第51話『別の世界』
――冷たく、暗くて不気味な空間にただ足音だけが響く。
ただ一人で歩くその男は【十執政】『第六位』クロイツ・ヴァルマーだ。その右腕には謎の杖を持っていた。
「上手く出来たね。でもこれを使う前に……邪魔なやつを消さないとな」
彼の乾いた笑いが、誰もいない暗闇に響いた。
◆◇◆◇
朝日が窓から差し込み、その眩しさにラインは目を覚ました。いつも通り、彼の右腕はアステナ、左腕はセツナが抱きついている状態だ。
「起きろ二人とも。あと手離せ」
「ん……おはよう」
「むにゃむにゃ……ライン君……おはよう」
二人とも目を覚ますが、一向に手を退ける気配がない。まあ最近はいつものことなので二人が離すまで何もせず座っているのだが。
「セレナとエルフィーネがご飯作ってくれてるから下行くぞ」
――下に降りると、テーブルにはすでに豪勢な料理が並べられていた。
料理の隣では、セレナが自信を持った表情で立っている。
「なんかニコニコしてるけどどうした?」
「今日の料理は自信作なんです! ぜひ感想を聞かせてください!」
そう言って彼女が指差すのは肉料理だ。そのあまりの大きさは七人で食べるにしてもそこそこキツそうだ。
目をキラキラさせているセレナを横目に一口食べてみる。すると――
「め、めっちゃ美味い……」
口の中に肉汁が溢れて実に美味なものだ。今までの料理もかなり美味しかったが、これは群を抜いている。
「うん、美味しいね」
「本当だ、いつものよりも美味しい」
「すごい! 凄く美味しい!」
美味しいしか言われてないが、それでもセレナからすれば褒められて嬉しいのだ。かなりの笑顔を見せてくれた。
先日、初めて彼女と会った時にはここまで笑顔は見せてくれなかった。お気楽なエルフィーネと比べても静かでしっかり仕事をこなすという印象だった。
しかし、『ラビリンス・ゼロ』やこれまでの生活を通して明るくなってきた。おそらく、これが元々の彼女なのだろう。
顔には表さなかったが最初の頃は緊張していたのかもしれない。
すると、エルフィーネもスープを指差した。
「これはアタシの自信作ですよ〜。ぜひ飲んでみてくださ〜い」
初めて彼女のスープを飲んだ時はとてつもなく不味かった。自己紹介で料理が微妙と言った子の料理にしては相応しい味だ。だが、最近は段々と普通に美味しい料理を提供してくれるのでライン達は信じて飲む。
「うっ……これは……」
めちゃくちゃ不味かった。おそらく彼女にはスープだけは上手く作れないんだなと思う。
「え〜不味かったですか〜? 頑張ったんですけどね〜。スープは上手くいかないですね〜」
頬を少し膨らませてセレナに抱きついている彼女を、セレナは頭を撫でていた。
「そろそろ出ようかな」
「あれ、ラインお兄ちゃんどこか行くの?」
「ちょっと商店街に行こうと思って。今日は学園休みだしな。じゃあ行ってくる」
一人で玄関まで歩いて行く彼に、メイド二人は「行ってらっしゃいませ」、「行ってらっしゃいませ〜」と答えた。
((((……なんか、もう会えなくなるような気がする))))
ラインが出て行くまではなんとも思わなかったが、彼が出て行ってから突然、兄妹たちとアステナに不安が襲いかかった。それはメイド達も同じようだ。
「せ、セツナ様……なんか嫌な予感が」
「……私もそんな感じがする」
「アタシもしますよ〜。じゃあ着いていきましょ〜か」
エルフィーネの提案に乗った五人はすぐに屋敷を出てラインを追うことにした。
◆◇◆◇
商店街の道を一人で歩き、近くの店を眺める。まだ朝なので外にいる人数が少ないが、動きやすいためこっちの方が嬉しい。
(花屋か。レンゲに買っていこうかな)
「ありがとうございました」
