第37話『三人で目覚めた朝』
久しぶりの戦闘なし回ですね
――黒い羽根のような霧が消え、中から四人が姿を現す。
その場所は、冷たく、暗くて不気味な広大な空間だった。光がぼんやりと床を照らしてソールたちの影ができる。
残念ながら、ラインが放った「血式・紅」は届かなかったようだ。
「全員揃ってるでしょうね。急ぎましょう」
背丈の倍以上ある巨大な漆黒の扉をゆっくり開ける。中の光が溢れ出て、ロエンたちは一瞬目を瞑る。
その奥には、すでに七人の【十執政】が椅子に座って待っていた。
「ごめんごめん、遅れたね。――っ! ぐ……」
足を踏み入れた瞬間、ソールの口から咳が漏れ、真っ黒の地面に血が飛び散った。彼の顔面は蒼白で、一瞬、苦悶の表情が走る。
「ソール!? 大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫」
ソールは口元を拭き、乾いた声で笑った。
「ははっ……。たった一回、《因果律操作》を使っただけなのに、こんな反動を受けるなんてね。あの方たちやこの呪いに守られてるとはいえ……。全く、厄介な神だよ」
そう呟き、ゆっくりと立ち上がると彼も自分の椅子の向かって進む。すると、突然後ろから肩を組まれた。
「よぉ! そんなに『創世神』の息子に手こずったのか? 俺もいけば良かったなー」
「はぁ……うるさい。ていうかお前も来てただろ。何してんだ?」
「ああ、『剣聖』と戦ったんだよ。意外とすぐ終わると思ったが、重い一撃喰らってな。まあ、さすが俺の身体だ。めっちゃ頑丈」
そう言って自分の身体を触るのは、【十執政】『第二位』の男だ。青みがかった銀髪が片目を隠し、不気味な印象を持たせている。
「まず座って。会議を始める」
長方形の真っ白なテーブルの両端に五人ずつ座り、リュミエールは拘束されて地面に寝かされている。
「あれ、ヴァルク寝てるじゃん。おーい起きろー」
ヴァルクの正面に座る『第五位』の女性が、彼の目元で手を振るが起きない。まあ気絶しているので当たり前だ。
「《零刻輪廻》を使ってしまいましたからね。仕方ありません」
「とりあえずヴァルク抜きで始めよう。ロエン、サフィナ、集めた『創世神』の力の欠片は?」
「こちらに」
「ちゃんとあるよー」
二人がゆっくりと指輪を取り出す。それは、黒曜石のような漆黒と紋様が刻まれた銀色の環が常に回転している。また、中央に紫色の結晶が埋め込まれていた。
「じゃあそれを使って、あの四人に対抗出来る武器でも作って貰えるかな、クロイツ?」
「うん、別に構わないよー。でも結構時間いると思うからそこだけは理解してよ?」
そう言ってロエンとサフィナの指輪を取ったのは、【十執政】『第六位』クロイツ・ヴァルマーだ。
『ラビリンス・ゼロ』で、ロエンたちが使っていた『創世神』の力に反応する羅針盤や、力の欠片を集める指輪を作ったのがこの男である。
「それでこれからはどうするの?」
「あの方々を目覚めさせるにはまだ力が足りないからね。いつも通り、世界中を回って回収しないと」
「てか、『ラビリンス・ゼロ』に行けば良いんじゃねえの? あれは『創世神』が創った空間だ。まだ力がたくさん集められるだろ?」
腕を頭に組み、そう話すのは『第九位』の男だ。顔面に付けている獅子か何かのようなお面のせいで顔は見えないが、でかい態度をとっていることは分かる。
「ロエンたちがあそこを開ける方法を見てたから、またいつでも行けば良いんじゃないかな? でも学園の目があるし、難しいと思うけど」
「私はもうあそこに行きたくないんですが……」
「アタシも行きたくなーい。てか、『凍界の女神』を縛ってるけどどうするの?」
『ラビリンス・ゼロ』に行くことを拒否しながら、サフィナはリュミエールをチラッと見てソールに尋ねる。
「彼女は『創世神』の力の欠片を取り込んでるからさ。僕たちの戦力にしたいけど、素直に従ってくれるかどうか……。場合によっては……ね?」
