第30話 失望【★改稿済】
惨敗。
息子の有様はその言葉が適切であり、完膚なきまでに叩きのめされたことはこの場にいたどの騎士の目にも明らかだった。
脱ぎ捨てた服を拾い上げて訓練場から去ろうとしたアルフレッドは、そのまま王国騎士団長グラシアン・グウェナエルのもとへと歩み寄る。
「悪かったな。急に訓練に混ぜてほしいなんてワガママ言って」
「いえ。息子を止めることの出来なかった私にも非がありますから」
打ち合わせを終えた後、グラシアンはアルフレッドに訓練の見学を提案した。
実際に騎士たちの様子を観察し、グラシアンの持つ情報を共有しながら新たな訓練メニュー作りの参考にするためだ。
その時だ。訓練場で、ある光景を目撃した。
ドルドとフィルガの二人から罵倒を浴びせられているシャルロットの姿を。
彼女が耐えているのはアルフレッドの立場を慮ってのことであるということは一目で分かった。しかしドルドとフィルガの二人はそんなことを露ほども考えず、一方的に罵声を浴びせるばかり。
「――――」
アルフレッドの横顔は殺気と怒気を滲ませており、隣でそれを目にしたグラシアンは思わず冷や汗をかいたほどに気圧された。
「グラシアン。少し頼みがある」
彼からのお願いとは訓練に混ざることであり、そこから起こる一連の流れに目を瞑ってほしいというもの。結果、ドルドとフィルガは二人がかり、それも素手のアルフレッドに惨敗してしまったというわけだ。
(それにしても……一体、どれほどの鍛錬を積めば、こんな……)
魔道具による不正を疑われたアルフレッドが晒した上半身。
激しい鍛錬の痕の刻まれた肉体は、生半可な努力では辿り着けないものだということは見れば誰もが分かる。
漆黒の魔力を持った『忌み子』として生を受けた彼は、それだけ力を持つ必要があったのだろう。普通の人よりも、普通の王族よりも生きづらい彼は、生き延びるための力を死に物狂いで手にしたのだ。
「悪いな。訓練の見学はまた今度にするわ。それと……あとのことは任せていいか。」
「お任せください」
グラシアンの言葉を受けて、アルフレッドは一人訓練場を後にする。
「……この結果は、坊ちゃんには辛いことかもしれませんね」
「……そうだな。そうかもしれん」
若い部下の言葉にハッキリとしたものを返すことが出来ない自分に、グラシアンは不甲斐なさを感じた。息子が何を思ってレオルの側につき、シャルロットを糾弾していたのか……自分は何も知らないのだから。
「がはっ……くっ……!」
「坊ちゃん、フィルガさん。大丈夫ですか」
ドルドに声をかけたのは、彼によく剣の稽古をつけていた騎士だ。
しかしドルドは、差し伸べられた手を振り払った。
「触るなッ! 僕は……負けてない!」
「ああ、そうだ……俺たちは負けてねぇ……! あいつが何か、何か卑怯な手を使ったに決まってる……そうに決まってるんだ……!」
示された圧倒的な実力差。現段階では覆しようもない格差から目を逸らすように、ドルドとフィルガの二人は敗北を認めようとしなかった。
地べたを転がり怒りに燃え滾る息子に対し、どのような言葉をかければいいのか――――グラシアンはそれすらも分からなかった。分からない自分を、情けないとも。
「あの卑怯者め……!」
「許さねぇ……絶対に許さねぇぞ……!」
「……お前たちの目は節穴か」
言葉をかける。たったそれだけの行為が、どうにも慣れない。慣れていないほど、これまで親子の間で言葉を交わしてこなかった。
「なんだと? 貴様はアイツの肩を持つのか! 息子の僕ではなく、アイツの!」
「息子であろうと誰であろうと関係ない。何度でも言おう。お前の目は節穴か、とな」
「…………ッ! お前も僕の敵か! ルシルを陥れる卑怯者の仲間か!」
「実際に受けたお前が一番よく分かっているだろう。あの方の実力は本物だ。それはあの身体に刻まれた傷からも明らかだ」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 騎士の風上にも置けない恥知らず共が!」
「テメェら全員、そんなことをしている暇があるなら、さっさとアイツを捕まえたらどうだ!」
「そんなことも出来ないで、何が騎士だ! だからお前たち騎士は腰抜けなんだ! 『ラグメント』相手に何も出来ない、腰抜け騎士め!」
敗北を認めることが出来ないのはまだいい。
時にはそういうこともあるだろう。受け入れがたい現実というものは存在するのだから。さりとて――――周りに見当違いな憎悪と罵倒をぶつけるその姿はあまりにもみっともなく、呆れざるを得ない。
「…………」
アルフレッドの身体に刻まれた努力の痕。
示された圧倒的なまでの実力。
ここまで揃えても認められないほど……自分の息子は道を見失っている。
そうさせてしまったのは責任の一端は、グラシアンにもある。
「何をしているお前たち! 早く奴を捕らえろ! 捕らえろよ!」
「勘違いするな、ドルド」
「…………! 父上……!」
もういい。これ以上は見るに堪えない。
「騎士団はお前たちの私物ではない」
「お前もアルフレッドと共犯か!」
「…………お前の目を覚ましてやれない、私が悪いのだろうな。こうなるまでお前と向き合えず、言葉を交わしてこなかった私の罪だ」
「何を言って…………」
「ドルド・グウェナエル。フィルガ・ドマティス。君たちは以後、訓練への参加と訓練場への出入りを禁ずる。これを破った場合は処罰を行うからそのつもりでいなさい」
「なっ……!?」
「ふざけんな! なんで俺たちが……!」
「問答無用だ……連れていけ」
「し、しかし……」
「命令だ」
「……はい」
騎士たちは困惑しながらも暴れる二人を押さえつけ、強引に訓練場の外へと退場させた。




