第39話『商店街と夢』
第三十九話です!
「いやーエリシアちゃんとたくさん話せて楽しかったな!」
エリシアを家まで送り、帰り道を兄のアレスと一緒に歩いていた。周りを囲んでいた木は消え、街が見えてくる。この街を少し超えた先がアレスたちの屋敷だ。
先日、ラインに買ってもらった水色のブラウスに朝食を終えた後すぐ着替えた。生憎、セレナの手伝いをしていたラインに見せる暇はなかったが、かなり可愛い。
「僕は魔法グッズ専門店に行った後に本屋にも行くし、長くなるから先帰って良いよ」
「あ、ほんと? うーん……じゃあ私はお花屋さん行ってくるよ! バイバイ、アレスお兄ちゃん!」
「また後で」
街にある花屋に向かって走っていく妹に手を振り、アレスは近くの魔法グッズ専門店に入る。
扉を開くと、鈴の音が頭上で鳴る。壁に付けられているランタンによって少々明るくなっていた。
店内に足を踏み入れると、店主の老人から声をかけられる。
「いらっしゃい。おや、久しぶりじゃないか? 最近来なかったもんで気になってたんじゃよ」
前からこの魔法グッズ専門店にはよく通っていて店主とは知り合いだ。最近、通っていなかったため、店主と会うのもかなり久しい。
「まあ色々ありまして。今日はまだ人来てないんですね」
「お前さんが来る前に一人来たが……それ以外はあんまりじゃな。まあうちの店は昼からお客さんが大量に来るからの」
理由があるのかないのかは分からないが、ここは朝より昼から来る客の人数が倍以上ある。この街一つの魔法グッズ専門店とはいえ、他の町の専門店よりも多くものが置いてあるそうだ。
「まあゆっくりしていってくれ」
アレスはいつも通りに周りを見渡しながら歩き回り、魔法グッズを見る。中には日常向けだったり冒険者向け、さらにはエルフ向けや獣人向けなど様々なものがあった。そして、その中の一つにアレスは気を取られた。
「これは……」
それは吸血鬼向けの棚にあった魔法グッズだ。クリスタルガラス製の繊細なデザインのガラス瓶の中に血液が入っている。
「おーそれが気になるのか? それは先日入荷したんじゃが、確か魔法で生成された栄養血液らしいの。先ほどの男も一つ買っていったがお前さんも欲しいのか?」
「そうですね……じゃあ四つ買います」
「結構買うな!?」
◆◇◆◇
「ありがとうございましたー」
そのガラス瓶を四つ購入して礼をし、外に出る。本当はこのまま本屋にも行きたかったが、最近作られたものでかなり高いものだったのだ。
しかもそれを四つも買ったため、お金をあまり持ってこなかったアレスはたった今ほぼお金が無くなった。
「仕方ない。今日は本屋はいいかな。レンゲを探しにいかないと。確か花屋に行くって言ってたな……」
通りを真っ直ぐ進んでいると、花屋が見えてきた。さらによく見ると人だかりが出来ていた。
「あの、何かあったんですか?」
アレスは人集りに近づき、女の人に声をかけた。
「なんかね、花を買いに来た男の人がお金を払わずに逃げ出したらしくて。それを赤髪の女の子が追いかけていったらしいわ」
花屋にいた赤髪の女の子――そんなのは多分レンゲしかいないだろう。正義感が強い妹に感心しながらも一人だけなのは心配だ。
「ありがとうございました」
女性に頭を下げ、指し示してもらった方向にアレスは走っていく。
(ったく、一体どこに……レンゲのスピードですぐ追いつけないってことは結構な……)
走り続けていると、目の前が森になってくる。さらに、その前に赤髪の女の子が男を追いかけている姿が見えた。
(やっぱりレンゲだ……早く追いつかないと)
◆◇◆◇
「こらー! 待てー!」
(な、何でそんなに足速いんだよ!? 《早駆》使ってるのに!? いや、でも所詮ただの女だ……だったら!)
