第27話『イレギュラーの参戦』
静寂が訪れた空間で、チームAに突然現れた【十失政】『第七位』ロエン・ミリディア。それと対するように、【第三層】のボスであるリュミエール・フローズが剣を構え、お互いを見つめている。
「――」
瞬間、氷の剣とロエンの鞭のような剣が衝突し、火
花を上げる。
何度も二つの剣は交じりあい、衝撃波が氷にヒビを付ける。
「僕たちはどっちと戦えばいいのかな?」
アッシュが首を傾げてラインに尋ねる。ライン達の目的は魔法の試練の迷宮――『ラビリンス・ゼロ』の攻略だ。そのためには【氷結の女王』リュミエール・フリーズを倒し、【第二層】、【第一層】と進まなければならない。
しかしここでイレギュラーな存在が邪魔に入り、『創世神』の力の欠片が目的だと言った。ならば先に倒すべき存在は――
「――あなた達も邪魔するんですか」
「まあな」
突如接近してきた白髪の男――ラインがロエンを蹴り飛ばす。空間を響かせる巨大な音を立てながら、氷の柱に激突する。
「……防御魔法が簡単に突破されましたね。ただの蹴りでこれだけの威力は有り得ません」
蹴られる寸前に展開した防御魔法を蹴りで突破され、飛ばされたことに納得がいかない態度を取る。彼の着る黒銀のロングコートと同じ色をした両眼が、一瞬だけ光る。
「――《引力の王》」
そう小声で呟くと、ロエンに向かってこの氷の空間にいた四人が勝手に引っ張られてしまう。
「な、なんだ!?」
驚きの声を無視して彼が再び謎の言葉を呟く。
「《斥力の王》」
今度は彼から遠ざかるように、四人が壁に向かって弾かれてしまう。動こうとしても、まるで壁に押さえつけられているかのように手足が動かせないのだ。
「なんですかこれ……ライン様、大丈夫ですか?」
自分も同じ状況に置かれているにも関わらず、先に主であるラインの心配ができるのはよく出来たメイドだと思う。だが、このまま壁に押さえつけられたままでいる訳にもいかない。
「チッ……おいリュミエール! ここで『権能』を使えないのはお前の魔法のせいだよな?」
「そうじゃが……何するつもりじゃ?」
「――」
その大きな手を氷の壁にくっつける。すると――
パリィィン!!
何も無い空間に、何かが割れるような音だけが響きわたる。それは、この氷の空間に張り巡らされていた『権能』が使用不可になる魔法結界を消し飛ばした音だった。
「よし、次は――《真実の瞳》」
一度、ルシェルに奪われてしまった『権能』を再取得し、目の前にいる男の『権能』を調べるために見つめる。だが――
「な、『権能』がない!? そんな馬鹿な……」
分からないのだ。見つめた相手の『権能』を一瞬で理解出来る《真実の瞳》を使っても、何故か分からない。
「分からないなら戦うしかねえ……な!」
「な、どこに……」
ワープですぐさまロエンの後ろに回り込み、渾身の蹴りを食らわせる。それは、防御魔法さえも破壊し、思い一撃を腹に与えた。
「くっ、重いですね……シャドウ・クレスト!」
闇魔法を詠唱すると、ラインの足元から漆黒の槍、刃、手などが飛び出してくる。
パシュッ!
だが、それらは鈍い音を立てながら無惨にも切り刻まれてしまった。それをしたのは――
「ライン、大丈夫?」
『権能』を使えるようになったこの空間で、アッシュは《空間操作》で『神剣』アグナシスを取り出し、それを切り刻んだのだ。
圧倒的破壊力を持つそれは、氷の空間を燃え尽くすような熱さを持ちながらも、アッシュの手に収まっている。
「なんですかその剣」
「少々特別な剣でね、僕しか使えないんだ。今度は僕から行かせてもらう」
小さく呟くと、『神剣』を横に振るう。すると、炎の斬撃が目にも留まらぬ速さで飛ぶ。
「――ッ」
鞭のようにしなる剣で全身を包み込み、その一撃を防ぐことができた。だが、その剣は瞬く間に燃え上がり、塵になってしまった。
「まさかこれ程とは……そんな斬撃を放てるのなら君からは距離をとるべきではないですね。《引力の王》」
「くっ……」
再び謎の力で、アッシュはロエンに引き寄せられてしまう。ロエンは待ち構えるように、漆黒の刃を向けていたが――
「なっ……馬鹿な」
この男のことを、飛ぶ斬撃を扱えるただの魔法学園の生徒だと思ったのだろう。だが、彼は『剣聖』だ。接近することこそがロエンにとって深刻な状況になることを意味する。
圧倒的な剣技で、次々と闇魔法を切り捨て、『剣聖』の一撃がロエンに向かって何度も振られる。
シュッ! シュッ!
