第36話『ありえないのだから』
第三十六話です!
「ダメだ……。意識が朦朧としてる……。ここは一体……」
ラインが、ロエンが施した結界を破壊し、魔力探知が出来るようになったことで属性神たちは一斉に『ラビリンス・ゼロ』から飛び出した。
アッシュも彼らに付いていき、学園の裏にある山を登っていた。
しかし、アッシュがラインたちのところにたどり着くことは出来なかった。
「僕は……」
何が起こったのか、彼には分からない。いや、分かろうとしたくないのだ。
だって、死人が生き返ることなどありえないのだから――
◆◇◆◇
「アッシュ! おいアッシュ起きろ!」
「ん……ラ、イン……?」
周りの木が切り倒されている中で倒れていたアッシュの目が開き、ラインたちはそっと胸を撫で下ろす。
全身が切り傷だらけで、
「一体何があったんだよ。身体中切り傷だらけじゃねえか」
「あ、ああ……いや、僕にもよく分からなくて。僕もラインを助けに行こうとしたんだけど、この山を登るところで……多分、何者かに攻撃されたんだと思う」
「なるほどな。また新しい【十執政】のやつでも来てたのか? あいつら暇かよ」
最初は三人だけだっとのにどんどん出てきた【十執政】を暇なのかと思いつつ、傷ついているアッシュの肉体に治癒魔法をかける。しかし――
「あ、あれ? 回復しない? どうなってんだよ」
アッシュの身体に手を置き、何度も発動するが一向に治る気配がない。別にラインが治癒魔法が下手だというわけではない。彼はそこそこちゃんとした治癒魔法ができる。しかし、それでもアッシュの身体は再生しない。
(どうする? こうなったら『創世神』の力で……いや、使いすぎてるから重い反動が来る……。だったら俺の血を与えてアッシュを眷属にするか? でも吸血鬼になれる可能性は低いし……俺やったことないし……)
と、頭をフル回転させていると後ろにいた『水神』アクアがため息を付いて近づいた。
「はいどいてどいて。治癒魔法がダメならこれならどうかしら?」
そう言ってアッシュの体に手を置くと、アッシュの肉体は青白く光り、切り傷がだんだんと治っていく。
――やがて、完璧に治りきった。
「い、今のは?」
「『水神』の力よ。これくらい朝飯前だわ」
「『水神』ってすげえな」と思いつつ、ゆっくり身体を起こすアッシュに目を向ける。
「おい、無理すんなって。俺が担いでやるから」
「バカか。お前も動けないからヴォルスにおぶってもらってたんだろ。『剣聖』のお前は俺が担いでやる」
申し訳なさそうにするアッシュをイグニスは肩に担ぐ。『風神』におんぶされている『知恵の神』を見ていたので、おんぶされるのだと思っていたがただ肩に担がれただけだった。
「じゃあ、戻るよ」
◆◇◆◇
再び、八人は神秘的な広大な空間――『ラビリンス・ゼロ』に入る。すると、中ではアレスたちがエルフィーネ、エリシア、グレイス、そして、何故か倒れているカイラス先生を寝かせていた。
「あ、兄さんたち帰ってきた」
「お帰りなさいませ皆様」
深々とお辞儀をするセレナにいい子だなとみんなが思いつつ、寝ている三人のもとまで歩く。
すると、寝ている者たちの方を見ていたセツナがラインを睨んだ。
「お〜に〜い〜ちゃ〜ん〜? 私たちに力の反動を分けたでしょ!? 身体重いんだけど!」
「ま、マジでごめんって。じゃないと俺戦えなかったんだよ」
「はぁ。まあ良いよ。アレスとレンゲが動けるのに、私が動けないのは私も『創世神』の力を使ったからだし」
「お前も使ってたのかよ。てか、先生は何で倒れてるんだ?」
グレイスの横に寝かされているカイラス先生を見て、不思議そうに尋ねる。しかし、「さぁ?」と言うように両手を上げ、全く分からないようだ。
「手を叩いたりしても全然起きないの! でも生きてはいるから、多分エルフィーネちゃんを眠らせたサフィナちゃんの仕業じゃないかな?」
「じゃあ先生は一日は目覚めないってことか」
そう呟き、寝ている四人を見ていると後ろから声がした。
「あれ、俺ら結構早く終わったと思ったのに……。三チームも先に終わっちゃったのかよー」
それは、同じクラスの生徒だった。確か名前はレオル・クロイツだっただろうか。ラインたちとは特に接点はないが、いい子だというのは普段の行動から分かっている。
彼の発言から察するにおそらく、『ラビリンス・ゼロ』を【第五層】までクリアしたのだろう。
ロエンの話によると、チームA、B、Cは四つ子のせいで全然違うボスになってしまったらしい。
ということは、他チームはどんなボスがいたのだろうか……。そう問いたい気持ちより前に、『知恵の神』と属性神を隠さなければならない。そう思って後ろを向くと――
