第73話『メイド服を着るのは誰?』
――五限が始まると、決めることになったのは誰がどんな仕事をするかだ。
メイド服を着る人、食事を作る人、案内する人……などなど。
まず、男子たちからすれば一番大事なのは誰がメイド服を着るか。
誰もが女子だけメイド服を着るものと思って話を進めていた。だが、女子の一人がとんでもない事を言い出した。
「男子も二、三人くらいメイド服着てよー」
「「「「「は!?」」」」」
男子全員の声が被る。男子の一人が抗議しようとするも、睨んでくる女子の圧に負けてしまう。
「……おい、睨み合ってないで誰が着るのか早く決めろ」
カイラス先生に急かされ、女子側からは三人、男子側から二人メイド服を着ることになった。
――男子の会議が始まる。誰がメイド服を着るか。しかし、もちろん誰も手を挙げない。女子のメイド服を見たかったのに、自分たちが着る勇気など到底ない。
「決まらなかったら俺が適当に選ぶからなー」
時計を見て大声を出した先生。ビクッとした生徒たちは早く決めようと急ぎ出した。
「ほ、ほら、お前で良いんじゃね? 似合いそうだし」
「いやいや、お前の方が似合うって……」
そんな風に押し付けあいをしているが、一向に決まる気配がない。
こんな時は――
「じゃあエレメンタで決めるか! 負けた二人がメイド服な!」
「ああ、そうだな」
生徒が言った「エレメンタ」というもの。それは、一種のゲームみたいなものだ。
することは簡単。炎、水、氷魔法を一斉に出し、勝つか負けるか、はたまたあいこか。
ルールとしては、炎と水なら水の勝ち、炎と氷なら炎の勝ち、水と氷なら氷の勝ちという感じだ。同じ属性を出せばもう一度することになっている。
「じゃあ行くぜ? せーの――」
男子全員が一斉に炎、水、氷どれかの魔法を手に出現させる。魔力が身体を流れ、それぞれの属性に変化しこの世に具現化する。
それは、属性神が人々に使うことを許した属性魔法だ。
最初の勝者は――
「はい、俺の勝ち」
そう呟いて手を挙げるのは『魔導師』グレイス・エヴァンス。最初に一手で勝ったのだ。彼が出したのは炎魔法。一回目で彼以外が氷魔法を出したおかげで、勝利することが出来た。
――いや、そんな事が一度で成功するなんてほぼありえない。誰もがそう思い、そして首を傾げた。なぜなら、自分が出そうと思っていた魔法とは違い、氷魔法が手から出たのだ。
――そしてそれは、グレイスのせいだ。
彼は魔力の種類から、どの属性魔法が出てくるか瞬時に理解することが出来る。そして何より、今回彼がしたこと。
それは、氷魔法以外を出した男子の魔法を全て氷魔法に置き換えるという姑息な手を使ったのだ。
「お、お前ずるいぞ!」
「だってメイド服着たくねえし」
耳に人差し指を突っ込み、「俺は何も聞かない」というような堂々とした態度。
「まあグレイスの勝ちでいいよ。僕たちは続けよう」
「行くぞ? せーの――」
アッシュにそう言われ、男子はもう一度掛け声をだし、どれかの属性魔法を手に出現させる。
何度も、何度も繰り返し、ようやく――
「よっしゃあ勝った!! てことで、負けた二人がメイド服な!」
決着がついた。負けた二人の男子は――
「先生! 決まりました! こいつらです!」
「あ、ちょ」
隣にいた男子が敗者二人の手を取って上に挙げる。それを見たカイラス先生は生徒の名を黒板に書き始めた。
「えっと……ファルレフィアの兄の方と、フェルザリアか。まあ、頑張れ」
「「はい……」」
敗者二人は、ラインとアッシュだった。二人とも水魔法を出し、もう一人が氷魔法を出したことで二人は負けてしまった。
二人は両手を頭にくっつけて口笛を吹いているグレイスを睨む。
「グレイス、お前……」
「グレイス、よくも……許さないよ」
「え? なんの事だ? 知らないなー」
わざとらしくそう言ってニヤニヤするグレイス。ラインとアッシュは本来なら勝っていた。炎魔法を出そうとしたところを、グレイスが氷魔法に置き換えたのだ。
先程に加え、これで二回も姑息な手を喰らった。出そうになる拳を抑え、ため息をつく。
「先生! 女子も決まりました!」
