第58話P編終幕『いつかまた君に逢えたら』
誰もが忌み嫌っている吸血鬼。その少女が自分たちを守りながら目の前にいる巨大な龍と戦っている姿を見て複雑な感情を抱く。
「あれって俺たちを守ってるんだよな?」
「まあ、そう見えるけど……でも吸血鬼でしょ? なにか裏があるのかも……」
だが、一度地の底に落ちた吸血鬼への信用はなかなか戻らない。この期に及んでもなお、なにか裏があるのではないかと疑う人の方が多い。
その刹那、龍が口を大きく開く。その中には無属性の黒い球体がいくつも入っていた。龍の狙いはラインでもレンゲでもアステナでもない。人々が集っているところに向けて球を放つ。
「逃げろ逃げろ逃げろ!!」
一人の男が急かし、全員が球から離れるように遠くに走っていく。だが、足の速さをゆうに超えた速度で接近するそれから逃れるのは至難の業だ。
「うわぁ!」
足を捻り、転んでしまった少年にそれが衝突しようとしていた。すると――
「――っと。大丈夫? 逃げるんだ」
「う、うん。ありがとうお兄ちゃん」
『創世神』の力で迫り来る球を破壊し、転んだ少年を立たせる。少年は驚いた顔をしていたが、ラインに頭を下げるとすぐ後ろに逃げていった。
「よし、倒すか。……えぇ、まじ?」
龍の方を向くとラインはそう口にする。なぜなら、レンゲが目に見えないくらい速く全方向から龍を切り刻んでいたからだ。再生は追いつかず、傷だけが増えていく。
龍の鳴き声が響き、再び黒い球体が口から放出される。
上手いことに、アステナがそれらを防御魔法で受け止めてラインは龍のもとまで飛んでいくことに成功した。
「ッ! 今です! やってください!」
「ああ!」
龍を切り刻み、動きが鈍る。隙が出来たその一瞬をラインとレンゲは見逃さなかった。
レンゲが龍から離れたタイミングでラインは龍の上空に現れた。彼の手には淡い桃色のエネルギーが纏っており、その手が龍の頭に触れる。
「――創血式・桜」
――吸血鬼の力と創世神の力を3:2で混ぜた「創血式・緋」とは違い、2:3で混ぜた技。
桜の花びらのような光が宙を舞い、斬撃を繰り出した。容赦なく、絶え間ない桜色の斬撃が龍から切り刻みその肉体は崩壊する。
見た目に反して美しく、高火力なものだった。
「す、すごいです」
「ふぅ……すごい技だね。これで一件落着かな」
その姿を見たレンゲとアステナはそう呟き賞賛を送る。そして彼に……いや、吸血鬼に賞賛を送る声も聞こえてくる。
空中に留まっていたラインとレンゲが地面に降りると、後ろまで逃げていた人々がいっせいに走ってきた。
「わぁっ!?」
「ありがとう、ほんとにありがとう! もう終わったかと思って……」
「まさか吸血鬼が助けてくれるなんて……。伝承だと恐ろしい存在みたいになってるのにな。ありがとう」
「あ、え、えと……」
集まる人々がいっせいに感謝を述べるが、これまで忌み嫌われ、同種族以外と話す機会がほぼなかったレンゲは上手く話せず声が詰まってしまう。
だが、人間とここまで近づいて悪口を言われたりしなかったのは初めてだ。涙と同時に笑顔が溢れ出てくる。
「今まで吸血鬼のことを嫌って、酷いことしてごめんなさい」
「「「ごめんなさい」」」
そんな声が続き、全員が頭を下げてくる。それにレンゲは手と首を横に振り――
「良いんです。過去に吸血鬼が酷いことをしたのは事実なので。まあ、関係ない吸血鬼にまで意地悪をされたのは……良い気分ではないですけど……」
「すまない……。もし俺たちにできることがあればなんでも言ってくれ。できるだけのことはするから」
男の発言に皆が首を縦に振る。レンゲの発言に息を飲んで待っていると、彼女は口を開いた。
「じゃ、じゃあ、私と友達になって……欲しいです。他の種族の友達とかいなくて……い、良いですかね?」
「ああ、もちろん!!」
「仲良くしよーね。お姉ちゃん」
優しい言葉を沢山かけられ、レンゲは涙が止まらなくなってしまう。
「ほらほら嬢ちゃん、そんなに泣くな……って!? お、おいなんだあれ!?」
男の指さす上空に全員が顔を向ける。なんと、その場には倒した龍の黒い球体が大量にあったのだ。百や2百ではない。千、またはそれ以上だ。
