第65話『『知恵の神』の力と『時間の神』』
世界で随一の知識と知恵を持つ女神――『知恵の神』アステナ。その力の全貌を知っているのは、彼女ただ一人だけ。
知識の権化である彼女は世界の全てを知ることが出来る。これまで起こった様々な出来事や、これから先起こること全てだ。
しかしながら、探究心と知的好奇心の塊である彼女は未来を知るのを好まなかった。これから起こることを彼女の手で知りたかったからだ。
そんな中、自分を『知恵の神』にしてくれた男の子供たちが窮地に立たされた。そしてその中には彼女が初めて恋愛感情を抱いた子がいる。
父も、母も、親友も助けられなかった彼女は、もうこれ以上大切な人が目の前から消えないことを願っていた。
――そんな事が二度と起こらないように、『知恵の神』は使わなかった能力の一つを発動させた。
(なっ……避けた? もう一回……)
「ルミナスアロー」
「――っ」
アステナの行動に【十執政】『第六位』クロイツ・ヴァルマーは違和感を覚える。これまでクロイツからの攻撃を全く見切ることが出来ず、ラインに守られてばかりだった彼女が、クロイツの先制攻撃を何事もないように避け、あまつさえ光魔法で生み出した矢で反撃もしてきたのだ。
――まるで、未来が見えているかのように。
――おかしい。そんな考えがクロイツの脳内に何度も現れる。『異能力』を使っているわけでも、何かしらの『権能』を使っているわけでもない。
ただ、知恵の権化である彼女がこれから起きる未来を演算しているだけ。常人では廃人になるほどの情報を常に解析・演算して最善の未来への方法を選ぶ。
《未来の選択》と彼女の力の違い。
ソールやクロイツの使う《未来の選択》は未来を改変できるものだ。相手がどんな存在でも、自分の都合良くなるように導く。
それに対し、アステナが出来るのは演算だけだ。あくまで無数に出てきた解から最適解を導く力。
未来改変のようなことは出来ないが、確率やこれまでの相手の情報を使って勝利できる行動を生み出す。
これだけ聞くと、彼女の力は『異能力』の下位互換に聞こえるかもしれない。
しかし、長期戦となれば『知恵の神』に利点が上がるのだ。
「《未来の選択》! ――ガハッ!?」
再びその『異能力』を使おうとしたクロイツだが、不発。代わりに彼を襲ったのは身体の内部から打ち破られるような衝撃だ。
《再誕の輪》のおかげで残機を減らすだけであったが、それを使っていなければ確実に命を奪うものだった。
「これは……さっきと同じ……」
先程、アレスたちと戦った時に彼は『第一位』ソールのもう一つの『異能力』――《因果律操作》を使った。その後、血を吐いたことで使用を控えたが、その時と同じ種類の痛みが今、彼を襲ったのだ。
「やっぱり、未来や過去を都合良くするものは見過ごしてくれるはずないよね」
「何を……言って……クソが……。何で身体が上手く動かない? そういや、ソールもあの時……」
なぜ『異能力』を発動するだけでこんな痛みを負うのか、彼は理解していない。そのため、彼は思い出した。『ラビリンス・ゼロ』から帰ってきた時にソールの言っていたことを。
『ははっ……。たった一回、《因果律操作》を使っただけなのに、こんな反動を受けるなんてね。あの方たちやこの呪いに守られてるとはいえ……。全く、厄介な神だよ』
血を吐いた口を拭き、乾いた声で笑った彼の言葉が脳裏に浮かぶ。
あの方と呪いについては知っている。あの方たちというのは、現在【十執政】を手下として動かしている者たちの事だ。そして呪いは、【十執政】に悪魔が与えた呪いの力。
それは理解できるのだが、どうしても理解できない言葉が引っかかる。「厄介な神」とは一体何だろうか。
クロイツが知っている神は『創世神』、『炎神』をはじめとする属性神たち、そして、伝承でしか聞いた事のない『知恵の神』だけ。
