第87話『怒涛の混乱』
魔法学園の朝は早い。教室に入り、自分の席についた四つ子とメイド二人はぐったりと机に顔を伏せる。
「昨日めっちゃ疲れたな……」
「お疲れ様ですよ皆様」
昨日、『炎神』たちと戦った四つ子はかなり疲れてしまった。肉体は『時間の神』に治してもらったので普通に動けるが、疲れている。
「あーおはよー。何してんだお前ら?」
「あーグレイス。おはよう。あれ、アッシュは?」
眠そうにドアから入ってきた銀髪の少年は、『魔導師』グレイス・エヴァンスだ。いつもなら『剣聖』アッシュ・レイ・フェルザリアと仲良く登校してくると言うのに、今日は彼一人のようだ。まさか……
「もしかして喧嘩した?」
「してねえよ。あいつの家に行ったんだが、あいつのお母さんに『アッシュは騎士団の仕事が急遽入って王都レガリアに行ってるの』って言われてさ」
アッシュの母親のセリア・フェルザリアにそう言われたらしい。『剣聖』の『権能』を引き継いでから騎士団に入ったアッシュだが、何かしら事件が起きれば学園よりもそちらを優先しなければならない。
以前よりも忙しくなったアッシュを応援するも、一体どんな仕事なんだろうか。そんな風に思っていると、担任のカイラス・ヴァルディ先生が入ってきた。
「はいお前ら席につけー。一昨日学園祭だったからって気を抜くなよ? 今日からいつも通りの授業だからな」
「えー」と残念そうに呟くクラスメイトの声が教室を覆う。騒がしいクラスを落ち着かせるように、手を叩いた。
「お前ら静かにしろ。一限から魔法だからな。じゃあ始め――」
そこで、先生が動きを止めた。全員が首を傾げていると、彼の目の前に紫色の魔法陣が現れた。それは、連絡魔法だ。どうやら職員室から全ての先生に送られたようだ。
「なんだこれ……。えっと、お前ら自習してろ。あ、魔法実習場で魔法の訓練でも良いからな!」
と、先生は職員室に向かって走り去ってしまったのだ。突然の出来事にポカンとしていたが、すぐに冷静になる。だって、自習だ。これほど嬉しいことは無い。先生の厳しい授業を受けなくて済むのだから。
「よっしゃ! 実習場行こうぜ!」
と、それぞれ教室から出て外まで走り始めた。もちろん、ラインたちもだ。
――音が消えた廊下には、たった一人の足音だけが響いていた。
◆◇◆◇
――魔法実習場に着いた面々は、それはもう楽しそうに魔法の練習を始めた。この学園はレガリア王国最高峰の魔法学園なので、積極的に勉強に取り組む子が多い。
だからみんな魔法にも全力で取り組むのだが、授業だけはカイラス先生が怖くて苦手らしい。
ライン、アレス、グレイスは少し離れた所でそれを見守っていると、グレイスがだるそうに呟いた。
「自習って言われてもなー。練習する魔法ねえし」
地面に座り込み、だるそうに周囲を見渡すグレイス。アレスも軽く微笑み、彼の隣に座った。
「そういえば、学園祭の時の魔法凄かったね。練習してたの?」
「ああ。一ヶ月間毎日教えられてな。頭がおかしくなりそうだった」
綺麗な星空の魔法だったが、あれほどの魔法を成功させるには多大な努力が必要だ。魔力を繊細に操ることが出来ないと失敗してしまうから。
一応、グレイスは初日で魔法を再現出来たのだ。しかし、彼があまりにも早くできたため、先生が気合いを入れすぎて歴代のフィナーレの魔法よりも数段階上になるまで練習させられてしまった。
本当にお疲れ様といった感じだ。
「お前らは誰かと一緒に見たのか? 結ばれるって伝承があったけど」
「僕たちはみんな一緒に見たよ。グレイスは?」
四つ子とメイド二人、そして、ラインにあんな事をした『知恵の神』は一緒に星空を見上げていたが、グレイスは一体誰と星空を見上げたのだろうか。
「あ? いつ来たのか分かんなかったけど、気づいたらアッシュがいたんだよ。《超加速》で来たんだろうな」
仲のいい幼馴染なことだ。グレイスの隣で何事も無かったかのように立っているアッシュを何となく想像出来てしまう。
「はぁ、じゃあ練習するか。お前らちょっと付き合え」
「え? まあいいけど。何の練習するんだ?」
「最近新しい魔法を思いついてな。お前らくらいしか手伝ってくれないだろうし」
さすが『魔導師』だ。彼しか使わない「エレメントキャタスト」のような魔法を新しく開発したらしい。
「凄いね。エレメントキャタストは代々伝わる魔法なんだっけ? グレイスの先祖が作ったの?」
「いや、違うらしいぞ」
そんな答えを返され、ラインとアレスは「は?」といった顔になる。エヴァンス家に代々伝わるオリジナルの魔法と聞いていたので、先祖が作ったものだと思っていたのだが……
「あれはアステナが作ったらしいぞ。それをうちの先祖が教えて貰って、それをどんどん改良して今に至るってわけ」
「アステナが!? あ、『知恵の神』だし出来そうだな」
まさか彼女が開発していたとは。前まではずっとエヴァンス邸に居候していたし、グレイスの先祖達と魔法の開発をしていたのなら納得のいく理由だ。
「じゃ、始めるから頼んだ」
グレイスの頼みを二人は快く了承し、頷いた。
◆◇◆◇
――ここは魔法学園から少し離れた王都レガリアだ。そこを"元"【十執政】のロエン・ミリディアとサフィナ・カレイドは歩いていた。どうやら、仲良く買い物に来たようだ。
周りには巨大な建物が沢山あり、首都としての威厳を感じる。
遠くに見える大きな建物は王様の住む宮殿だったり、騎士団が働いている騎士団本部もある。
しかし、何かがおかしい。周りにある店は全て閉まっていて、人がいる気配がない。何か祭りでもあるのかと考えるが、そんなのはない。一体何事だろうか。
「なーんか静かじゃない? 暗すぎー」
「ですね。何かあったんでしょうか? おや、何かが書いてますよ」
ある店の前で立ち止まると、貼り紙がしてあった。それには大きな文字でこう書かれていたのだ。
『近頃、王都レガリアで殺人鬼が出歩いていると噂されてます。しばらく休業と致します。申し訳ございません』
と。
「殺人鬼ですか? 物騒ですね。帰りましょうか。――どうしました? サフィナ?」
「……ねぇ、殺人鬼ってさ、まさかとは思うけど……違うよね?」
「……まあ、可能性としてはあるかもしれませんね」
二人が思い浮かべた人物は一緒だ。その相手は、彼らが苦手を通り越して大嫌いな人物。
それは――
「よお、久しぶりだな。お前らの命貰うぜ」
「――っ!?」
声で分かる。その男はロエンたちが想像していた者と同じだ。しかし、姿を視認するより先に、男の持つ刃が二人を襲った――
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