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第48話 ガーランド領屋敷へ

 クソガキ……もとい、ネネルという名前の少女を保護した俺は、ひとまずネネルから魔指輪リングを取り上げ、シャルやルチ姉たちのもとへと戻った。道中で出くわしたマキナに事情を説明しつつ、ひとまず氷漬けになっている男たちを捉えるように指示を出す。


 馬車まで戻った後、まずはシャルにネネルの傷を治してもらいながら、簡単に事情を聞きだした。最初は反抗されるかと思ったが、マキナが戻ってきた頃には、ネネルは意外にもすんなりと全てを話し終えてくれた。


 ガーランド領では年に一回、『土地神』に対する感謝を示す祭りが行われているらしい。

 その中で一部の領民たちが直接『土地神』に供物を捧げる儀式があったそうなのだが、瘴気に汚染されていた『土地神』の暴走によって、犠牲者が出てしまった。その中にはネネルの両親も含まれていたそうだ。


「ありがと、ネネルちゃん。だいたいの事情が分かったわ」


「…………ごめんなさい」


 ネネルはぺこりと頭を下げつつ……なぜか、俺の後ろに隠れたままだ。

 少し前まではクソ生意気な態度だったというのに。


「ふふっ。アルくん、すっかり懐かれてますね」


「そうなのか? よく分かんねぇけど……」


「…………」


 ぎゅううう、とネネルは俺の服の袖をつかんで離さない。

 さっきまで暴行を受けていたのだから不安で当然なのだろうが、それとも少し違うような気もする。


「でも、どうしたものですかねー。ネネルちゃんの家は、逃げたモーガンって人のトコなんでしょう? 流石にそんなところに帰すわけにもいきませんし……出来れば、どうにかしてあげたいんですけど」


 と、こいつにしては控えめながらもネネルの家に関してどうにかしてあげたい、と口を出したのはマキナである。


(そういえば、この森だったか)


 前に聞いたことがある。記憶を失ったマキナが目を覚ましたのは、このガーランド領の森の中にある、古びた遺跡だったと。

 過去の記憶がない子供の頃のマキナにとって、帰る家が無いも同じ。

 その時のことを思い出して、ネネルに重ねているのだろうか。


(ったく…………そんな面してんじゃねーよ)


 いつもメイドらしからぬ振る舞いで俺をおちょくってるのがマキナなだけに、その元気と明るさが控えめだと、逆に気になってしまう。


「はぁ……。おい、クソガキ……じゃなかった、ネネル」


 ひとまずしゃがみこんで目線を合わせる。

 上からあーだこーだ言われても、威圧感があるだけだろうし。


「お前、家に帰りたいか? 帰りたいなら、このまま送っていくけど」


「…………ううん」


 少し考えた後、ネネルは首を横に振る。


「お父さんもお母さんもいないから、帰っても一人だし……モーガンおじさんの家にも、帰りたくないから……」


「あのモーガンってやつの他に身寄りはあるのか? 誰か引き取ってくれそうな親戚とか」


「いない」


「そっか。なら、ウチに来るか?」


「えっ…………?」


「形式的には俺の部下ってことになるだろうけど。……ああ、別に働かせようってわけじゃねぇ。そういう肩書きが必要だからそうするってだけだ。学園にも通わせてやるし、そこで色々と学べばいい。少なくとも、お前が自立出来るようになるまで面倒見てやる」


 俺の持ちかけた提案に、ネネルは呆気にとられたようにぽかんと口を開ける。


「な、なんで……そんなこと……」


「お前の両親が死んだのは、俺たちにも責任がある。それに……またモーガンってやつがお前を利用しないとも限らない。だったら手元に置いておいた方がこっちにとっても都合が良いんだよ」


 もっと早くに瘴気を浄化していれば、ネネルの両親は死ななかったのかもしれない。

 結果として俺たちは間に合わなかった。ネネルは独りになり、道具として利用されてしまった。

 だからこそ、夜の魔女が遺した瘴気を祓う責務を持つ俺たち王族に、責任の一端はある……と思う。


「……………………」


 ネネルは戸惑っている。それもそうだ。こんなこと、そう簡単に決められるものでもない。


「大丈夫ですよ、ネネルちゃん。『都合が良い』なーんて言ってますけど、アル様は素直じゃないだけですから。それにアル様の部下はわたしも含めて、みーんな拾われた身ですし」


 本当に素直じゃないんですからー、とマキナはニヤニヤとした顔で言ってくる。

 ……まぁ。ちょっとは調子が戻ったようでよかったよ。口には出さないけど。


「あ……えっと……」


「急に言われても、戸惑うのは分かる。だから今ここですぐに答えを出せとは言わない。俺たちはしばらくガーランド領に居るから、その間に考えればいい。……とりあえず、モーガンの件とか、詳しい話を聞いたりとかしたいから、しばらくは一緒に来てもらうことになるけどな」


 むしろ混乱して当然だろう。ネネルからすると俺たちは憎き『土地神』を助けようとしている側の人間だ。素直に飲み込んで、俺たちのことを受け入れられなくても不思議じゃない。むしろ、だからこそ、俺たちがすることを見てから決めてほしい。


