第42話『『知恵の神』の想いと吸血鬼殺し』
「――」
「アリシアス、なにか考え事かな?」
『生と死の神』アリシアスは、突如声を上げてから数十秒、無言で顎に手を置いて何か考え事をしていた。
何も話し始めない彼女に痺れを切らした『知恵の神』アステナが尋ねると、下に向けていた目をアステナに向けてさらにラインに向けた。
「急で悪いんだけどボクの頼みを聞いてくれるかな?」
なんの前触れもなくそんなことを言われ、ラインは一瞬ポカンとするがすぐに頷く。
「【十執政】の男が地上で暴れてるんだ。しかもボクが一番嫌いな存在がね。だからちょっとボコボコにしてやってほしいんだ。本当はボクが手を下したいんだけど……」
と、アリシアスがそこまで言うと『時間の神』アスタリアが横から口を挟んできた。
「わたしたちは世界の均衡を保つ存在だから、そう易々と地上に干渉出来ない約束なんだよね。……アステナも本当はそのはずなんだけどね?」
睨むような目つきでアステナを見つめると、アステナはいじけるように目を背けて腕を組む。
「別に危ないことはしてないからいいだろう? 地上で過ごす時間も楽しいものだよ。それに……それに最近は……やっぱ何でもない」
なんか最後の方でラインを何度かチラチラ見て頬を赤ていたように見えたが……まあ気のせいだろう。
そうラインは思っていたが、彼以外の『時間の神』、『空間の神』、『生と死の神』、『夢の神』はお互いに顔を見合わせて何かを考えていた。
「ま、まあ良いか。じゃあスピリア、彼を地上に送ってあげて」
「はーい。僕は久しぶりに男の子と会えて嬉しかったよ。ここは女の子ばかりだし。また会おうね」
「あ、はい。ありがとうございま――」
――感謝を述べるよりも先に、『空間の神』スピリアの力で地上に転移されてしまった。
「さて、ライン君も帰ったことだし私も帰ろうかな」
「ねぇアステナ。ちょっと」
手招きをするアスタリアに近づき、その口に耳を傾ける。
「貴女もしかして――」
「――っ!? そ、そんなわけないよ。うん、ない。絶対ないから。私のどこを見てそう思ったのか知らないけど、勝手な想像はやめてほしいね!」
ボソッと呟かれた途端にアステナの顔は今までにないくらい真っ赤になり、必死に否定しながらアスタリアの胸をぽこぽこ弱く叩く。
すると、この場で唯一の男であるスピリアがアステナの肩に手を置いた。
「僕とあの子では感じ方とかが違うかもしれないけどさ、そういうことは言ってあげた方がいいんじゃない? 『知恵の神』だからどうすれば良いかわかるでしょ?」
そう言われるとさらに真っ赤になり――
「う、うるさいよ! 私はこんなことを感じるのは初めてなんだからどうすれば良いか分からないんだって」
落ち着いていてほぼ無表情、そしてミステリアスな雰囲気を常に醸し出していたアステナがここまで感情を露わにしているのを見るのは、四神にとっても初めてのことで驚いた顔をしている。
「へーアステナってラインくんのどこに惹かれたの?」
「う、うるさいよ。聞かないでよ」
初めてのことに戸惑っているアステナに驚きながらも、四神は友達の悩みを聞くようにアステナを神殿に向かって連れていくのだった――
◆◇◆◇
【十執政】『第四位』セルヴィ・ミレトスが、急にやってきた人間を殺害して残機が1増えたのを見て『剣聖』と『魔導師』は戦慄する。
最初に彼の頭上にあった60000という数字――それは、六万人もの人を殺害してきたということなのだろうか。
どちらにせよ、このような殺人鬼を逃せば大量虐殺が行われるだろう。二人はこの男を止めることを決意した。
「俺の大事な大事な残機をここまで減らしやがって……一体何十年かかったと思ってんだ?」
「君の頭上の数字――それは殺した数なのかい?」
「どうだろうな? でもここでお前らの命を俺のものにしてやる!」
構えるセルヴィを二人はじっと見つめる。
この数分間で60000の残機を2001まで減らしたが、アッシュが五分制限の『神剣』を使える時間はあと一分、グレイスが三分制限の《無敵》を使える時間もあと一分程度しか残されていない。
残り一分で2001の残機を捌き切れるだろうか。そう思っていると空が眩く光り、一人の男が降りてきた。
「ここは……あれ、お前ら何でここに?」
それは、『空間の神』スピリアによって地上に帰されたラインであった。突然のことにアッシュとグレイスは驚きながらも、心強い仲間が来て内心安心する。
だがそれよりも驚いていたのはセルヴィだった。
