第64話『『知恵の神』の誕生と彼女だけが知る力』
「突然のことだけれど、俺の力の少しを受け継いでくれないかな?」
自分を助けてくれた白髪の男が唐突すぎる言動をし、アステナは固まってしまう。
こちらは心身ともに絶望な状態に陥っている時に慰めもなく、よく分からないことを言う目の前の男に人の心がないのかとも思った。
父も母も、親友のリアナも殺され、絶望していたアステナにはもうやりたいことなどない。
大好きだった読書も、本がなければ出来ないし、親友と一緒に読んだ本も全て家に置いてきた。
返事もなく、ただ暗い顔で地面を見つめるアステナを見て男は何かを気づいたようだった。
「――そっか。お父さんもお母さんも友達も、村の人たちも亡くなったんだね」
「なん……でそれを?」
崖からアステナを落としてくれたリアナはともかく、彼女の両親や村人たちが亡くなったのをなぜ彼が知っているのだろうか。
神々しい見た目をするそれもまた、村を襲った男たちの仲間なのでは……という考えが脳裏に浮かぶ。足を一歩下げようとすると、バランスを崩して後ろに倒れてしまった。
一瞬、男が何かしたのかと疑ってしまったが、ただ単に食事も水もなく走り続けた上に数時間も泣き続けたことによる体力消耗のせいだった。
「っと。大丈夫?」
「はい……。あの、あなたは一体……」
支えられながら男に尋ねる。すると男は笑顔で答えてくれたが、その名前を彼女は以前聞いたことがあった。
「俺は『創世神』アルケウスだよ。簡単に言えば……宇宙の神様? かな」
昔、本を読んでいた時のことだ。その本の内容は神話で、『創世神』についての物語がいくつも書かれていた。
ただ、その物語と違うところは、見た目だ。
神話では『創世神』は真っ白の髪と瞳、そして長い髭を持つおじいさんといった表記で書かれていた。しかし、今目の前にいる男は真っ白の髪と瞳という所までは一致していても、髭も生えていなければおじいさんでもない。
何歳なのかは不明だが、二十代後半というのが一番納得出来そうな見た目だ。
「ハハッ、確か昔の人間たちが作った物語では俺がおじいさんなんだっけ? 全然違ったから残念に思ったかな?」
今考えていたことを何も話していないのに、まるで心を読まれたかのように正確な話をしてきた。先程も彼に伝えてない事まで読まれたりしていたので、遂に男の事が怖くなってくる。
「なんでさっきから私の考えが……」
「あ、ごめん。『知恵』の力なんだけど、相手の心を読めたりするからさ。勝手に読んで悪いね」
素直に謝るアルケウスに「いえ」と言って気にしないでいると、突然アステナの手を握ってきた。
「ちょっと来てもらうね」
「え? どこ……に? ――あれ、どこ?」
瞬きする間に場面が一気に移り変わり、アステナは驚いた顔をする。
◆◇◆◇
「ここは一体……」
手を繋がれたまま一瞬に辿り着いた場所。それは、この世のものとは思えないほど神秘的なところだった。
空は群青と金に分かれていて、星空のような光が滝のように辺りを流れる。その様子に見とれていると、目の前にある白銀の神殿に気づいた。
「ちょっと待っててね。アスタ――」
「はい、アルケウス様」
「い、いつも通り早いね……」
アルケウスは声を張り、誰かの名前を呼ぶ。すると、名前を呼び終えるより先に、目の前に女性が現れたのだ。
その女は腰まである金髪の美少女で、銀色に光る砂時計のような模様が散りばめられたドレスはふんわりと広がり、時の流れを紡ぐようなものを感じさせた。
呼び終える前に現れる早さに驚くアルケウスに、女性は話しかけた。
「アルケウス様、その人ってもしかして?」
「ああ。君が予言していた子だね。『時間の神』の予知能力は凄いね」
予言? 『時間の神』? と、何を言っているのか分からないアステナを差し置いて二人は話で盛り上がっていた。
「いえいえ。元々はアルケウス様の力ですから、凄いのはアルケウス様ですよー」
「そうかな? 使いこなしてる方も凄いんだけどね」
「あの……えっと……」
テンションの上がる二人にアステナの声が全然聞こえていない。すると、神殿から大きな声が聞こえてきた。
「そこまでですよ。アスタリア、アルケウス様。なんで彼女を連れてきたのかお忘れなのですか?」
言葉を発した銀髪の女は何やら不思議な格好をしていた。綺麗なドレスを着ているが、言葉で表せないくらい不思議なのだ。
その女を見て、アルケウスは両手を合わせる。
「ごめんごめん。つい盛り上がってしまったよ」
「構いませんよ」
そう言って、女はアステナの方を向く。
初めまして。ワタシは『法則の神』ファルネラです。そちらの女性は『時間の神』アスタリア。単刀直入に言いますが、ワタシ達は貴女に神になって欲しいのです」
「は? 神……に? ですか?」
アルケウスといい、ファルネラといい唐突すぎるのだ。悩むというよりも、なぜ自分が選ばれたのか全く理解ができない。