空気が斬られ、炎の斬撃が周囲を燃やす。その一部がロエンを掠めそうになった時に、ギリギリで後ろに飛び、それを躱した。
「危ない危ない。君が『剣聖』ですか。確か『剣聖』の『権能』を持っていないと聞いていましたが……これは予想以上ですね。もっと君のことを聞いておくべきでした」
ロングコートを手で払いながら、淡々と言葉を紡ぐ。
「……なんで君がその事を」
「いや、気にしないでください。大したことでは――ハッ!?」
ふと後ろを向くと、ラインの左足が接近していた。おそらく、これも防御魔法を貫通してくるだろう。
そう読んだロエンは、《斥力の王》で吹き飛ばそうとしたが――
ドンッ!!
「カハッ!」
発動したはずの《斥力の王》を無視するように、強力な一撃がロエンの腰に直撃する。
強烈な痛みにより、地面に膝を立ててしまう。ふと、その手に持つ羅針盤を見つめる。すると先程紫色に光っていた結晶が、さらに濃ゆい紫色を放出していた。
「まさか……」
ゆっくりと腕を上げ、ラインにそれを向ける。すると――
尋常ではないほどの強い反応を示し、針がピッタリとラインに向かっている。
「どうやらあなたから『創世神』の強い反応が出ているみたいですが、どういうことでしょうか?」
「……さあな。《切断》」
「なっ……《引力の王》」
再び、『創世神』の力で授かった『権能』でロエンの全身を切り刻む。
それを食らったロエンは、また謎の能力を使ってさらに後ろに引き寄せられて行った。
「君から力を集めるのが正解でしょうね」
ロエンはゆっくりとポケットから指輪のようなものを取り出す。黒曜石のような漆黒と紋様が刻まれた銀色の環が常に回転していた。それにもまた、羅針盤と同じく中央に紫色の結晶が埋め込まれていた。
その指輪を、左手の人差し指にはめる。すると、一気に周囲の空気が変化する感覚を覚える。
シュゥゥゥ!!
「な、なんだ!?」
全ての質量がロエンの周囲に吸い寄せられるような密度を持ち始める。指輪に向かって、大気中に漂っていた、目に見えない''『創世神』の力の欠片''の痕跡を静かに察知し、淡く脈動しながら回収を始めた。
だが――
「あくまでも浮遊していたものだけですか……」
この空間を満たしていたはずの『創世神』の力は、確かに吸収されていく。だが、ラインが発する力の根源には一切干渉できていない。
それもそのはずだ。
彼らは、“体内で『創世神』のエネルギーを生成し続ける”存在。
それは、“空間に漂っていた欠片”とは次元を異にする、生まれながらにして神であることの証明だった。
「くっ……」
ラインはゆっくりと、膝から倒れてしまう。仕方がない。いくらラインの体内から奪われてないにしろ、顕現させていた力は奪われたのだ。
真っ白になった髪と瞳は、瞬く間に赤髪と緋色の瞳に戻ってしまった。
「こんなものでしょうか。感謝します。それではまた」
ロエンは膝を立てて動けないラインを前にして、そそくさと撤退しようとした。だがここで――
ゴウウゥゥ――バシュォォォオオオオンッ!!
空間を灼熱の烈風が切り裂き、次の瞬間、燃えるように世界が軋んだ。
大気そのものが断ち割られたかのように、斬撃は閃光と熱を伴って、ロエンの視界を邪魔する。
「炎の斬撃……また『剣聖』ですか……」
「ちげぇよバカが」
『剣聖』ではない、別の声が響き渡る。視界が晴れたロエンは、目をゆっくりと開いて目の前を見る。そこには――
「よぉ、ライン、久しぶりだな。こんなのにやられてんじゃねぇよ」
「君は口が荒いね。私は君以外と来たかったよ」
ラインにとって懐かしい二人の声が耳に入ってくる。後ろを振り向くと、白銀の髪と瞳を持つ、神秘的な美貌の女性と、炎のように燃える橙赤色の髪と瞳を持つ男がたっていた。
「二人とも……なんで」
「細かいことは後で話そうか。とりあえずここを切り抜けないといけないからね」
『知恵の神』アステナと、『炎神』イグニス。二人のイレギュラーが参戦する――
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