そんなところで、女子も誰がメイド服を着るか決まったようだ。男子とは違って、こちらは話し合いで済ませたようだ。
手を挙げる三人の顔を見て、先生は黒板に名前を書き出す。
「ファルレフィアの姉の方とアルセリアとモランジェか」
メイド服を着ることになったのは、セツナ、エリシア、エルフィーネ。恥ずかしげもなく「は〜い」と手を挙げるエルフィーネと、顔を赤く染めながら手を挙げる二人。
三人を見て、男子の歓声が上がった。
◆◇◆◇
――ファルレフィア家の図書室で、ただ一人本を読んでいる女がいた。
彼女は『知恵の神』アステナだ。四つ子とメイド二人は学校のため、この時間は彼女一人だけ。
「――」
とんでもない速度でページをめくっているが、彼女はその内容をちゃんと理解している。幼い頃から分厚い本を読んできた影響だ。
読み終わると、本を机に置いてため息をつく。
「これも読んだことある本だったね。アルケウスは全然本を持ってないじゃないか。殆ど私が持ってるものだったし」
この図書室は普通の本屋くらい大量の本があるのだが、グレイスの屋敷にあった彼女の部屋のよりかなり少ない。
知っている本ばかりで飽きたアステナは図書室を出て、廊下を歩く。彼女の足音だけが響き、その音はある一つの扉の前で止まった。
「……良いよね? 毎日一緒に寝てるんだし」
ドアをゆっくり開け、部屋に入る。それは、ラインの部屋だ。
入るとすぐ、ベッドに身体を倒した。枕に頭を埋めて匂いを嗅ぐ。
「ん……ライン君の匂いがする」
『知恵の神』とは到底思えないその行動を見る者は誰もいない。枕を抱きしめながらベッドの上をくるくると回り続けていた。
「いい匂い……早く帰って来ないか――な?」
――途端、空間が一気に変わった。ラインの部屋にいたはずだが、気づけば目の前に白銀の神殿が見えた。
枕を抱きしめて顔を上げる彼女に、後ろから声が聞こえてくる。
「あ、アステナ来た? スピリアに呼んでもらったんだよ。話したいことがあるからって――」
『時間の神』アスタリアが手を振り、こちらに歩いてくる。そして、アステナが枕を持っているのを見て首を傾げた。
「寝てたの? ――あれ、もしかしてその枕って?」
瞬時に理解した『時間の神』は口角を上げ、ニヤニヤしてアステナに近づく。
「ち、『知恵の神』がそんな事するんだね。早く言っちゃいなよ、好きなんだって」
「う、うるさい! からかうんじゃないよ!」
「アハハ……ご、ごめんって。追いかけて来ないでよー」
顔を真っ赤にしたアステナがアスタリアを追いかけ回し、その足音が響く。
そして、それで起きた『夢の神』フォカリナも出てきた。
「んー。あれ、アステナいるじゃん。追いかけっこしてるの? あたしも混ぜてー」
そして、『時間の神』を追いかける『知恵の神』、それを追いかける『夢の神』という不思議な場面。
その騒がしさを見に来た『生と死の神』アリシアスと『法則の神』ファルネラ。
「何してるの? 三人で追いかけあって。ボクも行こっと」
「あ、アリシアス!? ちょっと! フォカリナもやめなさい!」
姉を無視して追いかけっこをする『夢の神』と『生と死の神』。四人で追いかけ合う姿を見て、ファルネラは頭を抱えた。
「大変だね。僕は姉さんに頼まれたからアステナを移動させたのに」
「ですね。ほら、そこまでですよ、アスタリア。アステナに話があるのでしたよね?」
ファルネラの声が響き、突然アスタリアは止まって大声を出す。
「あ、そうだった!」
「うわぁ! 急に止まらないでよ!?」
アスタリアが急に止まったことで、スピードを抑えられなかったアステナ、フォカリナ、アリシアスは次々と衝突し、地面に倒れてしまう。
「本当に何をしているのですか……」
ファルネラが呆れて呟くと、四人は頭を抑えてゆっくり立ち上がった。
「アスタリア、私に何か話があるの?」
「うん。昨日、貴女たちがクロイツ・ヴァルマーを捕まえてくれたでしょ? 彼から教えてもらった話を聞いて欲しい」
先程の悪戯っぽい表情とは違い、真剣な表情。アステナが息を飲むと、『時間の神』は話し始めた――
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