これまで、神がいるなどと信じることはなかった。だが、こうして今目の前には三人の神がいる。それについては信じるしかないだろう。
ただ、アステナが神になるかといえば話は別だ。彼女は神になりたいとは微塵も思っていないし、何なら大事な人々を惨殺されたあとなのだ。今だって平気な顔をしているが、力を緩めたらすぐにでも泣き出しそうになってしまうくらい我慢している。
――止めたはずの涙が再び溢れ出てしまう。その姿を『時間の神』と『法則の神』は慌てふためき、『創世神』はまたさっきと同じように頭を撫でてくれる。そんな中、また新しい声が彼女の耳に入った。
「全くー。お姉ちゃんたちはダメだなー。人間の気持ちってものを分かってないよ」
「あら、フォカリナ? 何しに来たのですか?」
「こういうのはお姉ちゃんたちよりあたしの方が得意だと思うよー」
フォカリナと呼ばれた銀髪の少女は空中をふわふわと飛びながらアステナに近づいた。
「あたしは『夢の神』フォカリナだよ。仲良くしてねーアステナちゃん」
丁寧に挨拶を返してくれたが、涙が止まらないせいで声が上手く出せない。すると、フォカリナはアステナの手をぎゅっと握った。
「言い残したこと、言っておいで。夢の中だけどね」
彼女の藍色の瞳にじっと見つめられると、心地よくなりまぶたが落ちる。
すぐに、視界が暗転した――
◆◇◆◇
「ん……ここは……」
「あ、起きた。もう大丈夫かな?」
声が聞こえ、目を覚ます。すると、『創世神』は消えていたが五人の女がこちらを見ていた。否、四人の女と一人の男だ。二人いる金髪のうち、片方は少年のようだ。女に見えるくらい中性的な顔だがすぐにわかった。
「え、えっと、あなたたちは?」
『時間の神』と『法則の神』、『夢の神』はともかく増えた二人を交互に見る。すると、他の三人のように丁寧な自己紹介をしてくれた。
「ボクは『生と死の神』アリシアス。よろしくね」
「僕は『空間の神』スピリアだよ。アスタリアは僕の姉なんだ。仲良くしてあげてね」
銀髪の女三人と、金髪の男女二人。見たところ、銀髪三人と金髪二人は姉妹と姉弟だろう。顔がよく似ている。
と、それ以上考えようとしたところで涙が止まっていることに気づく。寝ていたから、ではなく、涙を全て排出したのだろう。これ以上涙が出そうもない。
どんな夢を見たのか。それを思い出す。すると、段々と頭の中に夢の出来事が戻ってきたのだ。
母と、父と、リアナと、友達と、話した夢だ。
今まで話せなかったことも、話されたことがないことも全て出来た。いくら夢だったとしても、もう会えない彼らとこうやって話せたのは嬉しかった。
「アステナちゃんの記憶から、周りの人達の人物像を描いて夢に出したんだけど、その様子なら良かったのかな? ってわぁ!?」
突然アステナに抱きつかれ、フォカリナはびっくりした顔で目をぱちぱちする。
「言えなかったことも言えて……ありがとうございました」
「そっか! 良かったよ! ……それでさ、心を整理出来たところでだけど」
感謝され、嬉しくなったフォカリナはそれはもう満面の笑みで喜んでいる。
そして、アステナの心を落ち着かせた今、先程からの質問への答えを聞く。
「貴女、『知恵の神』になる?」
「――うん。なりますよ。だって――」
『時間の神』からの問いに、アステナはそう答える。彼女がその道を選んだ理由。それは、夢の中でリアナに相談をした時に「なって! 応援してるから! これからもずっとね!」と言われたことが原因だ。
たとえ夢の中で、本物の親友じゃなかったとしても、親友なら現実でも同じ事を言うだろう、と。そう信じたアステナは『知恵の神』になることを決意した。
――その瞬間、席を開けていた『創世神』アルケウスは舞い戻ってきた。その手に、アステナがずっと大切にしていた分厚い本一式を添えて。
「覚悟は決まったようだね」
「……はい」
「分かった。じゃあ、君に『知恵』の力を与えるよ」
その瞬間、眩い光が『創世神』から溢れ出し、それがアステナの身体に入り込む。神々しい輝きを放ちながら立っていると、その輝きは段々と落ち着いてきた。
――そして、白銀の髪と瞳を持つ神秘的な美貌の女性、アステナは『知恵の神』へとなった。
◆◇◆◇
――四つ子の『創世神』も彼らのメイド二人も、一時的に共闘している【十執政】『第七位』、『第八位』が倒れて動けない状況の中で、戦闘が苦手な『知恵の神』アステナだけが万全な状態で動ける。
運命を委ねられた女神は、慣れていない戦闘を行うことを決意する。
『知恵の神』として与えられた力。その全貌を知っているのは彼女のみ。
何ができるのか。ここまでの戦闘で『第六位』クロイツ・ヴァルマーの出来ることはだいたいわかった。彼の戦い方から得た『知識』を元に、彼女は対抗策を構築する。
――先制攻撃を仕掛けたのは、クロイツだった。
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