第119話『唯一の方法』
――『魔導師』グレイス・エヴァンスから放たれた、不条理な魔法。これまで世界に存在したどの魔法とも異なるそれは、『魔王』ヴァルザードの肉体を貫き、莫大なダメージを与えた。普通の魔法であれば、ヴァルザードは防げたはずだ。だが防げなかったということは、その魔法がルールを覆すほどのものだということだ。
「……な、んだ? その魔法は……。そんな魔法があるのか……?」
「ああ。初めて成功したな。なんでだろ……。ま、いい。喰らいやがれ!」
「――ッ」
その瞬間、詠唱もせず、魔法がヴァルザードの右腕を吹き飛ばした。何も見えなかった。セツナが《切断》で斬撃を放った時のような感触ではない。これは――
「――空間ごと腕を持っていかれたか……」
空間ごと、腕を飛ばされた感触だ。見えない謎の力が働いていて、体感としては『空間の神』の攻撃に近い。
これまで見たこともない理外の魔法と正面からぶつかるのは危険だ。
そう感じたヴァルザードは、再生した右手をぎゅっと握りしめ、
「《適応》」
と、そう呟いた。
「あ、あいつ『異能力』使えるんだった! グレイス君! 同じ攻撃ばかりしたら効かなくなっちゃう!」
完全に忘れていた。『魔王』も、『破壊神』も『異能力』を使えるのだ。しかも、十七個全てを。
「なんだよそれ! 馬鹿だろ!?」
セツナの大声を聞いたグレイスは、後ろに下がり、次の魔法を出そうと詠唱――
「《引力の王》」
「チッ! ルミナスアロー!」
『異能力』で強制的に引き寄せられ、血液の鎌が目の前に迫った。だが、その刹那の一瞬に光魔法を詠唱し、光の矢で防いだ。
一息ついて安心するグレイスだが、戦いは終わらない。
「《未来の選択》、《造物》」
と、三つの『異能力』が発動された。これからのグレイスの動きを見切り、血液の鎌を大量に作り出した。
「《斥力の王》」
そして、数多のそれを一気に弾き飛ばし、《未来の選択》で見たグレイスの逃げ道を潰す。
「な、クソっ! 逃げ道を潰され――」
――次の瞬間、理外の魔法が『魔王』ヴァルザードによって放たれ、見えない力がグレイスに当たり大爆発を起こした。
「一度使った時点で、お前の負けだ,『魔導師』」
《適応》は、ただ喰らった技を無効化するようになる『異能力』ではない。一度適応してしまえば、その攻撃をそっくりそのまま使うことが出来てしまうのだ。『創世神』の力は無理だろうが、それ以外なら無効化した上に使用可能になる。
グレイスの不条理な魔法は彼自身を貫き、その命の灯火を消し去る――はずだった。
「……ん? なんだ?」
爆発で起きた煙が晴れていき、目の前には重症の『魔導師』が――否、ピンピンしている。無傷の彼が立っていたのだ。
「――はぁっ、あっぶねぇ馬鹿野郎が! ギリギリ間に合ったぜ……」
「なんで生きてる? あの魔法は俺にも怪我を負わせるほどのものだったが……」
元気な姿で睨むグレイスを、ヴァルザードは困惑の表情で見つめている。なぜ、魔法を正面から喰らって生きてるのか? その答えは、簡単だ。
「俺には《無敵》があるからな。さっきレオと戦った時時間切れになっちまったけど、ちょうど今、一時間経ったみたいだな!」
初めの謎の空間で『第九位』レヴ・ダイナスとの戦いで《無敵》を使ってから一時間経過した。
《無敵》は、三分間完全無敵状態になれるという『権能』だが、使用後一時間は使えなくなるデメリットがある。
しかし今この瞬間に、使用時間がリセットされた。
ヴァルザードの魔法を喰らう一瞬の間に発動することで、グレイスは無事だったのだ。
「面白い『権能』だ。空間ごと攻撃してもダメなのか」
「三分間はなんにも喰らわなくなるからな。ま、お前は俺に気を使ってる場合じゃねえみたいだけど?」