「あ、そろそろ時間じゃない?」
「あ、本当だ。じゃあ、会議はこれで解散。また明日の会議に備えるように」
――そして、【十執政】は各自で動き始めた。
◆◇◆◇
(で、なんでこうなってんだよ……)
自室のベッドに入りながら、ラインはため息をつく。そして彼の横には――
「すぅ……すぅ……」
「ん……むにゃむにゃ……」
彼の妹のセツナと、『知恵の神』アステナが一緒のベッドに入って寝ているのだ。
きっかけは単純だ。
◆◇◆◇
アステナが階段から降りて来た後、彼女は来た理由も話さずに普通にくつろぎ始めた。何度聞いても「明日話すよ」というので、仕方なく全員で晩飯を取り、それぞれ風呂に入り、ようやく寝るというところになった。
ラインが自室に行こうとすると、後ろからアステナに手を引っ張られる。
「ねぇ、私はどこで寝ればいいかな? 部屋がないなら君の部屋でも……良いけど?」
「えー俺の部屋? セレナ、他の部屋って開いてないのか?」
「ベッドがあって寝れるのはアルケウス様とルナミア様の寝室、ライン様たちの自室、私とエルフィーネの部屋です。私は今日はエルフィーネの部屋で寝るつもりなので私の部屋でも構いませんよ」
「あーそういえば私はどこで寝よう……」
セレナの話を聞いていたエリシアが呟くと、レンゲがバシッと手を挙げる。
「じゃあエリシアちゃんは私の部屋で寝よー!」
「良いの? じゃあレンゲの部屋で寝よーっと」
と、そこは決まったのだが問題はアステナだ。
「あーそうだね、うん。でも、アルケウスの部屋で私が寝るわけにもいかないし、メイドの……セレナちゃんの部屋で寝るのも悪いと思うし!? だからその……ねぇ?」
「そんなに俺と一緒に寝たいのか? はぁ……まあいいけど」
上目遣いで頼んでくるアステナに対して、ラインが仕方なく受け入れると、隣からソファーでぐったりしていたセツナが飛んできた。
「ちょっと待って。じゃあ私もお兄ちゃんと一緒に寝る」
「はぁ!? お前まで何言って……」
「だって私身体だるいんだし、そうしたお兄ちゃんが世話するべきじゃないの?」
めんどくさい事を言う妹だと思ってアレスに目線を向けるが、「お構いなく」のような表情で手を振っている。
「もう、分かったよ。じゃあ二人とも俺の部屋で寝るんだな?」
「うん、そうさせてもらおうかな。仕方なくだけど?」
「じゃあ部屋行こ。みんなまた明日。おやすみ」
セツナの挨拶に対し、その場にいた全員が「おやすみ」と返事をした。
◆◇◆◇
(それにしても……一緒に寝るんならもう少し何とかできないのか!?)
右にセツナ、左にアステナという状況にラインは頭を抱えようとしたが、その両腕は両隣によって抱きつかれているため動かせない。
(……寝るか)
ラインも身体を倒し、枕に頭を乗せる。一つの枕に三人の頭が乗っているのだ。その重みで、少し沈んでいるが気にしない。
◆◇◆◇
陽光が差し込んでくる朝、ラインは目を開ける。両隣を見ると、二人ともまだ寝ている。
「おい二人とも起きろ。朝だぞ」
「ん……おはようお兄ちゃん」
「むにゃむにゃ……んっ……おはようライン君」
身体を揺すると、両隣が目を覚して起き上がる。だが、まだ両腕が動かせない。
「おはよう。で、そろそろ腕離してくれ。俺が寝る前からずっと抱きついてるぞ」
「あ、ごめんごめん」
「あ、うん、悪かったね。うん」
「……謝るんだったら手離さないか普通」
起きてから確認したにも関わらず、二人は抱きついている手を離さず、なんなら寝ている時より強くなっている。
(勘弁してくれよ……)
と、思っていると部屋の扉が勢いよく開けられる。
「おっはよーラインお兄ちゃん、セツナお姉ちゃん、アステナさん! 良い朝だね!」
いつも通りの末妹を見て心が落ち着きつつ、新しい朝が始まった事を実感した――
読んでくれてありがとうございます!