倒れている『創世神』達がそんな事をする暇は無いし、属性神はこの場にいない。なら、目の前にいる彼女が何かしたのだろうか。
ずっと気になっていたことがあった。学園の生徒でもないのにラインたちと一緒に行動し、さらには呪いの力で放った霧も彼女には全く効かなかった。
その結果を持って、クロイツが出した結論は――
「お前まさか、時空を操る神――」
「残念。外れだよ」
結論の間違いを伝えた瞬間、『知恵の神』は炎魔法最強の「エクスプロード」を放った。体内の魔力を炎に変換し、空間を燃やし尽くすほどの魔法がクロイツを捉えた。
草しか生えていなかったこの場所を消し炭にしてしまうほどの威力に、クロイツは驚愕しながら尻餅をつく。
彼の頭上にある残機はもう、2000を切っていた。 炎で何度も何度も、絶え間ない痛みで焼かれたのだ。
――そしてこれは、アステナが選んだ解と同じ結果になった。
――【十執政】『第一位』ソールや、『第六位』クロイツが《未来の選択》や《因果律操作》で身体を痛めた理由。
その原因は、遥か彼方に存在する天空に住む『時間の神』アスタリアのせいだ。
時を操る大権を持つ彼女にとって、過去や未来を改竄する存在は看過できない。
本当ならその『異能力』を使用不可にしたかったが、あの方たちと悪魔の呪いで守られている彼らにそこまで干渉することが出来なかった。
だから彼女は縛りを付けた。彼女の設定した回数以上使えば、遠隔の攻撃が働く仕組みを作ったのだ。そしてそれは回数を破る事に威力が増していき、やがて死に至るものにした。
ソールは上手に使うことで毎回一命を留めていたが、そんな事を知らないクロイツは使いすぎた。とっくに回数を破ってしまっていたのだ。
――その事を、時を操る女神は許さない。
「なんで、身体が動かないんだよ……」
「君は怒らせてはいけないものを怒らせてしまった。ライン君と私を異世界に飛ばした挙句、過去や未来を改竄する『異能力』を使用した。その報いを受けるべきだよ」
――クロイツの身体は、もう動かない。頭は回転しているが、瞬きも喋ることも叶わない。『時間の神』によって止められた肉体はその場に留まるのみであった。
(今の間にライン君たちを……)
その隙に倒れている四つ子に近づく。アレス、セツナ、レンゲを守るように上から覆いかぶさっているラインを「兄妹思いだね」と思いつつ、《幻焔花界》で五感を錯乱させられた四人の身体を触る。
「じゃあよろしく頼むよ」
『はーいりょうかーい!』
テレパシーを伝えたのは、『時間の神』と同じく天空に住む『夢の神』フォカリナだ。ラインたちを触れた手から彼女の力が流れ込み、藍色の光が四人を包んだ。
――光が収まると、四人の目はゆっくりと開眼する。だるそうに身体を起こし、四人は辺りを見渡した。
「俺ら、五感を……あ、クロイツは……」
『夢の神』の力で四人は五感を取り戻すことに成功した。
奥にいる時が止まったように動かないクロイツを見て、何が起こったのか分からず不思議な顔をする。
「アステナが戦ったのか? 一体どうやっ――てぇ!?」
突然、満面の笑みで抱きついてきた彼女に驚きつつも嬉しそうにするその顔を見て肩を落とす。
――クロイツは敗れ、倒れた。彼を「拘束」するのが、彼らが『時間の神』から頼まれたこと。
ロエンたちは「抹殺」と命令を受けていたようだが、彼らはクロイツの放った霧のせいでまだ倒れている。ここまで一緒に戦ってくれたのに悪いが、セレナとエルフィーネを連れてクロイツをアスタリアの元まで持っていこう。そう思っていた時だった。
「な、んだこれ?」
四つ子と『知恵の神』にメイド二人、そしてロエンとサフィナを囲うように、ドーム状の結界が形成された。
――依然、クロイツは止まったままで。
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