卑た笑みを浮かべるシミオン。
まってましたと言わんばかりだな。
――――こうして、『土地神』浄化に向けて俺たちは動き出した。




