第52話P編『並行世界の末妹』
パラレル編です!
全身の感触が一気に変わった。商店街のような硬い地面ではなく、土や草の感触だ。顔だけを起こして周りを見渡してみると、木々に囲まれている。どうやら森の中にいるようだ。
「ここ……は」
ゆっくり身体を起こしてみると、隣に『知恵の神』アステナも倒れていた。あの時一緒にいた兄妹達とメイド二人も探そうとするが、ラインは膝から崩れ落ちてしまう。
「あ、れ? アレスたちを感じられない……」
いつも感じていた兄妹達との繋がりがプツンと切れた気がしたのだ。少し放心状態になった後、とりあえずアステナを起こす。
「アステナ、大丈夫か?」
「ん……ライン君……ここは……」
「わかんない。でもどこかの森の中みたいだ」
周りはただの木だらけ。どこなのかすらわからない。ならば上空に飛んで上から見ればいいのではと考えた。
「じゃあ行くよ」
アステナを抱えて空に向かって大ジャンプする。やがて高い木を全て通り抜け、広い青空に顔を現す。
すると、見覚えのある光景が見えたのだ。
「あれ、商店街あるじゃん」
それはいつも学園からの帰り道で通る商店街だ。先程までいたのもこの商店街である。
「行ってみようか」
――商店街に足を運んでみると、何やら空気が重く感じる。横を通り過ぎたりする人々の視線を感じるのだ。その瞳は誰も変わらない。ラインたちを睨んでいるのだ。
(なんでこんな睨まれてるんだよ……何もしてないだろ。って)
「うわぁ!? ――ら、ライン君?」
突然、花屋の店員から水をかけられたのだ。ラインが盾になったことでアステナにかかることはなかったが、ラインは髪から足まで全てが濡れてしまった。
「急に水かけやがって……一体なんなんだよ!?」
水をかけられたことに対して怒ったのだが、その店員はさらに大きな声で怒鳴ってきた。
「髪も目も赤いしあんた吸血鬼でしょ!? 吸血鬼が生意気な口を聞かないで!」
吸血鬼だとバレた事にも驚きだが、この店員はいつもレンゲと仲良くしている。さらにはつい先程彼女から桃色の花も買ったため、ここまで怒鳴られる意味がわからない。
目を見開いていると、アステナが彼の耳に顔を近づけた。
「おそらくここは私たちのいた世界と違うよ。並行世界ってやつさ」
「そんなのあるわけ……いや、あるのか」
信じられない話だと思ったが、よくよく考えればある。父親の『創世神』アルケウスと母親のルナミアは現在別の宇宙で仲良く夫婦旅行している。
ここが別の宇宙の同じ星なのだとすれば納得がいく。
「あの【十執政】のせいで並行世界に飛ばされたんだろうね」
「じゃあすぐに戻らないと。……どうやって戻ればいいんだ?」
「君だけでは不可能だ。時間や空間を操る力はアスタリアとスピリアが持ってるからね。あの二人しか並行世界には行き来できない。まあアルケウスは特別だけど」
改めて父さんは凄いんだなと思ったが、今のラインができないならどうすればいいのだろうか。そんな事を考えているうちに野次馬がどんどう増えてくる。
(よし、逃げるか)
◆◇◆◇
「はぁ、この世界だと吸血鬼はそんなに嫌われてんのか? 一体何やらかしたんだよ……」
元の世界でも過去に吸血鬼の事件があったが、それはほとんど許されているようなものだ。それにも関わらずこの世界ではあそこまで嫌われるらしい。
「この姿のままじゃ外も歩けないな。なら……」
『創世神』の力を出したことで彼の赤髪と緋色の瞳は真っ白になった。この状態なら文句も言われないだろう。
その足は無意識に屋敷に向かって進んでいた。道は元の世界と変わらず続いている。
確かに屋敷に着いた。着いたのだが……
「な、なんだよこれ……」
ボロボロの屋敷だったのだ。壁の色は剥がれ、苔がまとわりつき、庭は草が生い茂っていた。人が住んでいるような気配も感じられない。
