第90話『奪われた末妹』
ラインとアレスに対し、新しい魔法を撃ち続け成功したことに歓喜するグレイス。
さて、まだまだ練習だ――と思っていると、カイラス先生が走って戻ってきた。
「お前ら集まれー」
「あ、先生戻ってきたー。何かあったんですかー?」
職員室でどんな話があったのだろう。一人の男子生徒がそう尋ねると、先生はこう答えた。
「王都レガリアで殺人鬼による殺人事件が横行しているらしい。だから、今日はみんな自宅待機してもらうことになった。危ないから出来るだけ早く帰れ」
殺人鬼が歩き回っているとは……。確かに、夕方に帰ると襲われる可能性も高い。まだ昼にもなっていない今帰るべきだ。
恐ろしい事を聞いた生徒たちは先生に挨拶し、校門まで走っていく。さらに、校舎からも他クラスの生徒や上級生が走って出てきた。彼らも今の話を聞いたのだろう。
「マジかよ。じゃあアッシュが今日来てないのはそいつを探してるからか? ――ん? どうした?」
アッシュが今日来てない理由を推測するグレイス。そんな彼の右腕に、腕が絡められた。その相手は――
「ね、ねぇ、一緒に帰らない? 殺人鬼が出歩いてたら怖いし」
「え? アッシュもいないし……まあ良いけど」
「やった!」
と、猛アプローチするエリシア。彼女を見て、セツナはボソッと呟いた。
「おー大胆」
「俺らも帰ろうぜ。家でゆっくりしよ」
「賛成ー」
両腕を上げて提案するラインに五人は頷く。よし、帰ろう! とすると、レンゲがハッとした顔で止めた。
「ちょっと待ってて! カバン取ってくる!」
「え? カバンくらいいいだろ? 早く帰ろうぜ」
他の生徒もカバンを取りに帰ったものはいない。だからラインたちもそのまま帰ろうとしたのだが、レンゲは何か大切なものでも入れてるのだろうか。
「すぐ取ってくる!」
「「「「「速!?」」」」」
素の身体能力で化け物みたいな速さで校舎まで入るレンゲ。速すぎて瞬きする間に消えていた。
「待っとくか。あの速さならすぐ帰ってくるだろ」
◆◇◆◇
――校舎に入ったレンゲは爆速で階段を駆け上がり、廊下を走って自分の教室に入る。
幸い、先生がいなかったので怒られなかったが、廊下を走ったことを見られていたら怒られていただろう。
「えっと……カバン、カバン……あった!!」
自分のカバンを取ると、兄妹三人とメイド二人のカバンも取ったのだ。なんていい子なんだろう。
「早く帰ろーっと! 窓から飛んだ方が早いかな?」
窓を開けて飛び降りようと考え、窓の鍵に手をかける。すると、後ろから声をかけられた。
「あれ、ラインの妹じゃん。何してんの?」
「え? あー! レオ君じゃん! どうしたの? まだ帰ってないの?」
その男は、『煌星の影』レオ・ヴァルディだ。ドアを撫でるように触って何かをくっつける。
そして自分のカバンを手に持ち、教室に入ってきた。
「カバン取って帰ろうかなって。ラインたちはいないの?」
「外にいるよ! 私の事待ってるから早く行かないと!」
「へぇ、そうなんだ。沢山カバン持ってるね。手伝おうか?」
カバンを整理するレンゲに後ろから近づき、しゃがみこむ。だが、別にそれほど大きなカバンではないのでレンゲは首を振って断った。
「大丈夫! これで良し! 帰るね!」
「うん。またね」
六つのカバンを胸に抱え、教室から出ようとした。
その瞬間――
「――っ!?」
全身に電撃が走り、レンゲは倒れてしまった。レオに後ろから攻撃されたわけではない。扉から出たら全身に痛みが走ったのだ。身体を起こそうとするが、上手くいかない。
そんな中、こちらにゆっくり歩くレオの顔が目に入る。
