第44話『『剣聖』アッシュ・フェルザリア』
血描写あるのでお気をつけて!
――風を駆けて二人の刃がぶつかる。『剣聖』の攻撃の軌道を全て読んでいるかのように、『第二位』は完璧に対応していたのだ。
「ハハッ! お前がどれだけ剣才を磨こうが、この身体の俺には勝てねえ!」
「チッ……」
「もらった!」
『第二位』の突きがアッシュを貫こうとした時、突如目の前から消えたのだ。あまりにも速い速度に『第二位』は困惑し、辺りを見渡す。すると、上から彼が降ってきたのだ。
だがその一撃を、『第二位』は易々受け止める。
「危ねぇな。でもそれも無駄だ」
スパァン!
『第二位』の剣とアッシュの剣は交わっていて、とても斬撃を与えるということは出来ないように見える。しかし、気づいた時にはアッシュも斬られていたのだ。
思いもよらない出来事に、アッシュは困惑する。
「何年も剣の修行をしてきたのに、結局『剣聖』の『権能』を持ってる俺の方が強いんだな? 実に滑稽だ」
「君が誰なのかは知らないけど、僕のお父様の身体でそんなことを言うな」
そう言われて、『第二位』は顔をニヤニヤさせる。
こんなに気持ちの悪い笑顔をする父親の顔をアッシュは見たことがなかった。
「俺がお前の父親の身体を乗っ取って五年か。結構大変だったんだぜ? こいつが強すぎて強すぎて。『神龍オメガルス』を呆気なく倒しそうだったんだぜ? 本当に危な……」
言い終わるより先に、アッシュの長剣が彼の左腕に刺さった。
「実の父親の身体に剣を刺せるのかよ! いい性格してるじゃねえか!」
「もうお父様はいない。君はただのお父様の虚像だ」
手を刺されているにも関わらず余裕のある表情でアッシュを見つめる。だが一瞬、危険な気配を上空に感じた。
それは、《空間操作》の『権能』で上空から出現させた『神剣』フロストリアだ。空気が凍てつくような強力な冷気を漂わせながらこの男――エルン・レイ・フェルザリアに落ちてくる。
「ハハハッ! 考えたな! だが無駄だ!」
なんと、落ちてきた『神剣』をただの長剣で弾いたのだ。
その光景に唖然としていたアッシュの全身を斬撃が襲いかかった。
「アガァッ!?」
あまりの痛みに地面に膝をつけて倒れていると、エルンは地面に落ちた『神剣』に向かって歩いて行った。
「そういえば、これは『剣聖』の『権能』がないと使えないんだろ? お前が使えてる理由は知らねえが、俺も使えるんじゃねえか?」
そう言いながらそれを拾う。本来なら、『剣聖』以外が『神剣』を持つと全身が動かなくなったり、剣が勝手に『剣聖』に向かって飛んでいくのだ。
しかしエルンがそれに触れても何も起こらず、ただ彼の手に収まっている。
それは、『剣聖』の『権能』を持つエルンも使えるということだろう。
「っ!? 速い!」
「オラオラオラァ! この剣を受け止められるのか!?」
氷の『神剣』を振り回し、何度もアッシュの顔を掠めそうになる。顔が近づくと凍てつくような空気が散布され、まともに戦うのも難しくなる。
「だったら……《空間操作》!」
異空間の武器庫から出てきたのは、炎の『神剣』である『神剣』アグナシスだ。空間が燃えるような熱気が一気に放出され、エルンの額を汗が流れてくる。
「《超加速》」
アッシュの動く時間が加速され、超高速移動ができる『権能』を使った。これまでよりも速い速度にエルンは周りを見渡す。だがしかし、一瞬姿を認識できてもすぐに見えなくなり、周りを見渡して『神剣』を振り回すことしかできない。
(後ろか! 間に合うか!? こいつの速度を超えて剣を後ろにできねぇ! ならば……)
ドォォン!
