第23話 二代目親方【★改稿済】
「……なるほど。見事に痕跡を消されているな」
何者かが意図的に事実を伏せて作成したであろうその書類。その手際の良さと出来栄えに、王国騎士団長グラシアン・グウェナエルは思わず感心してしまった。
書庫から取り寄せた書類は、『ラグメント』との戦闘記録やその被害などが記載された『記録』である。しかし、グラシアンが調べていたのは歴代の王族の輝かしい戦歴の数々……ではなく。ここ数年の記録。厳密にはレイユエール王国の第三王子、アルフレッド・バーグ・レイユエールの記録である。
記録を探してみたはいいものの、どこにもアルフレッドという王子が功績を上げたことが記されてはいなかった。確かにこれまでグラシアンの耳にも、アルフレッドが『ラグメント』を倒したという華々しい活躍を耳にした覚えはない。
夜の魔女が遺した呪い。『ラグメント』の討伐は王族の使命。それを怠っているアルフレッドという第三王子は王族の資格なし――――というのが、彼について回っている悪評の一つである。
だが、それが意図的に仕組んだものだとしたら?
そうした仮説をもとに改めて調べなければ、記録の微かな違和感にも気づけなかっただろう。
「例年に比べて『ラグメント』の発生率が下がっている地区があるな……こっちの記録は、魔物に置き換えられているが……被害から逆算するに『ラグメント』の可能性が高いな」
一度違和感に気づくと、あとは早かった。輝かしい王族の戦果の裏で、あの王子がどれほどの実践を積み重ねてきたのかが分かる。
「……これを全て、アルフレッド様が倒したのか」
非難も批判も浴びながら、彼は影で戦い続けていたのだ。恐らく『ラグメント』だけではない。他の記録も漁れば、今回のように賊をはじめとする王家に害成す存在を捕らえた痕跡も出てくるだろう。あの実戦で培った実力が何よりの証拠だ。
「――――ん?」
不意に。書庫の中に、影より這い出てきたかの如き気配を感じ取る。
黒い衣に身を包み、仮面をつけた何者かが……そこに立っていた。
あれは確か、アルフレッド直属の部隊。
「……『影』の者か」
「我らが主を嗅ぎまわっているようだな」
「フッ……そんなところだ。『これ』に、名は記されていなかったがな」
手持ちの資料を軽く手で叩く。
「それで。私に何の用だ? 『影』は影として物言わず潜んでいるものかと思っていたが」
「……忠告だ」
その声は冷たく、仄暗さを孕んでいた。
「記録を漁るのは貴様の勝手だ。……だが覚えておけ。貴様が主に害を齎す者ならば、我ら『影』は正道の輝きをも喰らうと」
「……覚えておこう。だがもし、その逆だった場合は?」
「……その時が来たら分かる」
それだけを言い残して、『影』は消えた。
「随分と慕われているようだな」
これまでは無能に仕える不気味なはぐれ者集団という認識でしかなかった『影』。
部下の騎士たちからは「あんな連中がなぜ王宮内をうろつけるのか」という不満が事あるごとに噴出していたが。
それがなくなる日も、そう遠くないのかもしれない。
☆
俺たちが『イトエル山』から帰ってきて、数日が経った。
「世話になるよ。クソガキ王子」
という、とても世話になる側とは思えないセリフと共にエリーヌが王宮へと戻った。
「ほぉ。お前にしては随分と殊勝な態度だ。特別に世話してやるよ」
「そりゃあ楽しみだ。さぞかしもてなしてくれるんだろうねぇ」
この野郎。薄々感じてはいたが、どうやらエリーヌは『王族嫌い』らしい。
二百年前、王家に仕える『彫金師』をやっていた頃に色々とあったのだろう。
そんなやつがよくもまあ協力してくれる気になったものだ。それもこれもシャルのおかげなのだろうが。
「エリーヌさん。到着されたんですね。また会えてうれしいです」
そうこうしているうちにシャルが駆け寄り、にこりとした笑顔を見せる。
清楚で可憐で、心が安らぐ花のような笑顔。『王族嫌い』のエリーヌには勿体ない。俺がこいつの悪態から守ってやらないと。
「……ああ。あたしも嬉しい、よ……」
…………ん?
