第88話『殺人鬼の正体』
「――っ!?」
「危なーい。やっぱりかー」
男の刃がロエンとサフィナの髪を掠り、後ろに進む。その姿を目に収めると、再会の喜びが……なんてものは一切ない。一番嫌いな存在だったからだ。
「……何が目的ですか?」
「もう少しで大きな事が起こるからな。出来るだけ残機を増やしておこうと思って」
飄々とした態度で腰に手を置く彼は、【十執政】『第四位』セルヴィ・ミレトスだ。殺害した命を自らの残機に変換する『異能力』を持っている。
「そこら中に書いてある張り紙さー。セルヴィのこと?」
「ああ、殺人鬼が出歩いてるってやつだろ? 俺だよ」
近くの貼り紙を見て、「俺のことだ」といった態度のセルヴィ。そんな彼に、ロエンの冷たい声色が響いた。
「……何人殺したんですか?」
「あーいくつだろう? 《再誕の輪》」
『異能力』を発動すると、彼の頭上に10000と文字が現れた。どうやら、一万の残機があるようだ。
「あーこんくらいか。まだまだだな。今は人が出歩いてないし、お前らのでも貰うか」
「【十執政】が死ねばあの方が悲しむのでは?」
「お前らはもう【十執政】じゃないんだし関係ないだろ」
「――っ」
【十執政】は順位の高い方が実力も上だ。そのため、『第八位』だったサフィナよりも『第七位』だったロエンが、ロエンよりも『第四位』のセルヴィの方が強い。
先日戦った『第六位』クロイツ・ヴァルマーと『第九位』レヴ・ダイナスは近い順位のため、試合が成立した。だが、今回は無理だろう。一万の残機を削る前に、二人の体力が尽きてしまう。
ならば、二人の取る手段は――
「ん? どーしたのロエン? 手なんか繋いで」
「逃げますよ」
そして、黒い羽根のような霧がロエン達を包み込み、そのまま――
「させねえよ!!」
「――っ!?」
ワープで逃げる前にセルヴィの刃が二人の間を割いた。そして、連撃が続く。
「ちょっとー危ないってー」
花のように綺麗な桃色や黄緑色が入った「フロリーレ」という対の扇。それを振ることで鋭い斬撃がセルヴィの刃と衝突し、金属音が辺りに響く。
「《幻焔花界》」
『異能力』を発動し、扇を振ると大量の花の軌跡がセルヴィを囲う。これに触ると五感が錯乱してしまう上に、鋭い斬撃が全身を襲う。だが――
「オラオラオラァ!!」
セルヴィは死ぬことを恐れていない。《再誕の輪》で復活すると、全身がリセットされる為錯乱した五感もすぐに治る。
だから、セルヴィは花の軌跡に突進した。
花の斬撃が彼の肉体を切り刻み、五感を錯乱させる。だが、一万の残機が一つ減ると――
「どんな攻撃でも元通りだ!」
リセットされた万全な肉体で、サフィナに襲いかかる。流石のサフィナも、命知らずな男からの攻撃は避けられない。
呆然と立ち尽くす彼女に、刃が接近する。当たる寸前に、ロエンの『異能力』が発動した。
「《斥力の王》!」
斥力が発生し、セルヴィを近くの建物にぶっ飛ばす。衝突した建物には巨大な穴が空いていて、普通なら無事じゃ済まないだろう。だが、相手はセルヴィだ。そんなのは傷にカウントされない。
「ハハッ! 行くぞ!」
殺人鬼のような笑顔で接近し、刃を振る。ロエンは剣のような武器を持っていないため、それを捌くのはサフィナに任せなければならない。
金属音にセルヴィの大きな声、さらには建物が壊れる音が周囲を響かせる。普通なら人が見に来るだろうが、今は殺人鬼に怯えて隠れている人々しかいない。
「――っ。しんどいなー。容赦ないねー」
「お前ら、俺にだけ冷たかったしな。丁度いいストレス発散だ」
セルヴィの素早い剣裁きにサフィナは段々追い詰められる。だが、それを救うのがロエンだ。
「《引力の王》」
「おっと……」
セルヴィを引力で引き寄せ、魔力を込めた打撃を放つ。もちろんそれだけでは大したダメージにはならない。だから――
「エクスプロード!」
魔力を世界に放出し、炎魔法最強の「エクスプロード」を打ち出す。目の前にあるもの全てを消し炭にするような威力にを喰らい、セルヴィの全身は消される。
しかし、《再誕の輪》は肉体が滅べば新たな肉体をこの世に再構築するものだ。残機が無くなるまで、絶対に死ねない。
「ハハッ、良いじゃねえか。ただ、これならどうだ? 《亡者の印》」
その瞬間、セルヴィの動きが変わった。吸血鬼しか出来ないはずの血液操作を始め、自分の血を武器にして襲いかかってきたのだ。
「――っ!? 吸血鬼を殺したんですか?」
「ああ。数百年も前だけどな」
セルヴィのもう一つの『異能力』――《亡者の印》。それは、殺した相手の能力を使うことが出来るというものだ。そのため、過去に殺した吸血鬼の力を扱うことが出来ている。
ロエンとサフィナはもちろん彼の『異能力』を知っている。ただ、大嫌いな相手だったのでどんな奴を殺して能力を使えるのか聞いたことがない。
「ハハッ、遅い遅い!」
これまでの倍以上の速度で動き回り、血液の刃で襲いかかってくる。流石のロエンとサフィナでも、全てを捌ききることが出来なかった。
ロエンの頬に血が流れ、服で拭う。顔を上げてセルヴィを探すが、消えていた。そう思っていたら、殺気に全身を襲われた。
「じゃあな。俺の残機になりやがれ!」
今度はどんな能力を使ったのだろう。セルヴィの指先から魔力が伝わり、それがビームのように発射される。普通に当たれば、命の保証は無い。そして、それが放たれてしまった。
「サフィナ!」
「あっ……ロエン……」
ロエンがサフィナを突き飛ばし、彼女は近くの建物に背中をぶつけて倒れる。だがそのおかげで、セルヴィの攻撃を喰らわなくて済みそうだ。だが――
「ロ、エン? 嘘でしょ?」
魔力砲が一気に彼に降り注ぎ、彼の命を滅ぼした。最後に見たロエンの笑顔が、サフィナの脳内で再生される。
「バカ……。いつもいつもそうやって……」
最近、段々と感じるようになってきた感情が再び消えそうになっていた。だが、そんな事は無くなった。なぜなら――
「ん……君は……」
「大丈夫? 大きな音が聞こえたから来たんだけど、来て正解だったね」
ロエンは死んでいなかったのだ。地面に倒れるロエンの前に、一人の男がいる。青みがかった銀髪を持ち、右手には長剣を持つ男。
『剣聖』アッシュ・レイ・フェルザリアが立っていたのだ。
「お前、『剣聖』か。なんで……」
「何となく分かってたけど、殺人鬼は君だろ? 騎士として、見逃す訳にはいかない。ここからは僕が引き継がせてもらおう」
『剣聖』と対峙したセルヴィの頬に、冷や汗が流れた――
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