第22話 変化
一足遅れて馬車で現場に到着したシャルロットが目にしたのは、『霊衣』を纏ったアルフレッドが『ラグメント』を完全に圧倒している光景だった。
「おっ。やってますねー」
「マキナさん……あれが、アルくんの……?」
「はい。アル様が契約した精霊……『アルビダ』の力です」
シャルロットは、幼少の頃より父に剣技を仕込まれている。来るべき『ラグメント』との戦闘に備えて鍛錬は積んできたとはいえ、実戦経験は浅い。それ故に『実戦』の空気というものをよく知らぬ未熟者であるという自覚はあり、現場経験は騎士に遠く及ばない。
そんなシャルロットでさえ、解る。
アルフレッドの戦闘能力は、生半可なものではない。伝統の型を基礎にしつつ、実戦を積み重ねたことで自分の戦い方を確立させたもの。自らの力で研ぎ澄まし磨きぬいた、力であると。
「あの動き……明らかに実戦慣れしてますよね」
「そりゃあ、実戦を積み重ねてきましたから。……ま、今回みたいに大っぴらに戦うのは珍しいですけどね」
「今までは違うんですか?」
「はい。裏でレオル様のフォローに回ることもありましたし、自身の戦いが決して表に出ないように手を回してましたしね」
「……それも全て、レオル様のために?」
「そうです。アル様が自分が悪役であり続けるために、レオル様の威光を際立たせるために、ご自身の功績は全て闇で塗り潰してきましたから」
けれど、と。マキナはどこか嬉しそうに続ける。
「シャル様がアル様に光をくれたおかげで……貴方が、あの人を外に引っ張り出してくれたおかげで、もうそんなことをする必要もなくなりましたけどね」
アルフレッドが『ラグメント』を圧倒している傍で、周りの騎士たちもまた、目の前の光景に圧倒されていた。
「あれが……本当に第三王子かよ……」
「噂だと剣はてんでダメって話じゃなかったか……?」
周りの騎士たちは目の前の光景が信じられないとでも言わんばかりに唖然としていた。
それもそうだろう。シャルロット自身、アルフレッドと共闘をしたことで彼の実力を把握していたつもりでいた。だが、それはとんだ思い違いだった。
――――いやいや。『王衣指輪』を使ったアル様は本来、シャル様と同じく剣を使ったバリバリの『近距離寄り万能型』ですよ。『中距離支援型』はサブみたいなもんです。
あの時のマキナの言葉は真実だった。
舶刀と拳銃を駆使した万能型。
戦闘スタイル自体はシャルロットと同じだが、その精度は比べ物にならない。
驚くべきことに……不人気とされる『支援系』の魔指輪を使いこなしたあの戦いすら、彼にとっては本気ではなかったということだ。
「『荒波大砲』」
魔力の砲弾が『ラグメント』を葬り去り、爆炎が迸る。
夜の魔女が遺した呪いを滅したことを確認すると、アルフレッドは『霊衣』による変身を解いた。
「……ま、こんなもんか」
涼しい顔をしたまま、アルフレッドがこちらへと戻ってきた。
あれほど凄まじい戦闘力を、さも当然のように。
「悪かったな、グラシアン。出しゃばっちまって」
「いえ……アルフレッド様に来ていただかなければ、今頃はどうなっていたか」
そう言ってきたのは、騎士団長グラシアン・グウェナエルだ。
シャルロットとしては、レオルの側についた彼の息子に対して複雑な思いはあれど――――グラシアンの目にアルフレッドに対する敬意のようなものを見たことで、感情も多少は和らいだ。少なくともレオルの側についたことは、グラシアンの指示ではないことに確信が持てた。
「あの王子、ここまでやるやつだったか……?」
「さあ……俺は噂ぐらいしか聞いたことが無いからな」
「……意外とやるじゃねぇか」
「噂ってのは、アテになんないもんだな……」
周囲の騎士たち。中でも新入りの騎士たちは、アルフレッドの活躍を少しは認めてくれたらしい。たったそれだけのことなのに、シャルロットもどこか自分のことのように嬉しくなる。
「……あまりにも都合が良すぎないか?」
「御前試合の件もある……命乞いのための点数稼ぎだろ」
「あの『ラグメント』の出現だって、何か仕組んだんじゃ……」
「……俺はあんなやつ、信用できないね」
……しかし、全員というわけではないらしい。特に中堅に位置する者たちは未だアルフレッドを信用していなかった。
アルフレッド自身、それを特に気にしている様子もない。相も変わらず涼しい顔をして聞こえているであろう囁きを聞き流している。
「悪かったな。俺がここにいると、皆の士気に関わるようだ」
「そんなことは……申し訳ありません。後できちんと言い含めておきます」
「いや。いいよ。実際、俺の魔力や今までの立ち回りからすれば当然の反応だろうし……」
アルフレッドは言葉を切り、シャルロットに視線を送ってきた。
「……頑張ってこれから、信用してもらえるようにするから」