――花屋で綺麗な桃色の花を一本買い、また道を進み続ける。すると、前から男が歩いてきていた。普通なら避ければいいはずだが、ラインはその男に違和感を覚える。
(この感じ……)
それは、ロエンやサフィナ、ヴァルクのような【十執政】の雰囲気だった。警戒して止まると相手も動きを止めた。
「初めまして。僕は【十執政】『第六位』クロイツ・ヴァルマーだよ」
「随分とまあ丁寧に自己紹介を……」
「どうせみんなこんな感じでしょ?」
まあ確かに今まで会った【十執政】全員丁寧に挨拶してくれたが、そんなことはどうでもいい。問題はコイツがなんでここにいるかだ。
「……ロエンとサフィナが教えたか?」
「教えられてはないけど似たようなものだよ。【十執政】がつけてる指輪から僕が景色を見れるようにしてるんだ。あ、これは内緒だよ? ソールにさえ言ってないんだから」
昨日はここでロエンとサフィナに会った。だから彼らが教えたのかと思ったが……違うようだ。まあ彼らが教えたのと同義な気もするが。
「生憎、俺にはそれをわざわざ教えてあげる【十執政】の友達は居ないんでね」
「そう? ま、君達兄妹がいなくなればなんの心配もいらないからさ」
「は? 何言ってんだ」
突然、クロイツの手に謎の杖が出現した。禍々しい見た目をしていて目が引きつけられてしまう。
彼がその杖を振ろうとすると、後ろから声が聞こえてくる。
「ライン君!」
「兄さん!」
「お兄ちゃん! 逃げて!」
「ラインお兄ちゃん! 早く!」
「ライン様、逃げてください!」
「ライン様〜逃げてください〜!」
それは、アステナと兄妹達、メイド二人だった。かなり大きい声を出したのだろう。まだ後ろにいるのに声が聞こえてきた。
「もう遅い」
「なっ……」
その杖が振られると、ラインの隣に真っ黒な穴ができた。そしてそれはラインを吸い込むように強烈な引力を放った。
「ライン君! ――!」
――穴が閉じ、ライン・ファルレフィアと『知恵の神』アステナはこの世界から消えた。
「お……兄ちゃん? ど、こ? ラインお兄ちゃん……どこ行ったの……?」
四つ子はいつもお互いを感じられる。それが『創世神』の力なのか、はたまた四つ子としての心の繋がりなのかはわからないが、ラインとの繋がりがプツンと切れた感じがしたのだ。
ラインを感じられなくなったセツナは膝を着いてただ地面を見つめている。
「別の世界に飛ばしてあげたのさ。君達もすぐに送ってあげるよ」
「なんで、そんな事を……」
「……僕の目的はこの世界から『創世神』の存在を消すことなのさ。あの方々を蘇らそうとする他のメンバーがバカバカしいね」
「ッ!!」
そんな彼に怒りを表すのはレンゲだ。持ち前の瞬発力で後ろに回り、血液の刃を首に当てようとする。
「もう遅いよ。全員消えてもらおうか」
クロイツは再び杖を振る。すると先ほどの真っ黒の穴が出現するが――
「は? いない……」
それより先に、兄妹達とメイド二人は消えていたのだ。
◆◇◆◇
空間が一気に変わったのだ。
群青と金に分かれた空に加えて、星のような光が滝のように流れている。
さらに目の前には白銀の神殿が連なっていて、金髪の美少女がこちらに歩いてきた。
「あ、なたは?」
「はじめまして。わたしは『時間の神』アスタリア。危ない所だったね。……まぁ、ライン君とアステナは間に合わなかったけど」
読んでくれてありがとうございます!
これからは元の世界とパラレルワールドを同時進行で進めていくので、第〇話の後にOriginal worldから取ったO、パラレルの方はParallel worldから取ったPを置きます!
※例:第〇話O編⋯元の世界の話
第〇話P編⋯パラレルの話




