第23話『【第二層】『開始』と異変の始まり』
――【第二階層】『霊界の囁き』ノムール『開始』――
螺旋階段を登ると、第二層の扉が見えてきた。その重厚な扉を力づくで開くと、その中には狼のような獣がこちらを見つめていた。
「あなたは……」
「……私はノムール。試験開始だ」
確かに見た目は黒い霧をまとったような狼だが、頭部には仮面が付いている。
さらに、口が動く度に人間の声が交じり、気味悪さを覚えながらも、チームB――セツナ、レンゲ、エルフィーネは構える。
「――危ない!」
レンゲが二人を担ぎ、近くの壁に飛び移る。
すると、さっきまで三人が立っていた地面に真っ黒の刃が刺さっていた。
「……ほう、なかなかやるようだ」
ノイズのようなその声が三人の耳を蝕む。
だが、そんなものに気を取っている時間はない。次々と三人に漆黒の刃が迫り、逃げ続けるしかない。
「もーめんどくさいな!」
「あ、レンゲ!?」
急に方向転換し、迫り来る刃を切り刻みながらノムールに接近するレンゲ。
あともう一歩――というところで、耳を蝕む声が聞こえる。
「――シャドウ・エクリプス」
それは、包み込んだ相手の五感と力を一時的に奪い、意識を失わせる闇魔法だ。
ノムールから放たれた闇がレンゲを包み込む。
しかし――
パリィィン!
その闇が内部から崩れ、中からレンゲが姿を現す。
完全に包み込まれる前に『創世神』の力を使い破壊したようだ。
これは以前ラインがした脱出方法と同じだ。
「……ふっ」
脱出したレンゲにノムールの爪が襲いかかる。
まともに喰らえば無事ではないだろう。
「《切断》」
セツナの声が部屋に響く。するとレンゲを捉えていたノムールの手が切り刻まれ、悲鳴が上がる。
ノムールは、【第一層】のゴルグより圧倒的に柔らかい。
「あともう少しかな」
セツナが再び手を構えると、その漆黒の身体はどんどん小さくなって――いや、地面に吸い込まれていく。
やがて完全に地面に潜り込んだノムールは、影を移動し始めた。
「うっそ〜そんなのアリなんだ〜」
「えぇ……まじ?」
と、エルフィーネとセツナがそれぞれの反応を見せる。
その影を目で追っていると、再び漆黒の刃が飛んでくる。それも、先程よりも凄まじい速度で。
セツナは咄嗟に『創世神』の力でバリアを貼り、自分とエルフィーネを守る。
レンゲもまた、その圧倒的身体能力で全ての攻撃を避け続けている。
――刃の攻撃が終わった。そう思った矢先に、ノムールは地上に出る。そのお面が外れ、明らかにヤバそうな漆黒の魔力砲を口に溜めている。
「……これで終わりだ」
「レンゲ、エルフィーネ、二人でここを飛び回ってくれない?」
セツナから言われた謎の提案に二人は首を傾げながらも、とりあえず了承する。
「え? まあ良いけど」
「りょ〜か〜い」
すると、セツナを残してレンゲが周囲の壁を飛び回り、エルフィーネも《跳刃の舞踏》を使い、レンゲの軌跡を追って移動し続けている。
「うん、そのまま移動しててね」
セツナは人差し指をノムールに向け、指先に創世神のエネルギーを集結させる。
セツナが取る手段は――
◆◇◆◇
チームC――アレス、グレイス、エリシアも【第二階層】『霊界の囁き』ノムールと戦っている。
「……喰らえ」
漆黒の刃が三人を狙い、ノムールから飛ばされてくる。
それらをグレイスは魔法で交わし、アレスは《時間停止》を使い、刃が目の前で止まるようにして防御する。
エリシアも最初は《飛翔》で空中で移動し、上手く交わすことができていたが、他二人のようにはいかない。
――その刃がエリシアの顔に向かって来る。あと少しで激突しそうな所で――
「危ない」
「キャッ!」
アレスが抱き抱えて助けることに成功する。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう……」
「グレイス、どうやって倒す?」
「もう俺はエレメントキャタスト使えないから、拘束して魔法で一気に倒すぞ」
「わかった」
この暴れている漆黒の狼を倒すことはグレイスにとって簡単だ。しかし、遠ざかれば刃、近づけば闇魔法を撃ってくるという面倒臭い相手に詠唱の長い「エレメントキャタスト」を撃つ訳にはいかない。
この少しの時間で、ノムールはゴルグほど硬くないという事が分かっている。
あとは三人でそこそこの魔法を撃てば討伐可能だ。
「よし。エリシア、さっきみたいに拘束して炎魔法使ってくれ」
「うん、わかった」
先程のように、《拘束》でノムールの両手両足、そしてその身体を透明な鎖で縛る。
その瞬間、三人は杖をノムールに向け、炎魔法の詠唱をした。
「「「――フレイムスパーク!」」」
と、炎の玉はノムールに向かって襲いかかる――
◆◇◆◇
他のニチームと比べ、チームAにノムールはかなり追い詰められている。