「お、お前が『創世神』の血を引くやつか!? な、何でこのタイミングで……ふざけんなよ!」
「何でそんなキレてんだよ。てかお前も【十執政】なんだろ? ロエン、サフィナ、アレン、ソールって会ったばかりなのにまた新しいやつかよ……」
理不尽にキレられてラインは少し悲しくなったが、昨日会ったばかりの四人に加えてさらに新たなメンバーも出てきて頭を抱える。
その刹那、セルヴィがラインに向かって襲いかかってくる。
だが、一瞬でラインは彼の目の前から消え――
「うっ!? 見えなかった! お前も速いのかよ!」
血液の刃で切り刻まれ、残機がまた減っていく。ライン、アッシュ、グレイスに挟まれたセルヴィはついに――
「なっ……あいつマジかよ!?」
逃亡を開始したのだ。森を駆け、何度も後ろを確認しながら人がたくさん集まる商店街に向かって走る。
(人だ! 早く人を見つけねぇと! ……あ? なん――だ)
だが突然、目の前から現れた何者かに蹴り飛ばされ再びラインたちのいる場所に戻ってしまった。
「あ、帰ってきた」
「何したかったんだあいつ」
ラインたちからすると急に逃げたくせにすぐ帰ってきたため、何がしたいのか全く分からず逆に怖く感じていた。
「やっと見つけた」
すると森から男が出てきた。その男は少し赤みがかった金髪をしていた。
「お、お前誰だよ!? 急に俺を蹴りやがって!」
「俺の妹を殺そうとしたのはお前だな? ふざけるんじゃねえぞ。……あ?」
その男がラインたちの方に顔を向け、ラインたちは構えるか悩む。見た感じはセルヴィを追ってきたようだが、赤い瞳からは何やら危ない雰囲気が出ていた。
「お前まさか吸血鬼か? さっきも二人の吸血鬼を見たが……ここら辺は吸血鬼が多いのか?」
「確かに俺は吸血鬼だけど何で分かったんだ? ……なんかお前から匂いがする気が」
吸血鬼の匂いに気づくのは同じ吸血鬼か人間以外の他の種族くらいだ。先日、魔法学園を『神龍オメガルス』と一緒に襲ったルシェル・バルザーグのように匂いがほとんどない吸血鬼もいるのだが、この目の前にいる男からはしっかりと吸血鬼の匂いがする。
「それは俺も吸血鬼……いや、ダンピールだからだ」
以前、「吸血鬼と人間の混血はダンピールと言って、吸血鬼を殺しに来ちゃうんだー」と、母親のルナミア・ファルレフィアから聞いたことがあった。
だが、ダンピールは生まれてもすぐ死んでしまうらしいので、これまでに彼女が会ったことがあるのは数えられるくらいと言っていた。
そして今、ラインの前にも吸血鬼狩りの存在がいる。
自分の命を脅かすかもしれない存在にラインは冷や汗をかく。
「おいそこの吸血鬼。今回は見逃してやるから俺の前から消えろ。俺はこいつに用がある」
「ちょ、く、来るんじゃねえ! 殺すぞ!」
鞭のような剣をまた取り出し、その男に向ける。すると、男はため息をついてガラス瓶のようなものを懐から取り出した。
遠くからのためよく見えないが、何やら血のように真っ赤なものが入っている。
「できるもんならやってみろよ」
その男はガラス瓶の栓を抜き、中にある赤い液体を口に入れて飲み込んだ。
ズゥゥン!
「っ!? アッシュ、グレイス! 逃げるぞ!」
「え、なん――」
「いいから早く!」
ラインの気迫に圧倒され、アッシュとグレイスは渋々彼の腕を掴む。するとラインは一気に上空に飛び上がり、その場から離れた。
(今の……なんだ? 反射的に身体が……)
ラインは後ろを何度も確認しながら二人の腕を掴んで空を駆け続け、考え事をしていた。
あの男が赤色の液体を飲んだ瞬間、ラインは全身の細胞が強張るような恐怖を感じた。動かなければ死ぬと思ったのだろうか。考えるよりも先に身体が動き、『剣聖』と『魔導師』を連れて逃げる判断ができた。
彼は言っていた。『お前まさか吸血鬼か? さっきも二人の吸血鬼を見たが……ここら辺は吸血鬼が多いのか?』と。
この辺りは吸血鬼、エルフ、獣人などの村が近くにあり、その種族らがよく商店街に行く。となると、この男が会った吸血鬼はその村の吸血鬼という可能性もある。
しかし、レンゲとアレスは二人でエリシアを家まで送っていったのだ。彼の言っている人数と一致する。彼がルナミアの言う通りに吸血鬼を殺す存在であるとすれば、かなり心配だ。
(頼むから無事でいてくれよ……)
そんな思いを心に言い聞かせながら、二人を引いて屋敷まで帰っていた――
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