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第89話『混乱の始まり』

 魔法実習場の少し離れた所に、セツナ、レンゲ、セレナ、エルフィーネ、エリシア、リリスの仲良し女子グループは集まっていた。彼女らは魔法を練習することもなく、ただ地面に座っているだけ。

 ただ他愛もない話をしていた。家族の話だったり、授業の話だったり様々だ。


 そんな話をしていると、唐突に好きな人の話になってしまった。まあ女子ならよくあることだろう。他の女子グループだって、昼食時の食堂でそんな話ばかりしている。


「セツナたちは誰が好きなの?」


 そう質問をするのは、リリスだ。キラキラした目でセツナたちを見つめるのだが、先日の学園祭でエリシアに教えたとおり、彼女にはそんな人いない。もちろん、レンゲにも。


 セレナ、エルフィーネはどうだろうか。


(わたくし)はライン様とアレス様好きですよ」


「アタシも好きだよ〜」


 と、言っているが、彼女らの言う「好き」は『知恵の神』アステナがラインに向ける愛情ではなく、メイドとして、友達として好きだという感じだ。


 ライバルではないのでアステナからすれば嬉しいことだろう。


「そういえば、学園祭でエリシアに聞いた時変な反応したよね?」


 腕を組みながらセツナが呟くと、エリシアがビクッと身体を震わせた。学園祭の日に彼女に同じ質問をしたら、顔を赤らめて変な反応をしていた。


 それが意味するのは、誰かに恋愛感情を持っているという事に違いない。


 瞬時に察知した五人は凄い形相でエリシアに詰め寄った。


「誰誰!? 誰が好きなの!?」


 リリスは身体をエリシアに傾けて聞く。どうやっても離れてくれない友達を見て、エリシアは顔を真っ赤にして呟いた。


「……ス君」


「え? なんて?」


 声が小さくて聞き取れない。セツナが催促すると、まさかの名前が口から出されたのだ。

 

「ぐ、グレイス君……」


「はぁ!?」


 セツナはそう反応してしまう。唖然とした顔を横に振り、エリシアを見つめる。


「グレイス君が好きなの?」


「う、うん」


 兄二人の友達を好きだと言うのだ。驚く他ない。一体どこに惚れたのだろうか。


「グレイス君のどこが好きなの?」


「『ラビリンス・ゼロ』で同じチームだったでしょ? その時になんかかっこいいって思っちゃって……」


 意外だ。エリシアはしっかり者という感じなので、どちらかと言うと口がよろしくないグレイスが好みとは思いもしなかった。


「ま、エリシアが好きなら応援するけど」


 セツナの発言にみんなが同意し、頷く。その瞬間、大きな爆撃音が辺りを響かせたのだ。


 音がした方を向くと――


「あ! ラインお兄ちゃんたちだー! 魔法の訓練してるのかな?」


 ラインとアレスに対して、見たことも聞いたことも無い魔法をぶっぱなすグレイス。ラインたちは了承してるのだろうが、容赦ないグレイスを見てセツナは小声でつぶやく。


「まじでグレイス君が良いの?」

 

◆◇◆◇


  ――『剣聖』アッシュ・レイ・フェルザリアと対峙し、【十執政】『第四位』セルヴィ・ミレトスに緊張が走る。


 前回、彼と『魔導師』グレイスと戦ったが、その時に残機を大幅に減らされてしまった。

 その時のアッシュは『剣聖』の『権能』が無かった。それでも倒されたのなら、今の彼にセルヴィは勝てるだろうか。


「《空間操作》」


 異空間の武器庫から炎の『神剣』アグナシスを取り出す。『剣聖』の『権能』を受け継いだことで、これまで五分間しか使用できなかった『神剣』の使用時間の制限が無くなったのだ。


「行くよ」


 空を飛び、《超加速》で動く時間を加速させてセルヴィに近づく。あまりの速さに、彼は反応出来なかった。


 炎の斬撃がセルヴィの肉体を焼き付くし、残機を奪っていく。だが、それで終わる男では無い。《亡者の印(グレイブ・シグル)》で過去に殺した吸血鬼の力を引き出し、血液の刃を生み出す。


