第72話『昼食の出来事』
――四限が終わると、昼食のチャイムが鳴る。カイラス先生に挨拶をすると、クラスメイトたちは一斉に食堂に走っていった。
扉を開き、廊下に出ると生徒の姿はもうない。『剣聖』と『魔導師』と共に歩く音が響き、クラスの出し物がメイド喫茶になった事への驚きを呟く。
「なんでメイド喫茶なんだ? 男子たちはみんなメイド喫茶に投票したし……」
「そりゃあメイド服着てる女子を見たい奴らが多いだけだろ」
「そういう物なのか……」
グレイスからそう返され、ラインは小さく呟いた。メイド服を着ている女子を見たいという感情が、ラインにもアレスにも理解できない。
これは、彼らが吸血鬼だからだ。吸血鬼はエルフと同じくらい長い寿命を持つ生命体で、人間とは比べ物にならないくらい長生きする。
そのため、人間のように若くして結婚したりすることがないし、そういう欲も少ないのだ。
一応、例外としてはラインたちの母親のルナミア・ファルレフィアもいる。
彼女は二十歳の時に『創世神』アルケウスと結婚し、その五年後にライン達四つ子がこの世に生を受けた。
彼女のように早く結婚する吸血鬼は稀にしかいないのだ。
――ちなみに、ラインが『知恵の神』アステナの好意に全然気づいていない理由もこれにある。彼女がラインを落とすのは一体いつになるのやら……
「あ、そういえば、アステナは元気か? ずっとお前らの所にいるらしいけど」
「ああ、まあ元気だと思うよ。セレナたちと一緒にご飯を作ったり、部屋の掃除をしたりとか。僕には楽しそうに見えるかな」
「まじかよ……。あいつ俺の家にいた時はずっと引きこもってただけだぞ?」
グレイスの屋敷にいた時は必要最低限以外は部屋から一歩も出なかったアステナ。そんな彼女が、ラインたちの屋敷では普通に部屋から出ていて家事をしているというのだ。
ずっと引きこもりの彼女しか見ていないグレイスからすれば、親目線のような感慨深い気持ちを抱く。
「まあ、多分ラインのことが……ね?」
顔を合わせ、頷くアッシュとグレイス。そして、何となく気づいているアレスもニヤニヤしている。
だが、やっぱりラインには分からない。
「なんで笑ってんだお前ら?」
◆◇◆◇
食堂につくと、四人は「豚の炎焼き」という食事を頼む。前回も食べたが、アッシュとグレイスには辛すぎたらしい。それでも、この学園のメニュー内で一番美味しいと言われるそれの味は本物だった。
「やっぱり辛ぇ……。でも美味いしな」
「辛いね。舌が焼けそう……」
相変わらず辛くて少しずつしか口に運べない『魔導師』と『剣聖』。そしてラインとアレスも相変わらず平気そうに食べている。
それが吸血鬼の体質なのか『創世神』だからなのか、それともただ単にこの二人が辛さに耐性があるのか分からないが、次々に口に運ぶ兄弟をアッシュたちはじっと見ていた。
「おい、俺もここで食べていいか?」
後ろから聞こえてきた声。それは、【十執政】『第十位』ヴァルク・オルデイン……否、学園ではアレン・クロスだったか。
『第七位』ロエン・ミリディアと、『第八位』サフィナ・カレイドと共に【十執政】を辞めた彼。
そのことをライン達はまだ知らなかったが、ラインの隣に座ると話し始めた。
「昨日はロエンとサフィナが世話になったようだな」
「まあな。結構助かったぜ? 捕まえたクロイツを俺らに引き渡してくれたし」
「聞いた。って、あいつの事は取り逃したようだな」
ヴァルクにそう言われ、ラインはため息をつく。あいつというのは、『第九位』レヴ・ダイナスのことだろう。
本来ならば、クロイツと共にレヴは天空にいるアスタリアたちの元に送られるはずだったのだ。しかし――
「あの時、お前らを邪魔したのは『第二位』だ。まんまとやられたな」
「俺が会ったことないやつか。また面倒くさそうだな……」