「…………俺がくれてやるのは、あくまでも『選択肢』だけだ。そこから何をどう選ぶかは、お前が決めろ」


「…………」


 ネネルは言葉を発すことなく、口を噤み続ける。

 彼女は一体どんな答えを出すのか。今の俺にはまだ、分からない。


「まだ屋敷に到着してもないってのに、先が思いやられるなぁ……」


 ひとまずネネルを騎士たちに預け、俺は馬車から少し離れたところでガーランド領の新鮮な空気を吸って気分を入れ替えることにした。

 身体を伸ばして何となく青空を眺めていると、


「どこまでも甘いな。お前は」


 イヴェルぺ王国の第二王子。『氷雪の王子』ことノエルが声をかけてきた。

 その冷たい眼差しは、明らかに何かもの言いたげだ。


「お前はそうやって、目の前に誰かが転がっていたら、いちいち手を差し伸べるのか」


「別に。言っただろ、ただの責任だって。それに……俺が何とかしてやれるのは、自分の手の届く範囲だけ。ネネルは俺の手が届いた。だから『選択肢』を示しただけだ」


「偽善だな」


 俺の言葉を、ノエルは正面から斬り捨てる。


「王とは時として非情な決断を迫られる。手の届く範囲のものを切り捨てることもあるだろう。お前のような偽善者には務まらん」


「手が届くなら、俺はその手を伸ばしたい。届かないところがあるなら、せめて届く範囲のものだけでも掴みたいんだよ」


「今度は綺麗事か。くだらない」


「そうだ。綺麗事だ。俺は、その綺麗事を実現させる王様になるって決めた」


 言葉が途切れ、無言のまま俺とノエルの視線が交錯する。


「ならばあの子供を引き取ろうとしているのも、その綺麗事を実現させるためか。バカバカしい」


「それもあるけど……」


 俺がネネルを引き取ろうとして来たのは、今までもそうしてきたからというのもある。

 帰る家のないネネルの姿に、かつてのマキナに重ねたからというのもある。

 ……それだけじゃない。


「……ネネルの目には憎しみがあった。だから、あの目から逃げ出したくなかった」


 憎しみを宿したネネルの瞳に、俺はレオ兄を重ねていた。

 家族を憎んでいたレオ兄。姉弟のことを妬んでいたレオ兄。

 その憎しみを……俺は分かってあげられなかった。だからネネルを引き取ろうとしているのかもしれない。あの目を見て逃げ出すことをしたくなかったのかもしれない。


「憎しみ……『土地神』への復讐か」


「…………?」


 なんだ。ノエルの様子が少し変わった。やや俯きがちになって、ここではない遠い何かを見ているような……。


「お前はあの子供に『選択肢』を示したと言ったな。ならば彼女が『復讐』を選んだ時、お前はどうする。復讐などやめろと、お得意の綺麗事でも吐くつもりか?」


 ノエルが突きつけた言葉は、考えなかったわけじゃない。

 あのレオ兄を想起させた憎しみの光を見た時から。


「…………いや。復讐をやめろ、なんて言えないし、俺は言うつもりもない」


「――――……」


 俺が絞り出した答えに、ノエルが意外そうな表情をして俺の目をじっと見つめている。


「憎しみの心がそう簡単に変わらないことも、止まれないことも、俺は知っている」


 レオ兄がそうだった。俺たち家族を憎んでいた。妬んでいた。

 そこをルシルに利用された。シャルを傷つけた。


「復讐がしたいならすればいい。仮にネネルが復讐の道を選んでも、俺はその選択自体を止めるつもりはない」


「………………」


 ノエルは言葉を返すことはなく、無言のまま俺に背を向ける。


「…………お前には婚約者がいるんだったな」


「え? あ、ああ……」


「せいぜい大事にしてやることだな。お前の手の届く範囲に居るうちに」


 それだけを言い残して、ノエルはこの場を去った。


     ☆


 準備が整い、馬車は再び出発した。その後は何のトラブルもなく順調に進んでいき、目的地のガーランド領領主の屋敷に辿り着いた。


「これはこれは、ようこそおいでくださいました。ガーランド領領主の、シミオン・ガーランドと申します」


 古めかしいながらも趣と歴史を感じさせる屋敷で出迎えてくれたのは、でっぷりと太った豚のような中年男性だ。汚い愛想笑いは、どうにも張り付けたハリボテ感が拭えない。


「はて。予定よりも随分と遅れていらっしゃるようですが……ああ、いえいえ。分かっておりますとも。偉大なる王家の方々には、わたくしのような者には理解しきれぬ、何か深いお考えがあってのことでしょう。さっそく食事のご用意をさせて頂きますが、少々お待ちを。既に冷めてしまっておりますからね」


 どうやらハリボテの笑いであることを隠そうともしないらしい。

 俺たちが遅れたことをねちねちと厭味ったらしく擦りながら、そのままくるりと背を向けて屋敷へと案内していく。


「……あまりにも予想通り過ぎて、電撃的に面白みのないリアクションね」


 ルチ姉は肩を竦めつつ、小声で俺に語りかけてくる。


「あんたも知ってるだろうけど、ガーランド領の領主はバチバチの『レオル派』よ。恐らく王宮に居る『レオル派』の貴族から何かしらの指示があったんでしょう。……せいぜい気をつけなさい。あたしも疎まれてるけど、あんたの場合は『レオル派』から電撃的に恨みを買ってるだろうから、何をしてくるか分からないわよ」


「だろうな」


 こっちも『影』の調査でそれぐらいの調べはついている。

 表舞台に上がると決めた以上、これぐらいのことは覚悟していた。

 一筋縄ではいかないだろう。

 それでも――――王様になると決めた以上、避けては通れないのならば。


「覚悟の上だ。堂々と歩いてやるさ」




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