それを聞いたグラシアンは目を丸くしている。
「アルフレッド様……変わられましたな」
「そうか。だとしたらそれは、婚約者のせいだろうよ」
「……大袈裟ですよ」
シャルの言葉に、アルフレッドは肩を竦めている。
実際、シャルは何もしていないと思っている。彼はもともとそれだけの力を持っていた。それだけのことでしかないのだから。
「あの……騎士団長。私に負傷者の手当てをさせてもらえませんか? 回復魔法の魔指輪を持っているので、応急処置ぐらいは出来るかと」
「それはありがたい。シャルロット様は『第五属性』の魔力を有していますので、特に効くでしょうし……お願いしてもよろしいでしょうか」
「勿論です」
アルフレッドだけに頼ってはいられない。彼に比べれば微量だとしても、シャルロットもまた、自分に出来ることを為していかねばならない。そうでなければ、彼の隣に胸を張っていることなど出来ようか。夢を追いかけることなど出来ようか。
「『回復付与』」
シャルロットは四大属性だけでなく回復魔法を使えるだけの資質も有していた。
それにあたり今回の外出にも予備として『回復付与』の魔指輪を持ってきていたことがここにきて良い方向に働いた。
全身を炎に焼かれた重傷者に、順番に回復魔法をかけていく。少しずつ負傷者が回復していくものの、あくまでもその速度はゆるやかだ。エリーヌの話に出てきたネトスが作ったというネトスの『回復付与』には遠く及ばない。
だが、だからこそ、ネトスの作ったという『回復付与』の凄さが分かる。
「う……あ……」
「頑張ってください。もう少しですから……!」
「あり……がと、う……」
「無理に喋らなくていいですから。楽にしててください」
普段から使い慣れていないからか、回復速度があまり伸びない。
アルフレッドの背中が遥か遠くに感じる。同時に思い知らされる。
結局自分が重ねてきた努力は、敷かれてきたレールの上を歩いているに過ぎなかったのだと。
言われるがままに歩き、言われるがままの努力をして、言われたことしかしてこなかった。
それで出来上がったのが空っぽだ。才能に驕った空虚な人間だ。
アルフレッドのように、自らの意志で磨き上げた確固たる力を持っていない。
その現実を今、思い知らされたのだ。
(私も……変わらないといけませんね)
過去を気づいた。現実を知った。だからこれからは――――未来を見据えるだけだ。
☆
負傷者たちが次々と一命をとりとめていく。
やや拙い回復魔法ではあるものの、持ち前の魔力量による力業で、シャルロットは次々と部下たちを治していく。
若い部下たちを死なせずに済みそうだと、内心でグラシアンは安堵した。
もしも彼らが来てくれなければ――――レオルだったら、こうはいかなかった。レオルは回復魔法を使うことは出来無いし、今も到着していないことを考えると犠牲者は増えていたことだろう。
「ああ、そうだ。ついでに頼みたいことがある」
「頼みたいこと? それは構いませんが……何をですか?」
「罪人の移送だ」
そう言って、アルフレッドは馬車の方までグラシアンを連れていく。
馬車は二台あった。片方はアルフレッドたちが乗って来たであろうもの。そしてもう一つは、どこかの村で調達してきたであろう幌馬車。
案内されたのは後者で、荷台の方を覗いてみると、見覚えのある顔がいくつも転がっている。
「こいつらは……どいつもそれなりに名の知れた賊ではありませんか。それにあそこに転がっているのは、『指輪壊し』のデオフィル! なぜ彼が……!?」
「出先で遭遇してな。捕まえといた。全員、魔指輪を没収してあるし、ボディチェックも済ませて武器は取り上げてる。あとは見ての通り縛り上げて、『睡眠付与』をかけてあるから」
「『指輪壊し』のデオフィルはA級の賞金首ですよ!? 我々騎士団が追っても捕まえられなかった者を……捕らえたというのですか!? たった一人で……!?」
「だから、見つけたのは偶然だよ。……ん。負傷者の手当ても落ち着いたみたいだし、俺らはもう行くわ。今レオ兄に見つかると、色々とうるさそうだしな。詳しいことはあとで書類で報告する」
それだけを言って、アルフレッドは馬車に乗り込んで負傷者の治療を済ませたシャルロットたちと王都への帰路についた。
グラシアンはしばらくそれを眺めていることしか出来ず、思わず肩の力が抜けてしまう。
「まったく……なんてお方だ……」
どうやらあの第三王子への認識を改める必要があるらしい。
そして、彼が裏でどのような功績を積み上げてきたのかも……知る必要がある。
グラシアンは、王都に戻り次第、すぐさま過去の記録を調べることを決意した。
――――この日をきっかけに。
第三王子アルフレッドの実力と、聖女の如き働きを成したシャルロット公爵令嬢の噂が、一部で囁かれることになる。




