第68話『【十執政】『第八位』サフィナ・カレイド』
――【十執政】『第八位』サフィナ・カレイドが持つ、花のように綺麗な桃色や黄緑色が入った対の扇。
「フロリーレ」というその扇が水平に振られ、花の形の軌跡を描いた。
鋭い斬撃は『第九位』レヴの胸を切り裂き、血を流しながら地面に落ちてゆく。
「く、そが……」
速すぎるレンゲに気を取られていたことで、ロエンたちが何をしているのかを見る暇さえなかった。
まさか、ロエンの《斥力の王》でサフィナが飛ばされてくるとは考えもしなかった。
レヴが地面に落下しているのを見て、『第六位』クロイツは焦りを見せる。
レンゲにさえ対抗できていないのに、サフィナが……クロイツが一番苦手な女まで次の獲物を見る獣のように瞳をこちらに向けてくる。
「――っ」
このままでは負ける。彼らの理想郷を作れないまま。
そんなのは嫌だ、絶対に嫌だ!
「ウザー。世界を支配したいなんてつまんない事考えてるから負けるんだよー?」
「フッ、どうせ、お前らが復活させようとして魔王も、神も! 同じことしか考えてないだろ! みんなバカばかりだ! お前も、ロエンも、全部!」
呆れた目つきでだるそうに話すサフィナに対し、クロイツは怒号を浴びせる。それを聞いて、サフィナは眉をひそめてつぶやく。
「……そーかもねー。やっぱり、アタシには何も感じないや」
サフィナには、この十七年生きた中で面白いと思ったり楽しいと思ったことがない。【十執政】としての活動も、彼女がしたくてしている訳では無い。
その上、世間には認知すらされず、各地を回ってあの方たちを復活させるために『創世神』の力を集めるとかいうあまりにつまらない組織。
いつでも逃げ出せば良かった。どうせ居なくなったって、【十執政】を裏切らない限りは命を奪われない。
でも――
――アタシにとって、あの二人だけが大事だから。二人がいないと、きっとアタシは生きていけない。いつか二人が【十執政】を辞める日が来るまで、アタシは――
◆◇◆◇
サフィナ・カレイドは、今から十七年前にレガリア王国のある村で生まれた。
普通の両親から生まれた普通の少女。この世界の誰もが『創世神』から生まれた時に与えられる『権能』として、料理が上手くなる《料理の才》と育てた花が絶対に綺麗に咲くようになる《花の守り神》というものをもらった。
そして、そんな彼女には感情がなかった。家庭環境のせいではなく、生まれながらに。
両親がよく笑ったり、たまに泣いたりするのを見て「なんでニコニコしてるんだろ?」、「なんで涙が出てるんだろ?」と、そんな風にしか思わなかった。
幼い彼女は全員がそういうものだと思っていた。でも、初めて自分が特別だと感じたのは齢七のとき。
いつも遊ぶ二人の男の子ではなく、たまに遊ぶ子達と遊んでいる時のことだ。
彼女をからかおうと、男の子の一人がサフィナが育てていた花を踏みつけたのだ。
怒るか泣くか。そのどちらかだと思っていた男の子は、サフィナの行動に恐怖を感じた。
ただ無表情で、見つめるだけ。優しい人が怒ると無表情になるというが、そんな感じではない。本当に何も感じていないのだ。無表情で、首を傾げ、こう尋ねる。
「どうしたの?」
怒る訳でもなく、ただ疑問を持っただけ。その様子に子供たちは恐怖した。
――次の日から、たまにサフィナを遊びに誘う子はいなくなってしまった。
それでも、感情がない彼女は悲しいなどとは思わなかった。
疲れてるのかな? 忙しいのかな? そんなことだけを思って黙々と花を育てるだけ。
そんな中でも、いつも通り遊ぶ二人の男の子だけは変わらなかった。
「じゃあサフィナちゃん、遊びましょうか」
「おい、何かするぞ」
彼女を遊びに誘うのは、ロエン・ミリディアとヴァルク・オルデインという二人の男の子。
サフィナの家を真ん中に、二人の家は東側と西側にある。近かったことで、家族ぐるみで仲が良く、サフィナたちもよく遊んだ。
彼女をからかった子供たちによって、「サフィナちゃんは怖い」、「サフィナちゃんは感情がない」とかいう噂がすぐに村に流れた。
そのはずなのに、ロエンたちの態度は変わらなかった。ずっと。
◆◇◆◇
――齢十五の頃、サフィナ、ロエン、ヴァルクはいつも通り遊んでいた。
村から少し離れた森で、一人が鬼となり二人を追いかけるという遊び。
三人で同時に炎魔法を、水魔法を、氷魔法を、風魔法を、雷魔法を出し、一番遅かった人が鬼、と。
初めの頃はロエンとヴァルクが一、二を争うほど早く、サフィナが一番遅かった。
流石に可哀想と思ったのか、何回かサフィナと鬼を交代したこともあった。
日が経つにつれ、サフィナも上手になっていき、鬼は三人が交代交代になるくらいになった。
ただ、この遊びでサフィナとヴァルクが絶対に勝てないのがロエンだった。
仕組みは分からないが、彼の生まれ持つ、黒い羽根のような霧を出しワープする技。
そのせいで、捕まえようとすれば逃げられ、逃げようとすればすぐに捕まる。
普通の子であれば、こんなのは何も面白くないだろう。
しかし、感情がないサフィナと別に気にならなかったクロイツは普通に楽しめた。
――感情がないサフィナでも、二人と一緒にいる時は心が安心するような、笑みが浮かぶような感覚を持った。
――もしかしたらアタシにも感情が?
