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第25話 魔法学園の四人

 王立ロミネス魔法学園。

 若き少年少女たちが通う魔法の学び舎であり、由緒正しき雛鳥の巣。

 膨大な予算をつぎ込んで設立・増築された場所でもあり、レイユエール王国が誇る最高峰の魔法学園だ。


 その設備の一つである食堂のテラス席。本来は学園の誰もが利用できる場所ではあるが、今は誰も近寄れぬ不可侵の領域と化していた。


 結界が張られているわけではない。学園側から利用が禁じられているわけではない。

 現にそのテラス席には四人の学生が座していた。つまるところ、学生たちが近寄れなかったのはその四人が原因だったのだ。


 レイユエール王国第一王子たる少年、レオル・バーグ・レイユエール。

 王国騎士団長の父を持つ少年、ドルド・グウェナエル。

 魔法技術研究所所長の母を持つ少年、フィルガ・ドマティス。


 そして――――平民の少女、ルシル。


 彼ら彼女らはテラス席で優雅なティータイムをとっているに過ぎないが、現在の騒動の渦中にいる人物たちに自ら好んで近づこうとする者などいない。


「どうだルシル。最近は、何事もなく過ごせているか?」


「うん。大丈夫だよ、レオルくん。心配してくれてありがとう」


 ルシルは自分を見てくれている。微笑みかけてくれる。それだけで……たったそれだけの些細なことで、レオルの心は心地良い温もりを帯びる。


「へっ……あいつらが学園に来なくなった途端、ルシルの身に何も起きなくなった。もう犯人が決まったようなもんだろ。御前試合を待つまでもねぇ……俺が今すぐにでもぶっ飛ばしてやろうか?」


 拳を己の掌に叩きつけるフィルガ。その目にはギラギラとした怒りが漲っている。


「だ、ダメだよ。フィルガくん。暴力は……それにわたしなら大丈夫だから」


「ルシル。君の優しさは魅力的だが、それでは悪の連鎖が止まることはない。ああいう悪人共は、即刻断罪すべきだ」


「えぇっ!? だ、断罪って……」


「よせドルド。ルシルが怖がっているだろう?」


「む……すまない」


 普段から目つきの鋭さに定評のあるドルドではあるが、このルシルという少女の前では表情が和らぐ。これを他の生徒たちが見れば驚くだろうが、レオルは彼の気持ちが理解出来た。それもまたルシルという可憐な少女が持つ魅力が為せる技なのだろう。


「フッ……お前の身に流れる騎士の血がそうさせるのか?」


「……あの腰抜けと同じにするな。いくら友であっても、そればかりは我慢ならん」


 再びドルドの目つきが鋭くなり、瞳に強い軽蔑の色が宿る。

 彼がこの眼をするのは、決まっていつも彼の父親――――レイユエール王国騎士団長、グラシアン・グウェナエルの話になった時だ。


「そうだな。オレも口が過ぎたようだ。……ルシルと過ごしていると、どうも心が緩んでいかんな」


「えっ? ご、ごめんね?」


「謝ることではない。王たる者、時として陽だまりに身を委ねることも必要だ」


「陽だまり、か……確かにな」


「へへっ。ルシルは俺たちにとって、あったかいお日様みたいなもんだ」


 ルシルという少女との出会いを、レオルは感謝していた。それはきっと他の二人も同じなのだろう。

 彼女は見てくれた。包み込んでくれた。心を抱きしめてくれた。どれほど救われ、心地よかったか。


「お日様だなんてそんな……わたし、そんな大した子じゃないよ」


「奥ゆかしいところも魅力的だな、ルシルは。だが自分の価値は正しく知っておくべきだ」


「へぇー。それじゃあ、レオル。お前は自分の価値を正しく知ってるってことか?」


 からかい口調のフィルガに、レオルは目を伏せる。


「……ああ。知っているさ」


 確かめるように。血を絞り出すように。言葉を、吐く。


「オレは自分の価値を、よく知っている」


 儚さを感じさせる少女の手が、レオルの手に添えられた。

 手元に鏡はない。自分ではどんな表情をしているのかは分からないが、心配させてしまったらしい。


「レオルくん……泣いてるの?」


「……ルシルはいつも、オレを見てくれているのだな」


 頬に涙の雫など伝っていない。レオルは表面上では泣いてなどいない。

 だがこの少女は、レオルのことを見てくれているのだ。

 いつもそうだ。いつもこうだ。心の底まで照らしてくれる太陽。


「大丈夫だ、ルシル。君は何も心配しなくてもいい。君の光を阻むものは……全てオレが排除する」


 迫る御前試合。そこで全てを終わらせる。

 レオルは覚悟と決意を新たにし、胸の奥で燃え盛る炎の薪とした。


「ありがとう、レオルくん。でもわたし、悲しいな……家族同士で争うなんて……」


「ルシルが気にすることじゃないさ」


「そうだぜ。レオルには悪いけどよ、何もかもあの二人が悪いんだ。ルシルが気にすることじゃねぇ」


「……でもわたしは、自分の家族のことが好きだよ。家族はわたしにとって、大切だから……レオルくんが兄弟同士で争っているのを見るのは、やっぱり悲しいよ」


 無邪気なルシルの言葉に胸が抉られるような気持ちに襲われる。

 恐らくドルドとフィルガも同じなはずで、二人の表情にも陰がさす。

 それに言及することはせず、レオルはただ沈黙を貫いた。


     ☆


「……ルシルは、優しいよなぁ」


 四人のお茶会が終わった後、フィルガとドルドは闘技場で組み手を行っていた。

 互いに模擬剣を使った訓練の一環だが、学園でも上位に位置する彼らの訓練についていける者はそう多くはない。必然、互いを訓練相手とするのが日常となっていたのだ。


「そうだな……あの優しさに、僕たちは随分と救われている」


 模擬剣を互いにぶつけ合う。こうしていると、互いの気持ちがよくわかるような気がした。


「やっぱり……許せねぇ」


 フィルガの繰り出した強烈な一撃に、ドルドの身体が強引に押し切られる。


「アルフレッドもシャルロットも……あいつらがルシルにしたことは、どうしても許せねぇよ。あいつらが野放しになっていることもだ」


 フィルガは模擬剣を握りしめた。今にも血が滲み出そうなほどに。


「だがルシルは『それ』を望んではいない……どの道、やつらが好きに出来るのも御前試合までの間だ」


「知ってるよ。だが俺は、我慢できそうにねぇ。何より自分の手であいつらをぶん殴ってやらなきゃ気が済まねぇ。それはお前も同じだろ?」


「そうだな。珍しくボクも……お前と同じ気持ちだ」


 フィルガとドルドの眼は燃えていた。ルシルを傷つけた、二人に対する憎悪の炎で。


「アルフレッド。シャルロット。あいつらだけは許さねぇ……ぶっ潰してやる」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 洗脳もしくは次点で精神感応辺りの特殊能力が行使されていると思われる…その能動受動は問わずとしても。 [一言] 兄貴側のノリがもう既に乙女ゲーそのものじゃねえかw 『主役を張れない王太…
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