腕を組み、ニヤッと笑ったグレイスを睨むヴァルザード。だが、その後ろには茜色の髪と瞳を持つ、二人の吸血鬼が待っていた。
◆◇◆◇
ヴァルザードの鎌を避けながら、魔法を打ち込むグレイスをアレスとセツナは冷や汗をかきながら見つめていた。
本当なら、今にでも助けに行きたい。だが今しないといけないのは、『魔王』の攻略法を見つけることだ。
腕を切っても、身体を貫通させても傷はすぐ修復した。そんな奴と対策も立てずに戦い続けても結果は同じ。それに、あと十分で世界は終わる。そう長く戦っている場合では無い。
異次元な再生力を持つ『魔王』を倒すには、どうすれば……
「ん……やっぱり、『創世神』の力で、一撃で倒すしかないかな?」
「一番可能性があるのはそれだけど……ん?」
「? どうしたの、アレス君?」
『魔導師』と『魔王』の戦いを見ながら、どうやれば倒せるか思考を深める三人。セツナと同じように顎に手を当てるアレスが疑問の声を上げると、エリシアが首を傾げて彼を見つめた。
「『破壊神』の力が『魔王』から流れてる。僕たちの攻撃があまり効いていないのは、その力で邪魔されてるからじゃないかな?」
「ほんとだ。……じゃあ、方法は一つしかないか」
「え、何何? どうするの?」
既に方法を考えついた二人と、何も分かっていないエリシア。二人の顔を見ながら慌てる彼女を見つめ、セツナは吹き出してしまう。
「ごめんごめん。エリシアには《拘束》で『魔王』を縛って欲しいかな。あいつを私とアレス、グレイス君で引きつける。だから、お願いね」
そう言って、右手を前にかざすと、二つのガラス瓶が光とともに現れた。それは、魔法で生成された栄養血液だ。以前、アレスが魔法グッズ専門店で買ってきてくれたものである。
その片方をアレスに渡し、蓋を抜く。
そして、中にある血液を一気飲みすると――
「わぁ……見た目が変わった……」
真っ白の髪と瞳は茜色になり、吸血鬼としての力を覚醒させた。これまでの神々しさは無くなってしまったが、それでも頼りがいのある存在だということに変わりはない。
「さてと。一気に叩くよ」
セツナがそう言った瞬間、足下で血液が爆発し、その推進力で一気に進んだ。
◆◇◆◇
「――!? 《適応》――」
「使わせない!」
適応させる訳にはいかない。血液の刃を飛ばし、一瞬で『魔王』を切り刻む。血液を飲み、一時的に覚醒状態となったことで全ての能力が上昇している。セツナから繰り出される攻撃は、致命傷とはいかなくとも、大ダメージを与えることが出来るのだ。
『魔王』としては警戒しなくてはならないが、『創世神』状態の彼女とは戦い方がガラッと変わったことで、上手く対処出来ずにいる。
「ッ、血液で拘束か……。厄介な――」
全身を血液で拘束され、動けなくなったその間に、アレスの打撃がヴァルザードの腕を破壊しながら、地面に向かって飛ばした。
そして――
「――エレメントキャタスト」
詠唱が聞こえた頃には、遅かった。炎、水、氷、雷、風、光の属性エネルギーがグレイスに集中し、一直線に放たれた。
そして、それは魔力をありったけ込めた、最大出力のもの。
これまでやったことの無い行為だが、上出来だ。「エレメントキャタスト」は、一発の使用でグレイスの体力を大きく減らしてしまう。
しかし、本日は既に二回撃ってしまっているので、グレイスが撃てるのはこれで最後だ。
「――ッ!? 魔法が……こんな……」
眩い光が『魔王』ヴァルザードの身体を貫通し、再生する身体ごと壊し続ける。
何とか右手を動かし、血液の鎌を振ろうとする。しかし、その手は止められた。
「《拘束》!! セツナ! アレス君!」
エリシアの『権能』で全身を透明な鎖で縛られ、行動が制限されてしまった。
だが、これはただの脆い鎖。壊せばいい。
しかし――
(な、んだ? これは……?)