昼食を取りながら説明してくれたヴァルクにラインはそう答える。すると、暗いような、怒りが込み上げてきているような声が聞こえた。
「……『第二位』だって?」
「ん? ああ。それがどうした?」
――【十執政】『第二位』ルシェル・バルザーグ。以前、学園を『神龍オメガルス』を使って襲った学園の生徒。『第九位』レヴ・ダイナスの部下でもあり、今はその身体は何者かに乗り移られている。
その何者かがルシェルを次の宿主にした理由。それは、先代『剣聖』エルン・レイ・フェルザリアの肉体を乗っとっていたのに、『剣聖』アッシュ・レイ・フェルザリアに『剣聖』の『権能』が引き継がれたことで負けたからだ。
エルンの肉体が用済みとなったことで、新たな宿主をルシェルに変えた。
なぜアッシュが『剣聖』の『権能』を引き継いだのか。それはグレイスしか知らない。今彼が怒りを抑えていることも。
「……いや、大丈夫。なんでもない」
グレイスに背中を撫でられ、ゆっくり深呼吸する。落ち着いたのか、そう言うと豚の炎焼きを食べ始めた。
彼の様子に首を傾げ、ラインはヴァルクに尋ねる。
「ロエンたちはどうなった? 俺らにクロイツを渡したからって抹殺とかされてないよな?」
「安心しろ。あいつらと俺は【十執政】を辞めた」
「「「「はっ!?」」」」
なんでそんなに驚いているのかと不思議な顔をするヴァルク。クロイツを渡したせいで解雇されたのかと哀れみをかけると、彼はため息をついた。
「そんなんじゃない。俺たちは……まあ、三人で暮らせれば良かったんだよ」
「ま、よく分かんねえけど頑張れ。【十執政】じゃなくなったんなら、友達になれるだろ?」
ラインの言葉を聞いたヴァルクは、少しだけ笑う。そして、再びため息をつくと彼を見つめた。
「まあ良いぞ。【十執政】を辞めたとはいえ、まだ『異能力』は持ってるが」
「……」
――やっぱり、もう少し検討しよう。そう思ったラインであった。
「お、ライン達に……えっと、アレン・クロスだったっけ?」
再び声が聞こえてくる。その声は、『煌星の影』レオ・ヴァルディだ。
レオに学園での偽名を呼ばれ、ヴァルクは学園の生徒の「アレン・クロス」として振る舞う。
「……ああ」
アレンの目の前に座ると、食事を始めた。見た感じ、彼もラインたちと同じ料理を食べている。
「お前辛いの食べれんのか?」
「いやー普通だな。どっちかといえば苦手だ。辛っ。――ん? どうしたアレン?」
熱い肉を氷魔法で冷やしながら口に入れていると、じっと睨むアレンと目が合う。首を傾げてそう言うと、アレンは睨んだまま口を開いた。
「……別に。随分と暇そうだな」
「暇じゃないぞ。学園祭もあるし大変でな。あ、アッシュ。昨日断ったの悪いな」
「いや、別に良いよ。予定があったんだろう?」
アッシュの質問に「ああ」と答えると、再びアレンと向き合う。お互いに見つめ合い、何やら不穏な空気が漂う。
「……まあいい。俺は教室に戻る」
「おう、じゃあなーアレンー。――なあ、あいつってあんな感じなのか? 暇そうとか言ってくるのは酷いだろー」
席を立ち、食堂から出ていくアレンに手を振ったレオ。彼が居なくなった後、ラインの耳に口を近づけそう囁いた。
「俺もそんなに仲良くないしわかんねえ。まあ、学園に入学した次の日に俺に魔法をぶっぱなしてきたお前には言われたくないと思うけどな」
冷たいアレンを酷いやつだよなーと言ってくるレオを皮肉る。すると、彼は笑ってラインの肩をバシバシ叩く。
「ハハッ、悪い悪い。――おっと、チャイム鳴ったな。教室戻らねえと。じゃあな」
「ああ。また」
――教室に向かって走っていくレオ・ヴァルディの姿を、ラインたちは見つめていた。
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