「あっ、すみません。こんなところで立ち話を……お疲れですよね? マキナさんがお部屋を用意してくれたので、そこで休んでください」
「そこまで気を遣わなくてもいいよ。こっちは世話になる側なんだ。それに、これぐらいで疲れるもんかい。もう少し立ち話をしたって構わないぐらいさ」
エリーヌは優しく微笑みかけ、シャルに案内されるがままに後ろをついていく。
「態度に差があり過ぎだろ」
「シャルはあたしに大切なことを思い出させてくれた恩人だからね」
「じゃあ俺は?」
「昔のクソみてぇなことを思い出させるクソガキ」
「磔にするぞ」
何があったんだよ昔の王族と。つーか俺、ただのとばっちりじゃねぇか。
「……ま、あんたにも感謝してるよ。デオフィルを倒してくれたおかげで、大切な魔法石を守ることが出来たからね。だからあんたに協力はする。それだけは約束するよ」
でも、と。エリーヌはさり気なく言葉を付け加える。
「シャルを泣かせたら承知しないよ」
「泣かせないために、俺は影であることをやめたんだよ」
何はともあれ、俺にとっては……というより、シャルにとっての味方が増えたようだ。
☆
エリーヌを迎えた翌日、俺たちは魔指輪の工房を訪れていた。
初代が戻ったからといって、急に親方がすげ代わるわけでもない。国王に断りもなくそんなことをする権限は俺には無いし、仮にそれが出来たとしても現場の反感を買ってしまうだけだ。
ただ、俺自身の地盤固めのためにも戻ってきたことをアピールしておく必要はあるし、エリーヌとしては急に工房を継がせた弟子と顔を合わせるぐらいのことはしておきたいとのこと。
「……二百年経っても変わってないね。この空気だけは」
由緒正しき工房では、多くの職人たちが今日も指輪制作に励んでおり、肌を焦がすような熱気が漂っていた。エリーヌはその景色を、懐かしそうに眺めている。
「予定ではそろそろ時間……のはずですよね?」
「そろそろどころか、事前にとったアポの時間はとっくに過ぎてますよー」
呆れたように肩を竦めるマキナ。
「工房を束ねる親方ともなると多忙でしょうからね。急な仕事が入ってしまったのかもしれませんし……」
「本当に急な仕事が入ってたらいいんだけどな」
「ですねぇ……」
「はぁ……どうやらあいつも、変わってないようだねぇ……」
「えっ……それって、どういう……?」
俺たちの反応に対して、シャルが首を傾げた直後だった。
「うわわわわ! やばいやばい、遅刻だ……ぶへぇええええええええ!」
工房の中に駆け込んできた何者かが、足を滑らせて文字通り盛大に転がり込んできた。
そのまま壁に激突したかと思うと、棚から雪崩のように落ちてきた物品の下敷きにになっていく。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ほっとけシャル」
「で、でも……」
「いつものことですから」
「えぇ~? 相変わらず冷たいなぁ、お二人とも……」
埋もれていたガラクタの山から這い出てきたのは、顔立ちの整ったエルフの男だ。
細身の身体に、ふにゃりとした真剣みの欠片もない表情をしている。
「ボクって結構頑張り屋さんなんですよ? 今だって皆さんに会うために急いできたっていうのに……ちょっとぐらい褒めてくれたっていいと思うんだけどなぁ……」
「じゃあ聞くが、お前こんな時間まで何してた」
「やだなー。女の子とのデートに決まってるじゃないですか」
「テメェは人様を待たせてる間に呑気にデートか。良いご身分だなァおい」
分かってたことだが実際そうなるとまたムカつくな!
「だって仕方がないじゃないですか! 街で好みの女の子を見かけちゃったんですから! そりゃ誘うでしょう? 楽しむでしょう? デート。あ、ちなみにボク、甘やかしてくれる子がタイプなんですよ」
知るかよ。つーか、聞いてねぇよ。
「相変わらず軽いですねぇ……たまには時間通りに来たらどうなんですか」
「あ、マキナちゃん! 今日もカワイイなぁ。今度デートしない?」
「その面をナイフの的にしてやりましょうか?」
「や、やだなー……冗談に決まってるじゃないですか。あはは……」
引きつってるぞ。顔が。あと人の部下を勝手にデートに誘おうとしてんじゃねぇよ。
「…………」
隣ではシャルが話についていけてないらしく、唖然としたまま俺たちのやり取りを眺めている。
「シャル。改めて紹介するが、こいつが王家工房の現親方……」
「エヴラールと申します! えっ。アルフレッド様、誰ですかこの可愛くて清楚な女の子!」
「…………俺の婚約者だよ」
「この子が噂の! うわぁ~いいなぁ~! こんなにも可愛くて胸が大きい子が婚約者だなんて……でもアルフレッド様って、こういう清楚だけど体つきの良い子がタイプだったんですね。分かるなぁ、その気持ち。清純そうに見えて実はっていうのがまた……」
「……相変わらず女の尻ばっか追いかけてんのかエヴラール。変わんないね」
「うわっ、師匠!? 師匠じゃないですか! へぇ~本当に戻ってきたんですねぇ」
呆れ気味のエリーヌを、エヴラールは大きく目を見開きながらしげしげと眺める。
「………………眉間のシワが増えました?」
「今の時代、エルフの眼球ってのはいくらで売れるんだろうねぇ……」
「いやぁー! 少し見ない間に随分とお綺麗になられましたね、師匠!」
相変わらず、こいつを喋らせておくとロクなことにならないな。