「あ、れ」
彼らは消えていた。そして、イグニスに担がれていたアッシュは丁寧に地面に寝かされている。
「あれ、お前らボロボロじゃん!? そんな強い奴らだったかな……。大丈夫かよ」
「ああ。あ、俺ら体調悪くてもう早退するからさ、先生に言っててくれないか? て、先生も気絶してるんだけど」
「あ、ああ分かったよ。気をつけてな」
カイラス先生をレオルに預け、ラインはセツナをおんぶする。正直全身が痛いが、反動を分けたせいで妹を動けなくさせてしまったため、世話をするのが兄の役目だと感じたのだろう。
エルフィーネはセレナがおんぶし、グレイスはアレスが、エリシアはレンゲがおんぶする。そしてアッシュをどうするべきかと悩んでいたら、アッシュがゆっくり起き上がった。
「お前大丈夫か?」
「まあね。とりあえずここから出ようか。グレイスの屋敷が一番近いからそこに行こう」
◆◇◆◇
――グレイスの屋敷に入ると、すぐにソファーにグレイス、エリシアを寝かせる。
「はぁ……ありがとなお前ら」
「ごめんねレンゲ……。おんぶさせちゃって」
「全然大丈夫! 気にしないで!」
なんとか身体を起こした二人を見守りながら、エルフィーネを降ろさないセレナに声をかける。
「セレナもエルフィーネを一回降ろしたらどうだ?」
「あ、私は屋敷に戻ってエルフィーネを看病するつもりです。ライン様たちはもう少しここにおられるのですか?」
「いや、俺らも帰ろうかな。それで良いよな?」
「うん、良いよ」
と、頷く兄妹たちを見て出ようとすると、レンゲが「あ」と声を上げた。
「エリシアちゃんもうちに来ない!? まだ屋敷に招待したことないよね?」
「え、良いの?」
「そうね。男二人しかいないこの屋敷よりも私たちの屋敷に来た方が安全だと思うよ」
「ふふっ。じゃあもう一回おんぶしてもらっていい?」
セツナの言葉に笑いながら、レンゲに尋ねる。すると、太陽のような満面の笑みで「もちろん!」と返された。
「じゃ、細かい話は明日にでもしようぜ。またな」
「バイバーイ!」
――ラインたちが出ていき、重い扉が閉まる。騒がしかった空間が一気に静かになり、アッシュとグレイスはお互いに目を合わせる。
「今日は泊まっても良いかな? まだ身体がしんどくて」
「ああ、良いぞ。夜になったら父さんたちも帰ってくると思うし」
「そういえば最近おじさんと話してなかったね。久しぶりに話してみようかな――」
フェルザリア家はエヴァンス家と古くから親交を深めていて、昔からアッシュはグレイスと遊んだりしていた。アッシュの父親が亡くなってしまった後も、関係は続いていて何度もグレイスの両親らに世話になった。
しかし最近はグレイスの屋敷に泊まっていなかったため、彼の両親と話す機会もだんだんと減っていった。そのため、久しぶりに話すのを楽しみにしていると、グレイスから「おいアッシュ」と呼ばれた。
「え? 急にどうしたの?」
「お前何があったんだよ。確か身体に切り傷があったんだろ? 『剣聖』のお前がそんなもん喰らうわけないだろうが」
「……グレイスには関係ないよ」
「お前な!」
グレイスはアッシュの服を掴み、怒鳴る。いつも口が荒いが、ここまで怒る彼をアッシュは見たことがなかった。
「まだエレメントキャタストを使った反動が来てるんだろ? 激しいことはしない方が」
「……ああ、そうだな。悪い」
アッシュの心配にグレイスは素直に答えてアッシュから手を離した。
「せめて俺には教えろよ。幼馴染だろうが。何があった?」
「……」
――1分ほど経っただろうか。沈黙の時間が流れた後、ようやくアッシュが口を開いた。
「分かったよ。あの時、僕が戦ったのは――」
◆◇◆◇
一方で、ファルレフィア家の屋敷に着いた一行は重い扉を開き、その中に入る。
とりあえず、居間にあるソファーにエルフィーネとエリシア、セツナを寝かし、ライン、アレス、レンゲもソファーに座った。
(いろいろありすぎてめっちゃ身体がだるいな……。吸血鬼だから疲労は感じないはずなんだけど、『創世神』の力使ったもんな……)
そんな事を考えながら、目を瞑っていると、どこからか鼻歌が二階から聞こえてきた。さらに、階段を降りる音もする。
「ん? 誰かいるのか? また母さんが?」
緊張が走る中、血液の刃を持って待ち構える。
階段から降りてきたのは――
「あ、帰って来たんだね。お邪魔してるよ」
「なんでいるんだよ……」
その人物は、『知恵の神』アステナだった――
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