「な、嘘だろ……」
――球体は一気に加速し、商店街に向かって降り注いでくる。ラインとアステナがそれを防ごうとすると、突然空間が静止した。
空に浮かぶ雲は止まり、風も、みんなの表情も全て固まった。まるで、時間が止まったように。
その状況に驚くラインだったが、アステナは落ち着いている。そしてこう呟いた。
「来たんだね。アスタリア」
その瞬間、空中に三人の人物が現れた。『時間の神』アスタリアと『空間の神』スピリア。そして――
「お兄ちゃん!」
「セツナ!?」
妹のセツナだ。アスタリアたちと繋いでいる手を離すと真っ先にラインに抱きつく。
「良かった……本当に良かった。もう会えないかと思ったよ。ラインお兄ちゃん……」
「ああ。良かったよ。ありがとな」
いつものように落ち着いてクールな感じではなく、子供のように泣きじゃくる妹をぎゅっと抱きしめる。そんな光景を、三人はただ見守っていた。
「アスタリアとスピリア、ありがとう。危ないところだったよ」
「二人とも無事でよかった。時間は止めたから、あとはあれを壊せば大丈夫。スピリア、やって」
「わかったよ姉さん」
スピリアが手を出すと、全方位に広がっていた黒い球体が一瞬で一つに圧縮される。そして――
握りつぶすように空間を掴むと球体は木っ端微塵に砕け散った。
「アスタリアさんたちが助けに来てくれたんですね。でも一体どうやって?」
「あ、気になる? 良いよ。教えてあげる」
ラインに質問され、アスタリアは嬉しそうに目を輝かせる。そして彼女は話し始めた。どうして無限に広がる多元宇宙の中からこの世界を見つけられたのかを。
「――で、ライン君が『創世神』の力を使った時にセツナちゃんがそれを感じ取ったんだ。そのおかげでここに辿り着けたんだ。感謝するよ」
「そんなことが……。あ、今のこの状況もアスタリアさんが?」
「うん。わたしは時間止められるし。貴方たちが止まってないのはわたしが対象に入れなかったからだけどね。……まあ、『創世神』の貴方たちに時間停止がそもそも効くのか疑問だけど」
現在ラインたちが動けているのはアスタリアが彼らを止める対象から外したからだ。ただ、これが『創世神』に効くかは分からないらしい。
説明に納得したラインとセツナをアスタリアたちは連れて帰ろうとする。だが、ラインが足を止めた。
「え? どうしたのお兄ちゃん?」
「早く帰るよ? なにかあった?」
アスタリアに「少し」とだけ言い、ラインは止まっているこの世界のレンゲに近づく。彼について行ったセツナもその少女がレンゲだと気づいたようだ。
「え!? レンゲ!? これってもしかして……この世界の?」
「うん、そういうこと。多分もう会うこと無くなると思うし……」
そう言って彼は懐から一本の桃色の花を出す。それは【十執政】『第六位』クロイツ・ヴァルマーに、この世界に飛ばされる前に商店街の花屋で買った妹のレンゲへのプレゼントだった。
その綺麗な花をレンゲの小さな手に持たせ、抱きしめる。
「じゃあな、レンゲ。この世界でも元気で」
ラインに続き、セツナも彼女を抱きしめた。
「バイバイレンゲ。あなたとも話してみたかったけど……残念。元気でね」
――満足した二人はアスタリアのもとに戻り、全員で手を繋いだ。
「じゃあ僕たちの世界に行くよ。準備はいい?」
「「「もちろん!」」」
「出発するね」
――宇宙間を移動するワークゲートが出現し、五人はそれに飲み込まれていった。
その瞬間、世界の時間は動き出す。
「あ、あれ? 黒い玉がなくなってる……ん? あの二人は!? どこ行った!?」
辺りを見渡すも、止まった時間の中で居なくなった二人を見つけ出すことは出来ない。そんな中、レンゲは手中に収まる一輪の花を見ると全身を暖かく包み込まれた感触に襲われる。
(これって……。お礼も出来ずに終わったけど、またいつか、会いましょうね。ライン……お兄ちゃん)
青空を見上げ、心の中でそう呟いた。
一輪の花で始まり、一輪の花で終わりました!
これにてP編O編は終わりです!通常の数え方に戻ります!
読んでくれてありがとうございます!元の世界での戦闘はまだ続くのでよろしくお願いします!