錆びて茶色になった門を開こうとすると、横から声が聞こえてきた。
「あの……何か用ですか?」
「ああ、別……に」
この世界では俺の家ではないのだろう。そう思って声をかけてきた少女の方を向いた。衝撃的な光景にラインもアステナも動きが止まってしまった。
「レンゲ……?」
その少女はレンゲと瓜二つだったのだ。一瞬、彼女もこちらの世界に飛ばされたのかと思った。しかし、今目の前にいるレンゲからは繋がりが感じられない。この世界のレンゲなのだろう。
「えっと……なんで私の名前……知ってるんですか?」
ラインの妹であるレンゲとは違う。見た目は全く一緒だが、その表情は暗い。いつも元気で明るく、ムードメーカーな妹に対してこちらのレンゲは暗くて恐れたような目でラインたちを見ている。
「……なんとなく。君って兄妹いる?」
「あ、はい……。弟が一人います」
「弟……か」
末妹のレンゲがこの世界では姉をしているようだ。いつもの癖で彼女に近づこうと一歩進むと、向こうは一歩下がった。
「そ、それ以上近づかないでください。ど、どうせ私が吸血鬼だから酷いことしようとしてるんですよね?」
「……」
その表情はとても怯えていた。学園でも商店街でも吸血鬼を嫌う人は見られないため、元の世界でラインたち四つ子はかなり平和に暮らしてきた方だ。それなのにこの世界では吸血鬼というだけでここまで彼女を恐れさせる何かがあるのだ。
今目の前にいるレンゲはラインの妹のレンゲではない。この世界にいる別人だ。それでも、その顔はずっと可愛がってきた末妹と同じ。怯えたままの表情は見たくない。
ラインは先程真っ白にした髪と瞳を元の色に戻した。すると、目の前の少女が驚愕の表情をした。
「ら、ライン?」
「え? ……ま、まさか弟の名前って」
赤毛に戻ったラインを見て、少女はラインの名前を口にした。ということは、この子の弟の名前がラインなのか。
兄と妹の関係がこちらでは姉と弟になっている。ちょっと複雑な心境だが、レンゲが近づいてくるため立ち止まって待つ。
「白い髪の時は気づかなかったけど……私の弟と瓜二つです。名前なんですか?」
「……ライン・ファルレフィア」
名前を言うと、レンゲは目を見開いてラインをじっと見つめる。
「……私も性はファルレフィアです。そちらの方は?」
「私は『知恵の神』アステナだよ」
『知恵の神』という言葉を聞いて、レンゲはキョトンとする。だが、それは『知恵の神』と言う存在を知らないのではなく、神という存在に疑問を持ったような目だった。
「ちょっと待ってね」とレンゲを止め、アステナはラインを少し離れたところに連れて行く。
「この世界には神がいないのかもね。彼女の反応からするに、父親はアルケウスではない」
数多の宇宙を生み出した『創世神』アルケウス、そして彼が力を与えた神々はこの世界に存在しない。
他の並行世界には存在するのかもしれないが、『創世神』アルケウスという存在が彼一人しかいないため、この可能性はほぼないだろう。
ただ、これはあくまでアステナの推測だ。並行世界を行き来している『時間の神』や『空間の神』に聞けば良いのだが……生憎この世界には存在しないだろう。
「はぁ、難しい話だな。帰る方法もないし、レンゲと一緒に行動するしかないな」
再びさっきの位置に戻ると、立ったまま待っていた。正直逃げると思っていたが、逃げなかったのは都合が良い。この世界のことを質問しよう。
そう思っていた矢先に、邪魔者が参戦する。
「お、吸血鬼が二体いるじゃねえか。これは付いてるぜ」
「見たことある顔だなおい……」
その相手は、以前ラインたちの目の前に現れたダンピールの男だった――
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