その男は急に振り返り、レンゲはきょとんとする。だがその男の手に握られていたのはナイフだった。
「オラァ!!」
「ちょっと危ないでしょ! じゃあ私も……えいっ!」
「ヒッ!」
何事も無かったかのように飛んできたナイフを避け、血液の刃を投げた。
当てようと思って投げてはいないため、その男に当たることはなかったが一瞬男の動きが止まった。
(よし! あとは拘束すれば……あ、でも血液で拘束したら吸血鬼ってバレちゃうな。どうし……)
「ウアアアア!」
叫んだと思えば懐からもう一本のナイフを出し、それをレンゲの胸に向かって突き刺そうとしていた。
「あ、レンゲ! 危ない!」
「アレスお兄――」
後ろからアレスの声がし、レンゲはそっちに気を取られてしまう。そのナイフが当たりそうになったところで――
ドガッ!
鈍い音がしてその男は、左に向かって吹き飛んでいった。
「あれ、逃がしちゃった? あーあ……」
「レンゲ、大丈夫?」
しょんぼりしたレンゲに傷がないことに安心しながらも、男が飛んで行った左に目を向ける。
だが、すでに男の姿は無かった。
「一体何が……急に横に飛んで行ったけど」
「わかんない……でも誰かが右から飛んできた気がするよ」
「一旦花屋に戻ろうか」
◆◇◆◇
花屋に戻ると、先ほどまでの人集りは消えていてほんの数人だけになっていた。
「あ、あの……」
レンゲが店主に声をかけると、「ちょっと待って」と言って裏に走っていった。
数分待っていると、店主の女性が手に大量の花を抱えて来たのだ。
「え、えっと、その花は?」
「どうぞレンゲちゃん! 捕まえてくれたんでしょ? お礼にお花たくさんあげる」
「えぇ!? いや、私は目の前で取り逃しちゃって……捕まえられてないんです」
「あら、そうなの? でも縄で縛られた状態でうちの前に倒れてたわよ。まあ二度としません! って凄まれたから許しちゃったんだけどね」
なんて心が広い人なのかと思うと同時に、ナイフぶん投げてくるやつが放たれて危なくない? とも思った。
「まあレンゲちゃんが捕まえてなくてもどっちでも良いわ。いつもうちでお花買ってくれるんだしこれは本のお礼」
「は、はい、ありがとうございます!」
花を押し付けられ、断るわけにはいかずに全てを受け取った。最初はレンゲも困った顔をしていたがさすが花が好きと言ったところか。すぐに笑顔になって鼻歌まで歌い出した。
――屋敷に着くと、レンゲは一目散にセツナの部屋に走っていった。
「セツナお姉ちゃんただいま! あれ、いない?」
「……レンゲ、セツナは兄さんの部屋で寝てるよ。ほら」
ゆっくり扉を開き、ベッドを見るとセツナがぐっすり寝ていた。起こすわけにもいかず、二人は笑顔で笑い合ってそっと扉を閉めた。
「あ、アレス様、レンゲ様おかえりなさいませ」
後ろを振り向くと、メイドのセレナと――
「あ、エルフィーネちゃん! 起きたんだ!」
「おはよ〜ございま〜す。二人とも〜」
「今さっき起きたばかりです。本当に心配しましたよ。もしかしたら一生起きないんじゃないかって……」
頬を流れる涙をハンカチで拭いているとエルフィーネに抱きつかれる。
「何ですか急に」
「別に〜。でもありがと〜」
エルフィーネを抱きしめ返し、安心したような笑みを見せるセレナを見てアレスとレンゲも笑顔になった。
「そういえばラインお兄ちゃんとアステナさんは?」
「アステナ様と外に行ったのは分かりましたがそれ以上は知らないですね」
「あ〜そういえばアタシ、ライン様とアステナ様が四人の美少女と一緒にいる夢見たよ〜」
どんな夢だよと思うが、ラインとアステナがいない今それは正しいのかもしれない。まあ別に気にしない……とその場にいる全員が思っていると、後ろのラインの部屋の扉が力強く開いた。
「あ、セツナ様、起きたんですね」
「エルフィーネ、今、お兄ちゃんが誰といるって?」
と、密かに怒りを含んだセツナの声色が響いた――
読んでくれてありがとうございます!