 その剣先に触れ、彼はこう呟いたのだ。


「百個使うか」


 瞬間、彼の頭上に示される残機が百減った。それに対応するように、血液の剣にエネルギーが蓄積したように見えた。


「オラァ!! 喰らいやがれ!」


 水平に斬撃の軌跡を描くと、青白い斬撃が飛ばされた。百個の残機を使用し、高火力の技を仕掛けたのだ。

 命を軽々しく扱うセルヴィを、『剣聖』は許さない。


 迫る斬撃を一瞬にして切り落とし、瞬きする間に右手に持つ炎の『神剣』アグナシスが雷の『神剣』ヴィザレストに切り替わる。


 雷速でセルヴィに接近し、剣を振ると電撃が彼の命を減らす。


「百個!」


 残機が一瞬で減り、それが血液の剣にエネルギーとして供給される。


「はぁぁぁ!!」


「ん?」


 今度は【十執政】が持っている悪魔の呪いの力を使い、紫色のエネルギーが剣を覆った。


 雷速で後ろに下がり、『神剣』ヴィザレストを氷の『神剣』フロストリアに持ち替える。


 その瞬間、セルヴィから一閃が放たれた。しかし――


「危ないよ。大人しく投降する事を勧めるけど」


 迫る斬撃を凍らせ、破壊したのだ。さらにセルヴィを叩き落とし、『神剣』を顔に向ける。その姿は、歳に見合わないしっかりした騎士の姿だ。


 セルヴィが何をしようと、『剣聖』から逃れられるわけが無い。


「投降なんてするわけねえだろ。失せろ」


「そうかい。分かったよ」


 『神剣』をセルヴィに振ろうと持ち上げる。だがその瞬間、全身に異変が走った。身体を動かすと痛みが襲ってくる。攻撃はされていないはずなのに。


 この感触を、以前喰らったことがある。『神龍オメガルス』が学園を襲った日、ラインと一緒にあの男と戦った時と同じだ。


 この『権能』は確か――


「《破壊の衝撃》」


「……君は」


 突如目の前に現れた男。それは、『神龍』戦でラインとアッシュと戦ったルシェル・バルザーグという男。


 ――否、その肉体は今、以前までアッシュの父親を乗っ取っていた悪魔に支配されている。今は【十執政】『第二位』ルシェル・バルザーグと呼ぶのが適切だろう。


 普通なら気づかないはずだが、アッシュはその男に父親を乗っ取っていたものが入り込んでいることに気づいた。

 そして――


「――っ」


 『神剣』フロストリアをルシェルに振った。しかし、何のダメージもない。


「……そっか。君は《無視》を持ってるんだったね」


 《無視》とは、グレイスの持つ《無敵》や《虚無の防御》のような防御系の『権能』。あらゆる干渉を無視し、絶対不変の無敵状態になれるというものだ。

 これを破るには、相手が無敵なら相殺してダメージを与えられる《無敵》の『権能』が必要だ。


 しかし、それを持つグレイスも、それを自分に与えられる四つ子も今は学園にいる。ここにいるアッシュ、ロエン、サフィナでは攻撃が入らないのだ。


「久しぶりだなぁ『剣聖』。お前の父親の身体、結構良かったのにお前のせいで手放す羽目になったんだぜ?」


 その発言に、アッシュの顔が引き攣る。当たり前だ。父親を侮辱されてるようなものだから。『神剣』を振ろうとすると、ルシェルの指先にエネルギーが溜まった。


「《破壊の衝撃》」


 破壊のエネルギーを一点に収縮し、指先から放った。それがアッシュの胸を貫通――する前に、『異能力』が発動した。


「《引力の王(グラビティ・ロード)》!」


 引力でアッシュを引き寄せ、破壊の弾丸から彼を守る。それでも、破壊の弾丸はまだ止まらない。

 しかしそれは、サフィナが対の扇を振る事で跳ね返された。


 絶対不変の肉体に反射されても、ダメージを受けることは無い。余裕を持った態度で、ロエンたちを見つめて笑った。


「ハハッ、つい最近まで【十執政】だったってのに、お前らは『剣聖』の味方をするのか? これはもう俺らの敵って判断して良いんじゃねえか?」


「勝手にすればー? アタシたち別に【十執政】に思い入れないしー」


 敵とみなしたからには容赦しないぞという雰囲気を出すルシェルに、サフィナはそう返す。


「ああそうかよ。ま、いい。セルヴィ、帰るぞ。そろそろレヴがやってくれるはずだ」


「ああ。帰るか」


「待て――」


 アッシュの声も届かず、二人は消えてしまった。おそらく、何かしら『権能』を使ったのだろう。ルシェルの肉体には多くの『権能』が蓄えられているし。


「――二人とも助かったよ。僕は彼らを探す。もし良ければ君たちの力を貸して欲しいんだけど……。どうしたの?」


 何やら神妙な顔つきをする二人に、アッシュは疑問の目を向ける。少し無言の時間が流れると、ロエンは息を飲む。


「まずいかもしれません。レヴが何かするはずです。学園に急ぎましょう」


「ちょっと待って。レヴって誰のこと? そんな生徒、僕は知らないけど」


 アッシュは【十執政】『第九位』レヴ・ダイナスに会っていない。だからロエンたちが誰のことを言っているのか理解していないが、なぜ学園に急がなければならないのか。


「何言ってるんですか? レヴってあなたのよく知る人ですよ? 彼は――」

読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
神だけでなく、こっちでも恋バナが⁉️ しかもグレイスにまさかの春が⁉️ ダブルインパクトですよ。 (「`・ω・)「 セルヴィはやっぱり噛ませ……w アッシュの敵では無いですね〜。 (´ε`) ん?…
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