第30話『仮面の下の名演技』
『剣聖』と『炎神』と対峙した【十執政】『第七位』ロエン・ミリディアの頬に冷や汗が流れる。
彼が持っていた鞭のようにしなる剣は『剣聖』に破壊され、残る攻撃手段は魔法と引力、斥力を操る謎の能力だけだ。『剣聖』と『炎神』は再び剣を構え、ロエンに向かおうとする。
瞬間、吸い込む力――《引力の王》が発動し、ロエンがラインのもとまで一気に詰め寄った。
「最後に少しだけ回収させて貰いますよ」
先程はめた謎の指輪をラインに向けるが、それより先に目の前からライン、アステナ、セレナは消えてしまった。
「これ以上取られる訳にはいかないんでね」
「あ、ライン様!?」
「ちょ、ライン君……」
ラインにワープさせられたセレナとアステナは、再び彼がが『創世神』の力を使うと思ったのか、止めようとする。だがしかし、ラインの髪色は真っ白に――ではなく、元々の赤色からさらに濃ゆくなり、茜色になった。
「……よし、上手くいったな」
それは、彼に流れるもう一つの血――吸血鬼の力によるものだった。
「久しぶりだな……これ」
通常、夜になれば吸血鬼である彼らは本来の力を取り戻す。しかし、その状態で普通に生活するには力が強すぎるため、いつもは夜になっても力を抑えているのだ。
「なるほど、吸血鬼の力だね。……あれ、まだ夜になってないよね? 外は昼くらいじゃないかな?」
『ラビリンス・ゼロ』に入ったのは、朝のホームルームが終わってすぐだった。【第一層】、【第二層】と順調に進み、今は昼前くらいだろう。
ならばなぜ、彼は吸血鬼の力を覚醒させられたのか。それは――
「外を夜にしたんだよ。学園内だけだけど」
『創世神』の力で、学園内だけを夜にしたようだ。そのおかげで彼は力を引き出せている。
「……そんな事まで可能なんですね。流石と言うべきでしょうか?」
「褒めんなよ」
「速っ――ッ!」
ドンッ!!
刹那、ロエンの目で追えない速さで吸血鬼が接近する。その蹴りで勢いよく吹き飛ばされ、氷の壁に激突してしまった。
「……速いね」
『剣聖』も小さく呟き、空間を跳ねながら高速移動するラインを見つめる。その場にいる全員がラインに釘付けになっていた。
「――」
無数に生み出された血液の刃が、ロエンに向かって飛ばされる。だが、それら全ては弾く力――《斥力の王》で防がれてしまう。
「私はそろそろ帰らせて貰います。ここで負ける訳にはいかないので。ではまたいつか会いましょう」
と、急に別れの挨拶を告げられるが、ここにいる全員が納得するはずはない。
「させるわけないだろ」
「させねぇよバカが」
「帰らせないよ」
と、各々が言う。
「ではさようなら。シャドウ・エクリプス」
そんな三人の制止を無視して、闇魔法で全員の視界の邪魔をする。
「チッ……待て!!」
闇魔法を切り裂き、ロエンの姿を見つける。だが、その一瞬の間にロエンの身体は黒い羽根のような霧に包み込まれ、消えてしまった。
「あ、まじかよ……」
「逃げられたね。でも、おそらく彼は君の兄妹たちの所に行ったと思うよ。仲間を回収する為にね」
落ち着いた口調で、『知恵の神』アステナが話す。
「じゃあチームBとCに行かないと……あれ?」
と、螺旋階段を降りようと思ったラインの脳内に疑問が走る。
「――リュミエールは……どこだ?」
◆◇◆◇
薄緑のツインテールと翡翠の瞳を持った美少女と、紫色がかかった薄い銀髪と琥珀色の瞳を持つ美少年――『風神』エオニアと『雷神』ヴォルスが現れ、その場にいる全員が注目する。
「アレスくん久しぶりー! おっきくなったねー!」
「久しぶり。元気だった?」
「あ、はい……な、なんでここに?」
二人が現れたことへの疑問を投げかけるが、二人とも「後で話す」のような雰囲気を醸し出しているため、アレスは質問をやめた。
「アレスは動かなくていいよ。僕たちがするから」
ヴォルスはそう言うと、右手に雷の刃を生み出した。その刃にヴァルクが気を取られていると――
「――ッ!?」
ドォォォン!!