突然身体の動きが止まり、破壊するまでの行為が鈍ったのが分かった。いや、鈍ったと言うよりも、これは……
「《跳刃の舞踏》〜」
「《刻律の調律》!」
突如として現れた、エルフィーネとセレナ。見たところ、エルフィーネがセレナを抱えながら空を跳ねるように飛び、セレナが時間のリズムを操ったようだ。
拘束とともに身体の動きが遅くなり、ゆっくりと地面に落ちてゆく。
「エレメントキャタスト」の傷への再生が始まろうとしていた。
だがしかし、再生をする前に、『魔王』の瞳には茜色の髪と瞳を持つ少女が入ってきた。少女の指が向けられるのと同時に、背中は少年から指を向けられていることに気づいた。
「――!! まさか、気づいて――」
『魔王』ヴァルザードは魔法でも、『権能』でも、『異能力』でも倒すことが出来ない。それは、『破壊神』アズラエルが『魔王』を守るために、彼の身体に破壊のエネルギーをかけているからだ。そのエネルギーは、『魔王』が致命傷となりうる攻撃を破壊する。もちろん、『創世神』の力もだ。
唯一、『創世神』の力で簡単に滅せない存在。そんな『魔王』の倒し方。それは、魔族の力、もしくは吸血鬼の力で強力な一撃を与えることだ。
なぜ、『魔王』をそんな方法で倒せるのか。『破壊神』は、魔族と吸血鬼のハーフである『魔王』自身を滅ぼしてしまわないようにその両方の力からの攻撃を破壊しないようにしてしまった。
『魔王』のためを思ってしたことが、逆に彼に弱点を与えてしまったのだ。
――そして、茜色の瞳と目が合った。
「「血式・紅」」
正面と背中からそう声が聞こえ、指先から放たれた血液が『魔王』を囲む。瞬間、血液が炸裂し、世界を轟かせる爆音が辺りを響かせた。
爆発した血液は『魔王』の身体を何度も貫通し、体内に血が入る。そして、それは内部から『魔王』の身体を破壊し、再生不可の攻撃が続いた。
「ま、だ、俺は……」
地面に落ちていく中で、ヴァルザードはそう呟く。まだ、望んだ世界に支えられていない。世界の崩壊も見届けていないのだ。でも、もう……
「後は、頼んだぞ、アズラエル……」
それだけ言い残して、『魔王』ヴァルザードの肉体は塵のように消滅し、この世を去った。
「か、勝った……? 勝った!」
「皆様流石ですね。後は、ライン様たちが……。あれ、どうしました?」
涙を流して喜ぶエリシアと、みんなを称えるセレナ。だが、セレナがアレスとセツナを見つめると、二人ともフラフラして上手く空に留まれていなかった。
ゆっくりこちらに向くと、二人は声を出した。
「ごめん……ちょっと、もう……」
「身体が……動かない……」
と、アレス、セツナがそれぞれ呟く。その瞬間、茜色の髪は赤色になり、瞳は緋色に戻った。
そして――
「あっ! アレス君!? セツナ!?」
――二人は意識を失ったように、地面に向かって落ちていった。
(兄さん、レンゲ……。そっちは頼んだよ……)
(お兄ちゃん、レンゲ……。後は任せたからね……)
――心の中でそう呟き、『破壊神』によって消しさられた兄の命の灯火を照らすため、最後の力を振り切った。
読んでいただきありがとうございます!完結まで残り二話です!