「なっ……」
突然、エルンの背中から紫のエネルギーが出現し、大きな爆発音を残してアッシュを吹き飛ばしてしまった。
また、先ほどまでの『第四位』セルヴィ・ミレトスとの戦いで四分使った『神剣』を、今の戦いで一分使ってしまったので今日の『神剣』を使える時間は無くなってしまった。
「あ……う……身体が動かない……」
昨日もアッシュを倒したこの紫の力。それは彼ら【十執政】が悪魔から与えられた呪いの力だ。
その力をもう一度受けたアッシュは身体が上手く動かせず、地面に倒れてしまう。
「ふぅ。昨日は殺さないでやったが、今日はそういかないぜ? 俺は甘くねえからな」
動けないアッシュを見下しながら、右手に紫のエネルギーを収束させて構える。
もし喰らってしまえばひとたまりもないだろう。なんとか逃げようとするが身体が動かない。
――突然、アッシュの脳内に走馬灯が走る。
◆◇◆◇
ここは一体なんだろうか。周囲は真っ暗闇で何も見えない。周りを見渡すと一点だけ、直視すると輝くものが視界に入った。
(あれは……)
光に向かって歩き続ける。まるで距離が縮まらないように見えるところを歩き、「本当に光まで到達できるのか」と心配しながらも進むしかないのだ。
「あっ……」
思わず声が出る。光がこちらに近づいてきたのだ。一点だけ光っていた空間は、一気に広がりアッシュを包み込む。
突然、目の前に一人の男がいた。それは――
「お父……様」
青みがかった銀髪を持つ、アッシュとよく似た男だ。今、現実で何者かに乗っ取られているエルンとは顔つきが違うように見える。
おそらく、このエルンは五年前に『神龍オメガルス』と戦いに行った時の姿なのだろう。アッシュが最後に見た彼の姿と一緒だ。
「お父様……」
近づこうとするも近づけない。首以外の身体が全く動かないのだ。身体を動かそうと必死になっていると、エルンがアッシュに近づいてきた。
「お父様……僕は、『剣聖』になれなかった。お父様が帰って来なくなってから、お爺様やお母様たちに手伝って貰ったんだ。でも、僕が『剣聖』の『権能』を受け継ぐことは出来なかったよ」
――アッシュ・フェルザリアが『剣聖』になったのはエルンが帰ってこなくなった日から一年後――彼が十一歳の時だった。
本来、『剣聖』の『権能』は持ち主が亡くなればフェルザリア家の中から次代が選ばれ受け継がれる。
しかし、どれだけ時間が経ってもアッシュどころか、他の子たちに『権能』が受け継がれることもなかった。
結局、フェルザリア家の中で一番剣才があったアッシュがエルンの代わりの『剣聖』となった。
だが、所詮は称号だけのお飾りの『剣聖』だ。アッシュが『剣聖』の『権能』を持っていないことを知る彼の従兄弟たちがそれを気に食わず、何度も嫌がらせをされていた。
「『剣聖』の『権能』を持ってない奴が……『剣聖』の息子だからって贔屓するんじゃねえ!」
そのようなことをほぼ毎日言われていた。しかし、それに見かねた彼らの祖父でエルンの先代の『剣聖』――ヴァイン・レイ・フェルザリアの助言で従兄弟らとアッシュは木刀で勝負をすることになった。
スパァン!
彼のことをよく思わなかった従兄弟三人。アッシュと同い年の彼らは一瞬にしてアッシュに制圧されたのだ。
それからというもの、彼らは考え方を改めて色々手伝いをしてくれるようになったが、同時にアッシュの心に「『剣聖』の力を持たないお飾りなんていらない」というような傷を残したのだ。
「アッシュ、お前は頑張ってるよ」
突然、エルンに抱きしめられる。身体が動かせずにいるが、虚像ではなく本物の父親の暖かさを五年ぶりに感じて涙が頬を流れていく。
「アッシュはすでにこれまでの歴代『剣聖』よりも凄い力を持ってるよ。もちろん僕よりも。普通なら、『剣聖』の力を持つ相手にこれほど戦うことは出来ないから」
優しく、そして強くアッシュを抱きしめてその頭を撫でる。その優しさにアッシュは涙を流すことしかできずにいた。
「お父さ……あ、れ? 父さん、身体が……」
エルンの肉体が光の粒子のようになり、ゆっくりしたスピードでどんどん消えてゆく。それを見て焦るアッシュを強く抱きしめて落ち着かせる。
「ちゃんと最後まで戦っておいで。僕の力をアッシュにあげるよ。バイバイ、アッシュ。これからもずっと元気でいてね。セリアのこともお父様の事も頼んだよ」
「父さん…父さん…」
涙が流れ続け、思うように言葉が紡げない。だが、何を言いたいのかわかっているようにな顔をしていた。昔から変わらない、優しい笑み。
「バイバイ、アッシュ」
――エルン・レイ・フェルザリアの肉体は、光の粒子になって消えていった。
◆◇◆◇
「じゃあな『剣聖』。死ね!」
スパァン!
紫のエネルギーがアッシュに放たれる。だが、動けずにいたはずの彼は地面にいず、後ろからエルンの身体に斬撃を浴びせたのだ。
「馬、鹿な……」
血が溢れる背中を押さえて後ろを見る。そこにいるのは、これまで彼が見てきたアッシュ・フェルザリアとは違っていた。全身に金色の粒子がまとわりつき、圧倒的な格の違いがエルンの身体を震わせる。
――『剣聖』アッシュ・フェルザリアとして生きてきた時間は、新たなものに生まれ変わっていた。
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