第54話P編『会いたくもない龍』
広大な青空の中で、何度も襲ってくる血液の刃を切り落とす。避け続けるラインを面白くないと感じたのか、ダンピールの男は叫ぶ。
「逃げてんじゃねえぞ吸血鬼! ちゃんと戦いやがれ!」
(俺の世界のやつより凶暴だなこいつ……)
先日会ったダンピールの男は、まだ話が通じる方だった。だが、おそらく同じ存在であるはずのこいつは話が通じない。何を言っても血の刃を投げたりと攻撃しかしてこないのだ。
「オラァ! 死ねぇ!」
「なっ……アステナ!? レンゲ!?」
なんと、突然アステナとレンゲの方に大量の刃を投げたのだ。避けるのが難しいほどの量の刃が飛び、轟音を出しながら白煙が出現する。煙が晴れると――
「君! 危ないじゃないかいきなり飛ばしてきて! もう許さないよ!」
防御魔法を貼ったアステナが後ろのレンゲを守っていた。そしてその男を指さすと、頬を大きく膨らませる。
「インフェルノ。……あれ?」
火柱を立てる魔法を呟いたのだが、発生しない。目を見開いて立ち止まっていると次の攻撃が降り注ぐ。
「危な……」
再び防御魔法で防ぐことに成功する。ダンピールとラインが戦っている間、アステナは『知恵の神』の力を使うことにした。
◆◇◆◇
「――ハッハッ、俺の腕ばかり落としたって意味ないぞ? 再生できるに決まってる」
――既にラインはこの男の腕を何十回も切り落とした。だが、流石は吸血鬼の再生力を持つ男。ライン程の速さではないにしろ、腕を完治することができている。
(そういえば……)
男と戦う中で、ラインは元の世界のダンピールのことを思い出す。あの時、謎の瓶に入っていた血液を飲んだ男を見たら全身に寒気が生じた。それは男の吸血鬼の力が大幅に上がったからだ。ならば、ラインが飲んでもその力を増加できるだろう。
そして同じ瓶をアレスから貰っている。その血液をラインは飲むことにした。
「あ? なんだその瓶」
コルクを抜き、少しだけ中に入っている血液を飲む。すると――
「おお……少しだけなのに力が溢れ出てくる」
たった一口飲んだだけで全身の血が素早く流れるように感じた。そして、髪と瞳は綺麗な茜色に変化する。
(髪と目が変わった!? なんだこいつ……それに威圧感……も!?)
「血式・紅」
目の前から消え、後ろに回り込んだラインからそれを放たれる。爆発した血液が男の身体を襲いかかり、彼は地面に落とされてしまった。
「さて、拘束してどこかに括り付けとくか」
元々ラインたちにはこの男の命を奪う気はない。吸血鬼だからという理由で襲われるのは心外だが、命までは奪うまい。そのため、拘束しようと思っていたのだが、ダンピールは突然叫び始めた。
「助けてくれー! 吸血鬼に殺されるー!」
「ま、まじかこいつ……」
自分から襲いかかってきたくせに倒されるとこのざまのようだ。その様子に驚きながらも呆れていると、大声に反応したのか人が集まってくる足音が聞こえ始めた。
「や、やだ……人来る……」
「……逃げるぞ」
◆◇◆◇
『創世神』の力で屋敷の裏にワープした三人は地面に座る。ラインとアステナは平然としていたが、レンゲは身体を縮めて震えていた。
「れ、レンゲ? 大丈夫か?」
「は、はい。もう大丈夫です……」
そうは言っているが、全然大丈夫には見えない。本当ならこの世界のことを聞きたかったが、ここまで怖がっているのに世界の説明をさせるのも可哀想になる。
血液を飲んだ影響でまだ元に戻らない茜の髪をいじっていると、突然アステナが立ち上がった。
「じゃあ、私がこの世界の説明をしようかな」
「え? 知ってるの?」
疑問も表情を見せると、彼女は腰に手を当てて「すごいでしょ?」と言うようなドヤ顔で見つめてくる。
「さっき炎魔法が使えなくてね。だから私の力を使ってこの世界を調べたんだ」
先程、ダンピールの男に「インフェルノ」という火柱を上げる炎魔法を使おうとしたが失敗した。……というより、出来なかったのだ。
その理由も既に彼女は理解している。
「ここにはイグニスのような属性神が一人もいない。だから属性魔法は存在しないんだね」
彼女は続ける。
「ただ、人類が開発した光、闇、無魔法は使えるよ」
納得してため息をつき、目を瞑っていたら声が聞こえてきたのだ。
『ラインお兄ちゃん! どこにいるの!?』
その声の主はセツナだ。「そういえば俺たちってテレパシーできたな……」と思い出しつつ、問いかける。
「セツナ!? お前ら無事なのか!?」
『……うん、みんな無事。お兄ちゃんも大丈夫?』
その様子を見ていたアステナもその手があったかと顔を明るくした。そして、彼女も友達にテレパシーを送る。
「アスタリア、聞こえるかな?」
それは、現在セツナと共に行動している『時間の神』アスタリアに対してだった。
『やあアステナ。わたしも今連絡取ろうとしてたところだよ』
「良かったよ。その様子だとスピリアはちゃんとしたんだね」
『うん。突然アステナに言われて驚いたけど間に合ったよ』
アスタリアとスピリアの落ち着いた声色を聞き、アレス達をしっかり天空に逃がせたとわかり安堵する。
「助けに来るまで待っているからね」
『少し遅くなるかもだからそこはごめんね』
時間がかかるのかと少し残念に思ったが、何とか助かりそうでアステナはため息をつく。
――連絡を切ろうとすると、激しい爆撃音が屋敷の表から聞こえてきた。
「何の音だ!?」
「なんだい今の音!?」
「な、何今の音……」
風を駆けながら走り、音が聞こえる表の方に向かう。
そこには信じられない存在が上空を飛んでいた。
「まじかよ……」
「まさかこの世界にもいるなんて……」
それは、以前学園で討伐した『神龍オメガルス』と瓜二つの姿をした龍だった――
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