着実に喜びを感じていき、自分にも感情が生まれてきているのでは? そういった喜びが彼女の心を踊らせた。
――本当に、このままであれば感情を手に入れて普通の女の子のように過ごすことが出来たはずだ。
でも、事件は突然起こった。
◆◇◆◇
「今日も結構遊びましたね……じゃあ帰りましょうか」
「ああ、そうだな」
「はーい」
変わらず森で遊んだ夕方のこと。汗が流れ、火照っている身体を氷魔法で冷やしながら三人仲良く村へ帰っていた。
「いやー今日は楽しかったねー」
「ですね。まあもう少し私を捕まえるのを頑張って欲しいですが」
「無理だ」
何気ないただの会話。ただ、サフィナの顔には笑顔が現れ始めた。これまで見せなかった、素の笑顔。
それは、長年一緒にいる二人からしても、両親からしても嬉しいことだった。
――普通の少女になれそうだった少女は、この日死んだ。
「な、にこれ?」
「こ、れは……」
「なっ……」
村に帰りついたとき、既に村は炎に包まれていた。木々と肉の焼ける匂いが広がっていて、足を踏み入れたばかりの三人の鼻にも強烈な匂いを感じた。
「い、家行かないと……」
「あっ、サフィナ!? 待ってください! ――ヴァルク、行きますよ!」
「全くお前らは……」
転びそうになるほど慌てながら家まで走るサフィナと、それを追いかけるロエン。さらにそれを追いかけるようにクロイツが走り出す。
家までたどり着くと、サフィナの家の前で彼女が膝をついて倒れ、その背中をさすっているロエンの二人がいた。
「はぁ、はぁ、サフィナ、どうした?」
「家が燃えてて……ドアを開けたら……」
――その先の言葉は、言われなくてもわかった。帰ってきてから、この村は静かすぎる。炎が上がっているというのに悲鳴どころか人の姿さえ見られない。
見なくても分かる。もう、この村に人は居ないのだ。肉の焼ける匂いがすることから察するに、逃げたのではなく、もう――
「――あー、まだ生き残りがいたのか」
「っ!?」
不気味な足音と、声を聞き三人は一斉に後ろを振り向く。その男は人間……でも吸血鬼でもエルフでもない。三人が知っている種族の特徴とはどれも異なっていた。
「――逃げ」
「逃がさねえよ? ――なっ……てめえら!」
男の手がこちらに近づいた瞬間、ロエン、サフィナ、ヴァルクが炎、氷、雷魔法を出して目を攻撃する。
完全に油断していた男は失明し、両手をロエンたちを探るように動かす。だが、もうそこにはいない。
ロエンのワープ能力で逃げたのだ。
「はぁ、はぁ、一体何なんですかあれは……」
「さーねー」
「――」
サフィナの顔が無表情になる。悲しみも見せず、逃げるように走るだけ。
ドアを開け、両親が血だらけで倒れているのを見た。もうそれから、壊れ始めたのだ。
――普通の少女になれそうだったサフィナ・カレイドの感情は、再び割れた。
「おい、逃げやがって……」
「――っ!?」
尋常じゃない速度で三人を追い越した男によって、ロエンは蹴り飛ばされてしまう。蹴り飛ばされたロエンがサフィナに当たり、そしてヴァルクに衝突する。
「さて、死んでもらおうか」
その手に紫のエネルギーの球体が現れた。ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを向け、その球体は放たれた。
「っ――」
咄嗟にサフィナを守ろうと、ロエンとヴァルクが覆い被さる。だが、このまま当たれば全員関係なく即死だ。
――そんな未来は、一人の男によって妨げられた。
「《反射》」
「なっ!?」
当たるはずだった紫の球は突如現れた男を介して反射し――
放った本人に向かってぶつかった。突然の事すぎて対処できなかった男は、そのまま消滅してしまった。
――これが、【十執政】『第一位』ソール・アスタリウスとサフィナたちの出会いだった。
助けてくれたお礼として、三人は【十執政】として活動しているのだ。
◆◇◆◇
――アタシにとって、あの二人だけが大事だから。二人がいないと、きっとアタシは生きていけない。いつか二人が【十執政】を辞める日が来るまで、アタシは――
そう思っているサフィナと、ロエン、ヴァルクは共に同じ思いだ。もし誰かが【十執政】を辞めるつもりなら残り二人も一緒に辞める。
だが、誰もそれを言い出せずにいるのだ。
そして、幼馴染三人はいつも願っている。
――いつか、子供だったあの日々みたいにたった三人で仲良く過ごしていたい、と。
◆◇◆◇
――だからアタシは言うんだ。つまんない理想郷を作ろうとしている二人を倒したら。必ず――
「――っ!」
思い通り。もし、クロイツがサフィナに目を奪われているなら、ラインたちが何をするかも考えていないはず。
その考えは正しかった。
「なっ……後ろに――」
「血式・紅!!」
爆発する血液が、『第六位』クロイツ・ヴァルマーを襲った――
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