「レ、オ君?」
「どうしたの? 大丈夫?」
口調は優しいが、顔は心配の表情ではない。この状況を楽しんでいるようだ。そして、彼は自分のカバンから何か取り出した。
それを見て、レンゲの意識は途絶えた。
「成功ってとこか。そろそろ学園にあいつらも来るだろ」
獅子の仮面を顔面につけ、倒れているレンゲを担ぐ。そして扉を向くと、先程教室に入った時につけた小さな黒い玉を取る。
「吸血鬼に対して気絶させる電撃を浴びせるって言ってたが、本当だったな」
獅子の仮面の奥にどんな顔が隠れているのか分からない。彼はレンゲを担ぎながらゆっくりと階段を降りていった。
◆◇◆◇
レンゲを待っているラインたちだが、一向に帰ってこない。グレイスとエリシアもまだ待っているが、さすがに長くて校舎に歩み寄ろうとする。
――そんな中、校舎から人影が現れた。それはレンゲ――
では無かった。
「お、前……」
「よお。俺は【十執政】『第九位』レヴ・ダイナス……って、前に名乗ったな」
レンゲは確かにいた。だが、担がれていたのだ。しかもその相手がレヴ・ダイナス。一体、レンゲに何をしたのか。
「お前、レンゲから手を離せ」
「えー? 倒れてたから連れてきてあげただけだぞ?」
「レンゲに何したの?」
今にでも襲いかかろうとするライン、アレス、セツナ、セレナ、エルフィーネ。今まで無言でいたグレイスが、ラインたちの前に手を出して止めたのだ。
「おい、なんで止めるんだよ」
「あいつ【十執政】なのか?」
「うん。前に戦った相手だよ」
グレイスはレヴと会ったことがない。だから、目の前にいる彼が誰なのか尋ねたのだと誰しもが思った。
しかし、彼はそういう意味で言ったわけじゃない。
「あいつ、レオだぞ?」
その一言に、全員の時が止まる。何を言ってるんだグレイスは? という目で彼とレヴを目で行き来する。
「だってあいつ、レオと魔力の量も流れも全く一緒だし」
グレイスは相手の魔力の総量や流れがその瞳に常時映っている。
それは人によって異なるので、顔や仕草以外にグレイスが人を見分ける手段なのだ。顔がレヴのように仮面で隠されていても、魔力の流れを覚えていれば見分けられる。
だから、目の前にいるレヴがレオだと気づいた。
――といっても、ラインたちは信じられない。学園に入った次の日に喧嘩を売られたとはいえ、それからは仲良くやってきた。
この間も一緒の昼食をとったし、学園祭でも楽しんだ。
まさか、そんな彼が【十執政】だなんて信じたくない。
「そこまでだよ」
――その瞬間、聞き覚えのある声が響き、ラインの隣に黒い羽根の霧が現れた。その中から出てきたのは――
「アッシュ!? ――と、なんでお前らもいるんだよ」
「良いじゃないですか別に。彼に学園まで瞬間移動させてと頼まれたので」
「まー良いじゃん」
『剣聖』アッシュ・レイ・フェルザリアと、ロエン・ミリディア、サフィナ・カレイドが出てきたのだ。なんでそのメンバーなのか突っ込みたいが、まずレンゲを取り戻すのが先だ。
レヴの方を向いた瞬間、彼の隣にも二人現れた。
「お前ら……」
現れたのは、【十執政】『第四位』セルヴィ・ミレトスと、ルシェル・バルザーグだ。
「お、捕まえたのか。やるじゃねえか。早く帰るぞ」
レヴの肩を叩くセルヴィとルシェル。このまま逃がす訳には――
「《瞬間移動》」
「――なっ!?」
その瞬間、ルシェルが『権能』を使った。三人はどこかに消えてしまったのだ。
――為す術なく、最愛の末妹を奪われてしまった。
それと同時に、友達の正体が【十執政】という衝撃的なことが心を襲った――
読んでいただきありがとうございます!




