第56話P編『龍との戦い』
『神龍オメガルス』 。それは神出鬼没でいつ、どこに、何のために現れるのか分からない龍だ。十年前に王国騎士団が討伐に挑み少数の犠牲を出し撤退、五年前に挑んだ際は騎士団の半分が亡くなった。
神龍の力は、世界の歴史から対象の存在を消滅させる事が出来る恐ろしいものだ。『破壊神』と言っても過言では無い。
――そして今目の前にいる神龍と瓜二つの龍。神の力がないこの世界で、この龍もそのような力を持つのだろうか。
「な、なんだ!?」
再び鳴き出したかと思えば、ライン達には目もくれずそのまま真っ直ぐ進んで行った。
「あの方向って商店街が……」
その先にあるのは人が大勢集まる商店街だ。進む速度が遅いとはいえ、すぐに商店街の上空までたどり着いてしまうだろう。
ならば――
「ちょ、急にどうしたんだい?」
突然ラインに腕を掴まれ、アステナとレンゲが顔をビクッとさせる。すると、商店街まで瞬間移動していた。
やはり周りには大勢の人がいる。元の世界と違うことは、その人々が不信感を持つ目で睨んでいる事だ。さっきもされたとはいえさすがに心が苦しい。
「みんな、早く逃げるんだ!」
「なんだ急に……ん? 赤毛の髪だと? お前吸血鬼だな!? 吸血鬼が商店街に来るんじゃねえ!」
怒鳴る男に続き、吸血鬼に対する様々な暴言が飛ばされてくる。右腕に感触がし、見てみると震えながら掴んでくるレンゲだった。
「な、なあ、吸血鬼が何したんだ?」
これまで聞かなかった質問をレンゲにする。すると、彼女の目線が下に落ち、沈黙の時間が流れてしまう。
無言だった彼女の口が少し開いた。
「私も……詳しいことは知らないんですが、数百年前に一人の吸血鬼が国を滅ぼしたそうで……。倒されたそうなのですが、それから吸血鬼に対する差別が酷くなった、と母から聞いてます」
たった一人で国を滅ぼすとはどれほど強い吸血鬼だったのだろうか。ラインたちの世界では過去に四人の吸血鬼が複数の村を滅ぼした事件があったが、それより格が違う。
この世界に『創世神』がいないなら『権能』もないということになる。その吸血鬼をどう倒したのかは知らないが、『剣聖』や『魔導師』のような存在が産まれなかったことで被害が大きくなったのだろう。
そんな考え事をしていると、暴言を吐き続けていた人達の顔が段々と引きつっていく。
すると、地面に巨大な影ができた。上を見あげると――
「も、もう来たのかよ……」
龍の凄まじい進行速度に驚きつつ、周りの人を何とか逃がそうとする。だが、その隙を龍は見逃さなかった。
「っ!?」
持ち前の反射神経で右手を出したが、龍の吐き出した黒い物体が衝突し、右手は消滅してしまった。
「……あれ、再生できない?」
いつも通り吸血鬼の力で再生させようとするも、全く再生出来ない。
だが、こういう時の『創世神』の力だ。失われた右腕を再構築する。
「よし、出来た。にしても今のは……。アステナ?」
龍の攻撃に違和感を感じながら後ろを振り返る。すると、何やら驚いた顔で龍を見つめるアステナがいた。
「今の攻撃は無魔法だね。まさかこの世界ではあるなんて」
それは、ラインの世界では現在失われている無属性の魔法だった。研究している人もいるが魔法の復活には至っていない。
「普通の防御魔法じゃ破られるからね。突っ込むことしかしない悪い癖を持つ君が大丈夫かな?」
「え、急に煽ってきた!?」
突然ラインの心に刺さる一言を言われ、アステナを睨む。すると、彼女は無邪気に笑いだし――
「大丈夫、君は突っ込んで良いよ。私が合わせるから」
「戦えるのか?」