仮面のせいで顔は見えないが、焦りは見られるようだ。
「……なかなかやるな」
「ハッ!」
先程、ゴルグとの戦闘で長剣を折られてしまったアッシュは、ラインにより血液の剣を作って貰った。
かなり丁寧に作ったので、意外と頑丈で使いやすいらしい。
チームB、チームCが少々苦戦している中、チームAはかなり余裕を持って戦うことが出来ている。
その理由は――
「……魔法が……使えん」
「ああ、だろうな。なんせ――」
「私がいますから」
セレナの『権能』――《 封界の楔》により、ノムールが魔法、権能を行使できない結界を作った。
この空間で戦っている中、ノワールのめんどうな攻撃――漆黒の刃を飛ばす攻撃や、闇魔法を使われることがないのだ。
そのため、ノムールは目の前で剣を振りかざしてくる『剣聖』、血液の刃であらゆる方向から斬りかかってくる半吸血鬼、『権能』を発動しながら魔法で後方支援をする三人を同時に相手をしなければならない。
「……ハァァ!」
「なんだ!?」
その耳を蝕む声が三人の頭に響く。一瞬耳を抑えると、ノムールは段々と地面に潜り始めた。
「そんな事出来るのか? セレナ、まだ《封界の楔》発動してるよな?」
「はい、もちろんです。おそらくあれは魔法でもなんでもない、ノムールの固有能力ではないでしょうか」
そんな話をしている三人に構わず、その狼は影となりその空間を動き回る。
実体を見せないその相手に攻撃を喰らわせるのは困難だった。
「……さあ、私を止められるか」
「ああ、止めてやるよ。アッシュ」
急に名前を呼ばれ、キョトンとした顔をするアッシュにラインは問う。
「『神剣』って後何分使える?」
「まだ四分以上は使えるよ」
「じゃあ俺があいつを影から引きずり出す。そしたら二人でやってくれ」
「ライン様、どうするおつもりでしょうか?」
「まあ見てなって」
頷く二人を見届けた後、ラインは影で移動しているノムールの近くまで飛ぶ。
ラインの足元をノムールが移動しようとした時、急に影から外に出される。『創世神』の力で無理やり外に飛ばしたのだ。
「……なに!?」
驚いたそれを横目に、血液の糸を操って拘束する。
「今だ! やれ!」
「わかったよ!」
「はい! 分かりました!」
セレナのもう一つの『権能』――《 刻律の調律》により、アッシュの動きが早まる。
その上で、アッシュは《空間操作》で【第一層】を攻略した時と同じ『神剣』アグナシスを再度手に取り、《刻律の調律》と《超加速》で一瞬でノムールに近づいたアッシュは、その剣を振りかざす。
振りかざされたその炎の『神剣』は、ノムール身体を燃やし尽くして、その全身をバラバラにした。
「……素晴らしい」
最後には、三人の連携を褒め称えたのか、耳を蝕むノイズのような声が聞こえた。
◆◇◆◇
チームAからチームMが『ラビリンス・ゼロ』に挑んでいる中、カイラス先生はその様子を見守っていた。
「……なるほど。チームA、B、Cは既に【第一層】を突破したか。……いや待て!? こいつらのところだけ【第一層】も【第二層】も敵が違う!? どうなってる……とにかく、早く行かないと……」
魔法で各チームの様子を伺っていたカイラスは、異変に気づいた。
なんと、チームA、B、Cが戦っている者は、他のチームとは全然違うものらしい。
焦ったカイラスがすぐに向かおうとすると、後ろから声が聞こえてきた。
「……へぇ、この迷宮はそのようにして開ければ良かったんですか」
「!? 誰だ!?」
「それをあなたに言う必要が?」
そう言ってカイラスに詰め寄っていたのは、二人の男と一人の少女だった。
三人ともバラバラの格好をしていて、一人の男は黒銀のロングコート、もう一人は鎧のようなもの、そして少女は白と紫色の豪華なドレスを着ていた。
「アハッ! ロエン〜そんなに冷たくしなくてもいーじゃんー。ねーヴァルク?」
「知らん」
「すみませんが、あなたに構っている時間はありません。我々は命令を受けているので。ではサフィナ、頼みます」
「はぁーい。じゃあねーおじさん」
彼らの話を聞いた中では、ロングコートで丁寧語の男はロエン、もう一人の男はヴァルク、そして少女はサフィナと言う名前のようだ。
サフィナという少女の左目が光る。
カイラスはすぐに魔法を撃とうと構えたが、撃つ暇もなく――
「バカな……」
バタッ!!
倒れてしまった。眠ったように目を閉じ、何も反応を示さない。
「流石です。それでは私はチームAに向かうので、サフィナはチームB、ヴァルクはチームCをお願いします」
「はぁーい」
「ああ、了解」
そうして、カイラスを気絶させた三人は『ラビリンス・ゼロ』に入り、それぞれのチームに向かって歩き出す――
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