第67話『敗北への道筋』
――『知恵の神』は戦闘が苦手だ。『剣聖』や『魔導師』のように超人的な動きができる訳でもないし、四つ子のようになんでもできる訳ではない。
彼女が誰よりも優れているのは魔法と知識と知恵。それは、何度時代が移り変わっても絶対に揺るぎようのない事実だ。
剣を振ることも、拳を振るうことも、蹴ることも彼女には出来ない。彼女が戦闘で出来ることは、属性魔法に加え、彼女が長年かけて作り出した彼女だけの魔法、『知識』や『知恵』を使った演算など。
それに加え――
「《刻律の調律》!」
「《跳羽の舞踏》〜」
「《引力の王》!」
「《夢虚牢城》」
仲間を助けることだ。
【十執政】『第六位』クロイツが放った霧の影響で『第七位』ロエン、『第八位』サフィナそしてセレナにエルフィーネは精神と魂を削られ気絶してしまった。
その時、『知恵の神』は一瞬にして霧への対抗策の魔法を生み出した。
そして、クロイツと一対一で戦っている時に気づかれないよう倒れた四人にその魔法をかけたのだ。
そのおかげで、四人はこうして動き出すことができている。
「なんでお前らは外に出て……あ……」
奪った『創世神』の力で形成した結界なのに、どうして四人が外に出ている? 『創世神』の力に対抗できるのは『創世神』の力だけだ。それなのに、彼らは結界から抜け出せている。
それはおかしい。そう思っていたが、クロイツはその理由を理解する。
「私がいればワープができるので」
それは、魔法でも『権能』でも『異能力』でもないロエンが生まれ持った力だ。
彼も仕組みはよく分かっていないが、任意で黒い羽根のような霧を放出し、それに包み込まれることで知っている所なら瞬間移動できるというものだ。
おかげでわざわざ結界を破壊せずにクロイツの元に移動ができた。
◆◇◆◇
セレナ、エルフィーネが『権能』を、ロエン、サフィナが『異能力』を使用する。
セレナの《刻律の調律》で移動速度が上がったエルフィーネが《跳羽の舞踏》で空間を跳ねるような高速移動をする。
さらにロエンの《引力の王》で引き寄せられたクロイツとレヴを、サフィナの扇を持ったエルフィーネが斬る。
そして斬られた二人がサフィナに接近した瞬間、彼女は右目を隠す。左目がピカっと光り、満月のような銀色に輝き、《夢虚牢城》が発動――できなかった。
「ちっ……ほんっとーにめんどくさーい」
喰らったら一瞬で眠ってしまうそれを発動される前に、ロエンから《複写》した《斥力の王》でサフィナを遠くに飛ばすことで回避した。
――まあ、ここまではアステナの想定内だが、『第九位』レヴ・ダイナスという奴が突然現れてしまった為、アステナは演算をもう一度する必要が出てきてしまった。
ただ――
「どんな『異能力』か分からないから、演算が出来ないね」
アステナが出来るのは未来予知ではなく、相手の行動パターンや能力を把握し、演算する。それで出てきた無数の解から最適解を選ぶのが彼女の力だ。
しかし今のように、新たな存在が出てきたり、その存在の能力が分からない状況ではきちんとした演算が出来ない。
だからまずは、彼の能力を解析する必要が――
刹那、《斥力の王》でロエンら全員を吹き飛ばしたクロイツ。
彼はレヴと共に上空に上がっていき――
黒曜石のような漆黒と紋様が刻まれた銀色の指輪を地面に向けた。
その瞬間、指輪に蓄えられた『創世神』の力が少しずつ放出されるのが四つ子には分かった。
先程四つ子から奪った力に加え、おそらく彼が各地を回ってコツコツ集めた力。それが全て放出されてしまったらどうなるのか。
――そんなこと考えるまでもない。『創世神』の力は四つ子だったから上手く使えていただけ。彼らでも使い方を間違えればすぐ世界を崩壊させてしまう危険なものだ。
そんな力をクロイツが一気に放出させたらどうなるか。瞬く間に制御など効かなくなり、四つ子や神を除いた全ての存在が世界ごと消滅してしまう。
クロイツもレヴも知らないのだ。『創世神』がどれだけ常識外れの存在だということが。
「まずい、このままじゃ……」
彼らを止めるには結界から出なければいけない。しかし、『創世神』の力で作られた結界を今の四つ子に破壊するのは不可能だ。なら、ロエンの力を借りるか。
外にいるロエンに声をかけようとした瞬間、『知恵の神』から肩を叩かれる。
「アステナ? どうした」
「私はこれ破れるよ」
「「「「はぁ!?」」」」
四人の声が重なると、そこまで驚く? という顔をするアステナ。
「私の力は元々アルケウスのものだろう? 『知恵の神』の力だけど、この力だって前は『創世神』の力なんだから」
『知恵の神』の力はあの日、『創世神』アルケウスがアステナに与えた力だ。
ただ、『創世神』の力から『知恵』の大権を切り離しただけ。元を辿れば同じ力なのだから、アステナにはそれを破壊することができる。
――それに、破壊に必要な攻撃をもう彼女は生み出している。
彼女の手が結界に触れると、ドーム状のそれは段々とヒビが入っていき――
ガラスが砕けるような音が周囲に響き、結界は崩れた。
「な、どうや……っ――」
「おりゃあー!」
どうして結界を壊せたのか、その様子に驚き身体が止まったクロイツとレヴ。
そんな彼らに、吸血鬼の力しか使えない状態で一番強いレンゲの蹴りが炸裂した。
結界を出てから上空にいる二人のさらに上に着くまで、彼女は一秒程度しかかかっていない。
瞬間移動をしたり、彼女が学園に入学する時に自らに与えた《早駆》というありえない速度で移動が出来るようになる『権能』を使った訳でもない。
ただ、彼女の身体能力が化け物すぎるだけだ。結界から出れたと思えば、末妹はもう上にいた。その様子に、兄妹三人とアステナでさえ驚いた。
「あいつ、すげえな……」
彼女の戦い方は一分の隙もなく、容赦ない。体内から放出した血液を自由自在に操り、拘束、刃を投げる、急接近して切り刻む……などといった戦闘スタイル。
あまりに速すぎるレンゲに対し、『異能力』を使おうとするも間に合わない。
発動が遅すぎるのか。否、攻撃してくる彼女に全く反応できないのだ。
やっと彼女を捉えたと思っても、何故か攻撃を喰らっている。そんな事が何度も続く。何度も何度も何度も何度も……
「あぁもうめんどくせぇなお前!」
「あのさー。二人ともまーじでウザイから早くくたばってくれない?」
「なっ――」
ロエンの《斥力の王》によって上空に飛ばされたサフィナ。
彼女の持つ花のように綺麗な桃色や黄緑色が入った対の扇による一撃が、レヴを襲った――
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