「戦えるって言っていいのか分からないけど……まあ、『知恵の神』を信じてよ」
ラインのような凄まじい身体能力や体力を持たないアステナを心配するも、彼女の言葉を信じることにした。
「あ、そうだ」
「どうしたんだい? あれ、そのブレスレットは確か……」
「知ってるの? 昨日魔法グッズ専門店で買ったんだよ」
昨日、学園終わりにアレスたちと寄った魔法グッズ専門店で買った吸血鬼専用の銀色のブレスレットだ。それを腕につけるが、どう使えばいいのか分からない。困った顔をしていると、アステナがそれに触ってきた。
「吸血鬼がつけたブレスレットに触れた仲間に力を流せるんだよ。だからレンゲちゃんも触って」
「あ、は、はい。これで良いんですか?」
二人の手が触れると、銀色だった縁が光り、金色に変化した。
「じゃあ二人とも行っておいで。私が合わせるから思う存分戦って良いからね」
「ああ。レンゲも戦える?」
「は、はい。戦えます」
手を繋ぎ、龍のもとに接近するラインとレンゲを見送る。そして、アステナも援護しようと手を構えるのだが、急に赤面する。
(ライン君の手触っちゃった。触った時は何も思わなかったけど……。ちょ、ちょっと恥ずかしい……)
一人で乙女な心と格闘していることをラインたちは知る由もない。
「……あの人大丈夫ですかね? 止まってますよ」
「大丈夫。俺らはこのまま突っ込むぞ」
ふと後ろを見ると立ち止まっているアステナを見て心配になるが、ラインの言葉を信じて龍を見つめ直す。
すると、龍は口から黒い球体を放出した。
だが――
「すげえこれ……防御魔法か?」
「そう、無魔法から身を守れる防御魔法だよ。使うのは初めてだけど上手くいって良かった」
アステナはかなり長い間生きている。そのため、今使える人がいない無魔法も、それを対処する防御魔法も彼女は使えるのだ。
さらに『知恵の神』の力でちょっとしたアレンジを加えているらしい。
「よし。すぐに終わらせるぞ」
その目を力強く龍に向ける。瞳が真っ白になった途端、龍は全身が不可視の斬撃で切り刻まれ大きな鳴き声をあげる。
「な、何したんですか?」
「突っ込んでいいって言われたからさ。少し本気で行こうと思って」
『創世神』の力を持つラインは全ての『権能』を自由自在に操ることが出来る。今回はセツナも使う《切断》を使用し、龍を切り刻んだ。
突然、龍の身体からも無魔法の黒い玉が飛び出して来た。だがそれを――
「一箇所に集めて……はぁっ!!」
『煌星の影』レオ・ヴァルディの持つ、視界に収めたものを一時的に支配できる《覇王の支配》で全ての玉を上空に集め、『神龍オメガルス』戦でラインたちを襲ったルシェル・バルザーグの持つ《破壊の衝撃》で一斉に破壊する。
「ライン君もレンゲちゃんももっと派手に動いていいよ!」
「じゃあレンゲ、行ける?」
「は、はい。行きます!」
繋いでいた手を離し、血液の刃を握る。その瞬間、レンゲの目付きが変わった。ラインの妹のレンゲと同じくらいの圧倒的身体能力で龍を切り刻み始めたのだ。その速さに龍の再生が全く追いつかない。
そしてその様子を見ていたラインとアステナは言うまでもなく、散々暴言を吐いていた人達も圧倒され始めた。これまで忌み嫌っていた吸血鬼が自分たちを守ろうとする姿を見て複雑な感情を抱く。
(あとは決めるか)
ダンピールと戦った時に血液の瓶を飲み、茜色になったラインの髪はまだ赤に戻らない。そんな髪色が真っ白に変化した。
「一撃で終わらせる」
レンゲが生み出した隙の中に、一つの技が炸裂しようとしていた――
読んでくれてありがとうございます! 久しぶりに『権能』使ってくれましたね〜




