第17話『知恵を欲さぬ者』
遅くなりました!
――ラインとアステナが屋敷から出て行って二時間ほど経った後、既に話のネタが尽きてしまい、少し沈黙気味になっていたところで、グレイスが「そういえば」と話し始めた。
「今日ずっとラインの髪の毛が少しだけ真っ白になってただろ? それにこの間神龍と戦った時には髪全体が真っ白になってたんだけど……あれってどういう『権能』? それとも吸血鬼の力なのか?」
ティーカップを持っていたアレスとセツナの手、そして足をバタバタしていたレンゲの動きが一瞬だけ止まる。
「……」
「え? 俺なんか変なこと言った?」
「いや、別に」
アレスがすぐに表情を取り繕い、紅茶をすする。
何も答えない三人を見て、頭にハテナマークを浮かべるグレイス。一瞬の沈黙があった後、アッシュも口を開く。
「そういえば、ラインと一緒にルシェルと戦った時のことなんだけど……」
「……」
「ラインが持ってる『権能』って《創造》と《破壊》だろう? それなのにルシェルの『権能』が《奪取》と《破壊の衝撃》って見抜いたり、グレイスの《無敵》を使ってルシェルと戦ってたんだ」
アレスとセツナが平静を保っている中で、レンゲは下を向き、目がぐるぐると回っている。
そんなレンゲの姿を見たセツナは溜息をつき、少しだけレンゲの方に寄り背中をさすっていた。
再び沈黙が流れると、玄関の扉が開いた。その場にいた全員が目を向ける。扉から入ってきたのは――
「ただいま、悪い遅くなったな」
ラインとアステナが疲れた表情をしながら戻ってきた。――いや、正確に言えばアステナだけが今にも倒れそうなくらいに顔色が悪くなっていた。
「あ、お兄ちゃんおかえり……って!?」
綺麗な赤髪だったラインの髪の毛が、出ていった時より真っ白の部分が増えていて、そんな兄の姿を見たレンゲは雷鳴のような速度で兄のもとまで走り出す。
「お、おお、レンゲ? どうした?」
ラインに思いっきり抱きつき、その耳元で小声で囁く。
「……ラインお兄ちゃん、どこ行ってたの? また髪白くなってるし」
「実はな……」
――ずっと抱きついている末妹に事の顛末を話し、その抱擁から解放して貰った。
レンゲと会話をしていると、アステナが口を開く。
「あの、私部屋に戻りたいから連れてって……」
「あ、はい。じゃあ連れてくわ」
顔色が悪いアステナをおんぶして、部屋まで連れていくラインを見つめる兄妹らの姿があった。
◆◇◆◇
部屋に入り、ベッドに倒れたアステナが顔を上げた。その顔色は先程よりも随分と良くなっている。
「はぁ、ありがとう。助かった」
「それにしても顔色悪くなったのなんでですか? あの暗闇の空間に入ったからですかね?」
「まあそうだろうね」
(まあ全然外出てないから体力もなかったし疲れたのかな)
「……うるさいね。余計なことを考えないでくれ」
ラインの心を読み、アステナは少し睨む。
「あーじゃあ、俺帰ります。また今度」
ラインが手を振りながらドアノブに手をかける。するとアステナ「待って」と切り出し――
「え、どうしました?」
「まあ、神様同士話をしたいと思ってね。少し付き合ってくれるかな?」
「あ、はい、大丈夫です」
「良かった。それじゃあそこに座って」
アステナが指さした椅子にラインは腰掛ける。そして――
「それで、話って言うのは……」
「神龍の時といい君は本当にせっかちだね。こういうものは急かさずに話を聞くべきだよ」
「あ、はいすみません……」
「まあいいさ。単刀直入に聞くね」
「あ、はい」
ラインが構えるように座り直し、アステナの目を見つめる。
「君は、私の持つ『知恵の神』の力を手に入れることが出来るんだったら欲しいと思うのかい?」
予想外の質問をされ、顎に手を当てて考える素振りをする。
「いきなりですね……」
「少し聞きたくなってね。例えばだよ? 私の『知恵の神』の力も手に入るんだったら君は欲しいかな?」
「――」
十秒ほどの間が開き、ついにラインが口を開く。
「……もし『知恵の神』の力を手に入れることができるならそれは何にも役に立てますよね。戦闘面や勉強面、それら以外の様々なことにも」
「うん」
「……でも、俺には必要ないです」
予想外の答えが返ってきたのか、アステナは目を見開き、思わず「えっ」と口にした。「コホン」と咳をし、ラインに問いかける。
「どうして? 魅力的だとは思わないのかな?」
「まあ、その力には憧れます。なんでも知ることができるんですよね?」
「うん、そうだよ」
当然のように腕を組みながら頷く。興味深そうに、一言一句逃さないようにラインに耳を傾ける。
「でも知りたいことは自分で見つけたいんです。なんでもわかってしまったら面白くないんじゃないですか?」
一瞬の沈黙があった後、アステナは軽く微笑み、
「ふっ、真面目だね」
「そうですかね」
「私の”ソレ“がどこから来たのか知らずに、君はそう言えるんだね」
「え?」
「いや、気にしないでくれ。私も君と同じ気持ちだよ。だからあまりこの力を使わないようにしているんだ」
アステナはそう呟き、急に立ち上がる。
「そろそろ時間かな。長くなってしまってすまないね。いつでもここに来てくれ。私は大歓迎だよ」
「あ、はい、ありがとうございます。じゃあ、帰りますね」
ドアノブに触れ、それを回そうとするとアステナが声をかけた。
「うん、またね。――あ、そうだ、次会う時からは敬語を外してくれ。あまり敬語で話されるの慣れてなくてね」
頭を掻きながら笑顔で答える。それを聞いて、ラインも了承したように、
「分かり……いや、わかった」
と答えた。
ドアを開け、部屋から出ていくラインの後ろ姿を、その見た目から考えられないくらいニコニコした表情で見つめていた。
◆◇◆◇
静まり返った一人だけの部屋で、アステナはボソッとつぶやく。
「全く……君に似てないようで、肝心なところは君にそっくりじゃないか、アルケウス。まあ、そんな感じだから君も私たちをこんな風にしたんだろうけど。私はこれから彼らを見届けることにしたよ」
アステナは小さく呟き、薄く笑いながらその胸に手を添える。
「ふぅ、また会おうね。ライン・ファルレフィア君」
小声でそう呟き、アステナは窓から夜空を見上げた――
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