雷速で近づいてきたヴォルスに身体を触れられ、その身体に電撃が走る。まるで、落雷が落ちたように大きな音が出た。
「ガァッ!?」
その電撃は、触れた者を内部から破壊するほどの、強力な物だった。しかし――
「――《時間反転》!」
「ん、何これ?」
発動された謎の能力により、ヴァルクの時間が巻き戻る。
「うーん、時間の巻き戻しができるのか。厄介だね」
「ボルトランサー」
ヴァルクの口から、雷魔法が詠唱される。雷の槍が出現し、それがヴォルスに放たれた。しかし――
「僕に雷魔法は意味ないよ」
「なに!?」
雷の槍はヴォルスの目の前で止まり、消滅してしまう。『雷神』である彼は、雷や電気属性の攻撃を全て無視でき、その上、彼に向かって放たれた雷魔法は逆に彼に操られてしまうのだ。
「じゃあエオニア、来て」
「はーい!」
ビリッ!……ビリリ……ビリリリィ!!
エオニアがヴォルスに肩を触られると、彼女の薄緑のツインテールに紫色のメッシュが走る。さらに、彼女の周囲には雷の様なビリビリしたものが出ていた。
「じゃあ行っくよー」
『雷神』と同じように、雷鳴のような速度で移動する『風神』にヴァルクは全く反応が出来なかった。
「な……」
気づいた時には既に、彼の着る鎧はボロボロになってしまっていた。何度も何度も、『風神』に鎧を切り刻まれたためだ。
「これで、最後!」
カンッ!
最後の一撃が、ヴァルクの顔を覆っている鎧の仮面に当たり、それが外れる。すると、中から出てきた顔を見てアレスは「あ」と声を上げ、遠くで気絶しているグレイスを支えているエリシアも「え!?」と声を上げた。
なぜならその男は――
「君確か……えっと……アレン・クロスだったよね?」
「――チッ」
その男は、昨日の朝にラインに『神龍に消された者達を生き返らせてくれ』と言いに来た男そのものだったのだ。顔を見られたヴァルク・オルデイン――いや、アレン・クロスは溜息を付き、腕を組む。
「なんで君が……友達を助けてくれって兄さんに言っていたよね?」
「ああ、言ったな。無理って言われたけど、どうだった? 今朝、学園に行ったら『神龍オメガルス』に消された奴らが俺の組に倒れてたんだぞ?」
ラインはアステナと一緒に消された者達を助け出した後、誰が何組か分からなかったため、適当に怒鳴ってきたアレンのいるB組に寝かせていたのだ。
「あんな方法で上手くいくとは思わなかったがな」
「どういう意味?」
「名演技だっただろ? 泣いて、怒って、親友が消されたって言えば同情して助けてくれると思ってな。そしたら見事に『創世神』の力を使ってくれた」
なんと、泣きながらラインに助けを求めたあの態度は、全て演技だったのだ。そしてそれらは全て、ラインに『創世神』の力を使わせ、確実に彼が『創世神』の血を引いていると証明させるためにしたというのだ。
「……何で兄さんだと思ったの?」
「簡単だ。神龍と戦った時のあの力、あの神々しい姿、『権能』をたくさん持っている、そして――」
アレスの問いに、ヴァルクは淡々と答え、再びあの羅針盤を取り出す。
「学園の入学式の日、これが真っ先にお前らに向いたこと。これだけの証拠が集まればな」
「……まさか、最初から?」
――既に、入学式の日には勘づかれていたのだ。
「ああ。だから試した。いろんな手段を使ってな」
「いろんな手段? あ――」
突如、アレスの脳内に聖煌魔法高等学園に入学してからの記憶が蘇る。
商店街での襲撃、神出鬼没の『神龍オメガルス』の登場、ルシェル・バルザーグの襲撃、そして――
「――『ラビリンス・ゼロ』の鍵も、君たちが?」
「正解だ。ここは昔、『創世神』に作られた空間だ。だから力をたくさん収集できると思ったんだが、開かなくてな。仕方なく返したんだよ」
「それで、先生が今日の試験のために開いたと……」
「そうだ。そしたら都合よくお前らが最初の試験でな。ついでに集めに来たんだ」
全てが彼らの計算内で、手のひらで踊らされていたのだ。その事実を知り、アレスは驚愕する。
「まあ、予想外だったのがよく分からん奴らが助けに来たとこだな。この女と男みたいなのがどうせ他のチームに行ってるんだろ」
「うん、合ってるよ」
今まで無言で話を聞いていた『雷神』が頷く。そして再び、戦いが幕を開けようとしていると――
「これ、まさか――」
黒い羽根のような霧が、ヴァルクの隣に現れる。やがて、霧が晴れると――
「どうして急に俺の方に来た」
「すみません。私一人では負けるところだったので、ヴァルクとサフィナを回収して退こうかと」
それは、先ほどまでチームAでラインたちと戦っていた、【十執政】『第七位』ロエン・ミリディアだった――
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