第80話『混沌の始まり』
第五章開始です!
――陽光が窓から差し込み、身体に当たる。
昨日は学園祭だった。メイド喫茶も上手くいったし、フィナーレのイベントも美しかった。今日は学園祭の振り替え日。学園が休みのため、いつもより目が覚めるのが遅かったようだ。
「ん……朝か……」
眠い目をこすりながらゆっくりと開く。すると、目の前に見えるのは白銀の髪と瞳を持つ神秘的な女性、『知恵の神』アステナだ。
「――っ!?」
いつも通り一緒に寝ているのだが、昨日の一件でラインは彼女に何かしら感情を抱いてしまった。
それが一体何なのか、彼にはまだ分からない。
ただ、『知恵の神』がラインに向けているものと同じだろう。
「ん……おはようライン君」
「あ、ああ、おはよう」
挨拶を済ませ、無言の時間が流れる。一瞬目を合わせたが、お互いに顔が赤くなり目を逸らしてしまう。
気まずくなり、動くタイミングを失っていると、ドアが力強く開けられた。
「おっはよう! 朝ごはん出来てるよ! 早く来て!」
「あ、ああ。おはようレンゲ。すぐ行く」
転びそうになりながら廊下を走る二人を見て、レンゲは首を傾げた。
「あ、おはようございます」
階段を降りると、料理を並べていたセレナと目が合い、挨拶を交わす。
「今日のご飯は……このスープはなんだ?」
席に着いたラインが、並んであるスープに目を向けるとエルフィーネが声を上げた。
「は〜い。アタシが作りましたよ〜。最新作で〜す」
「あ、ああそうか。またスープか」
エルフィーネはちゃんと料理は上手いのだが、スープだけはどうも上手くいかない。今回はどうだろうか。そう思って全員がスープを口に運ぶ。
その瞬間、彼らの顔に現れたのは苦悶の表情。相当不味かったようだ。どうすればこんな不味いスープを作れるのか意味が分からない。
「え〜ダメですか〜? スープ以外なら作れるんですけどね〜」
「エルフィーネ、当分スープを作るのはやめましょうか」
セレナにそう言われ、エルフィーネは口を尖らせて不満そうにしている。しかし、スープ以外なら作るのは上手なのでそちらを頑張って貰いたい。
「今日はどうするの? どこかお出かけする?」
「うーん……特に行きたいところないし。庭園の花でも育てようか」
隣に座るセツナに尋ねたレンゲだが、姉にそう言われたことで嬉しそうな表情を見せる。
「僕は図書室で本でも読もうかな。兄さんはどうする?」
「そうだな……アッシュたちの家に遊びに行ってみるか」
そして、朝食を終えた各々がそれぞれ活動を開始しようとすると、アステナが声を上げた。
「ん、どうした?」
首を傾げて全員が彼女を見つめる。何やら深刻な顔をしている彼女を見て息を飲むと、彼女は言葉を紡いだ。
「昨日、アスタリアたちとも話したんだけどさ。【十執政】のことなんだけど……」
◆◇◆◇
――日が差す中、エヴァンス邸の庭で『剣聖』アッシュ・レイ・フェルザリアと『魔導師』グレイス・エヴァンスが対峙していた。
「なんで休日に戦わないといけないんだよ……。めんどくせぇ」
「ごめんって。僕の戦闘訓練を手伝ってよ」
「はぁ……まあ良い。今度は俺から行くぞ」
その瞬間、グレイスから水、炎、雷魔法が一斉に放たれる。体内の魔力を変換し、この世界に魔法として出現する。
「――」
迫る魔法を長剣で切り落とし、《超加速》の『権能』で一気に接近する。
『剣聖』の刃は、並大抵の相手なら身体を切断されるほど高威力のものだ。しかし、グレイスの『権能』の《無敵》により、それは防がれた。
「お前容赦ねえな!?」
「これでも手加減してるよ。それに、グレイスは死なないって信じてるから」
「幼馴染への扱いが雑なんだよ! ボルトランサー!」
瞬間、雷魔法で二番目に強いそれが放たれ、複数の槍がアッシュを襲う。だが、それは一瞬にして切り刻まれてしまった。何もしていないのに槍は壊された――ように見えただけ。
実際には、グレイスの目でも追えない速度で剣を振っただけだ。
これは、彼が『剣聖』の『権能』を得たおかげで相手の攻撃がどんな軌道を描くか見えるのだ。あとはそれを対応するだけで良い。
と言っても、それが出来るのは彼くらいかもしれないが。
「はぁっ!」
力強く剣を縦に振ると、斬撃が飛ばされた。空間を切断するほどの威力を持つが、《無敵》には意味が無いようだ。それを受けたグレイスはピンピンしている。
アッシュの攻撃は止まらない。元々剣才は人間の限界を超えていた彼だが、『剣聖』の『権能』を得た事で更なる化け物へと進化した。今や、四つ子を除いて彼に勝てる存在はこの世界にいるのだろうか。
幼馴染のグレイスでもそう思ってしまうほどの力。グレイスは彼に勝てるイメージが全く思い浮かばない。
負けることは無いが勝つことが出来ないと感じている。
「――!」
アッシュから見ても、無敵の親友は良い訓練相手だ。どんな攻撃をしても絶対に死なないのだから。今のように、通常の者であればバラバラになるほどの斬撃をグレイスは傷一つ負っていない。
「お前俺の事サンドバッグか何かだと思ってねえよな?」
「思ってない。次行くよ」
そして、アッシュの戦闘能力を高める訓練は再開した。
◆◇◆◇
冷たく暗い空間で、長方形の真っ白なテーブルに【十執政】は座っている。
【十執政】を辞めた『第七位』ロエン・ミリディア、『第八位』サフィナ・カレイド、『第十位』ヴァルク・オルデイン、そして、ラインたちに捕まった『第六位』クロイツ・ヴァルマーがいないため、六人しかこの場にいない。
そんな中、『第九位』レヴ・ダイナスは縄で椅子に拘束されていた。
「おい、これ外せよ」
「お前がいつ裏切るか分からないからな。あの方からの命令だ」
何とか外そうと身体を動かすが上手くいかない。悪態をつく彼に『第一位』ソールはそう答えた。
「ヴァルクが抜けなかったらもっと効率的に『創世神』の力を集めれたのに……残念」
アレン・クロスとして学園に潜入していた彼が辞めなければ、もっと多く集められたのにとソールは愚痴を言う。
「ま、良いだろ。おい、お前はどれだけ集めれたんだ?」
「その身体で俺に命令しないで欲しいんだが……ほら、指輪だ」
レヴが机に置いた指輪は、『創世神』の力を回収する指輪だ。見たところ、そこそこの量を集めているようだ。
「それじゃあみんな指輪を出して。あの方に持って行く」
ソールの呼び掛けに応じ、五人は指輪を机に置いた。これだけ『創世神』の力があれば、あの方たちを復活させるにも夢ではない。
さらに奥にある巨大な扉をゆっくりと開けると、二体の石像が立っている。それは、長年封印されてしまった者たちだ。彼ら二人が【十執政】を指揮している。
「来たか。指輪の力を流せ」
「はい、かしこまりました」
二体の石像の真ん中にある謎の装置に指輪をはめた瞬間――
眩い光が暗い空間を包み込み、昼のような明るさをもたらす。指輪にあった『創世神』の力は全て二体の石像に流れ、石像にはヒビが入った。
しかし残念ながら、もう少し力が必要なようだ。封印の解除に至らなかった。
「――まあいい。想定内だ。次の手段は考えてある」
動けないはずの石像の顔が、ニヤリと笑みを浮かべた気がした――
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